73. 勇者と魔王は命がけ
いきなり聞こえた神様の声に俺は驚きながらも、流れるように様々な可能性を検討した。
スキを誘うためのアウルの偽装――このタイミングで?
他の誰かがチートを使って神様のフリをしている――この世界にアウルの協力者なんているのか?
という事は本物の神様――だが一体どうやって話しているんだ?
瞬く間にそこまで考えて、俺が神様に質問をしようとすると、
「この神様は現在使われておりません。“神様マジ神様”という発信音の後には既に、今あなたの後ろにいるのですー……神様マジ神しゃ……神様」
がば、と俺は振り返ろうとした。このふざけた文句、間違いなく本物の神様だ。
だがどういう訳だか体が動かない。
アウルのチートの影響かと冷や汗が出たが、すぐに周囲の風景全てが静止している事に気づいた。誰も動かず、舞い上がった土ぼこりが固定されてしまったかのように固まっている。
「やっほー」
「……」
俺が自分に起きた事を理解できないでいると、金髪に水色の瞳をした女性が俺の前に回ってきた。
俺は冷静にその人物の腹から上、首から下のあたりを見て、一つうなずく。
「うん、本物だ」
「その判断基準は人としてどうかと思うよー?」
俺は服の上からでも分かる二つの大きなふくらみに神々しさすら感じていると、神様がじと目でこちらを見て来た。
「あと、君の質問先取りすると、私の『神の奇跡』で未来視と時限式の幻覚投影……まあ、遺書代わりのビデオレターを作っておいたのです。君と会話が成立するのは、未来視で君が話すセリフをあらかじめ見ながら答えを投影しておいたからだねー。
ついでに、君の周りの時間をいじってるから、体が動かないのは当然です」
どうだすごいだろー、といった調子で胸を張る神様。白いワンピースみたいなその服の下にあるそれが、その拍子に揺れた気がした。
……って、んなアホな事を冷静に観察している場合じゃない。
なんかアウルに向かって自分のなんか大事なアレをカミングアウトしたせいで、色々とタガが外れてしまっている気がする。
「それで、神様は俺に何か用なのか?」
「うん、君がためらっているだろうそれの事なんだけどねー」
神様はいつもの調子で何でもないようにさらりと、とんでもない事を言ってのけた。
「この世界、壊してくれてもいいんだよー?」
それは、さっき俺が思いついて即座に否定した方法の一つだった。
神様と言うのは世界のシステムの一部だ。
裏を返せば俺やアウルのチートは世界の存在の根幹にすら干渉する事が出来るという事で、それを利用すれば世界を滅ぼすという滅茶苦茶な方法でアウルを倒す事は可能だ。
俺が戦線を離脱して時間をかけて、世界を保持するための物理法則や原則公理をブチ壊せばいい。
だがそれをやるという事は、この“アンダーワールド”にいる全ての存在を失わせるという事で、そんな事をしてまで勝つ意味が俺にはない。
「意味、ね」
俺の思考すら読んでいるのか、神様は無邪気にクスリと笑って、さらなる爆弾を投下した。
「いやでも、もうこの世界存在する意味なくなっちゃってるんだよねー」
「…………………………………………………………………………………………はい?」
さすがの俺も理解するのにかなりの時間を要した。
「前に言ったでしょ? “この世界はみんなが幸せになるために存在していないんだッゼ☆”みたいな事」
「あ、ああ」
それは神様がコリスを精霊の森へと飛ばした直後にこぼした、不思議な一言だった。
「この世界はね、初め普通の世界だった」
神様は遠い目をして言った。
「人がいて生き物がいて、村があって町があって国があって、勇者がいて魔王がいた」
「あの、なんか普通から急に脱線したような気が……」
「けれど、そんなのどかで平和な風景は――この世界の存在は全て、たった一人に滅ぼされてしまったの」
「無視か……」
「異世界召喚されてきた勇者によって」
「魔王じゃなくて!?」
俺が思わずそう突っ込むと、神様は初めて見せるなんだか微妙な顔をして、頬をほんの少しかいた後、俺から目をそらして。
「その勇者ってのが、大体千年くらい前の私でねー」
「しかもお前の仕業か!!?」
犯人はこの中にいる、どころか目の前にいやがった。
「でもでも、ほら、君が大好きな「小説家になろう」で反逆勇者とか一時期流行ったでしょ? あんな感じでさー。魔王倒した後、用済みになったからって色々酷くてね。元の世界に帰ろうにも、さすがにどこにあるか分らないし、そもそも元の世界では私はいなかった事になってるらしいからねー。それでまあ人間不信になったからさー」
神様はあわあわといった書き文字が見えそうなほどに、可愛らしくあわてて言い訳めいた言葉をまくしたてた。
そしてどうでもいいが、どうして「小説家になろう」の事をそんなによく知っているのだろう。
まさか、神様も愛読者だとでもいうのか。もしそうなら最近ほしいままに跳梁跋扈するチーレムについて一言意見を聞きたいが、出来れば一晩でも語り合いたいが、それは置いておこう。
「そういうわけで、人間滅ぼそう、って思っちゃってね」
「規模がおかしい規模が!!」
前々からふざけた性格だと思っていたが、ここまでだとは思わなかった。
「まあそんなわけで私は世界を滅ぼした。で、そのあと一から世界を作りなおしたのです。やれどこぞの世界で人が大勢死んだと聞きつけたら、その中からいくつかの魂をくすねてきたり、罪を重ね過ぎた魂を廃棄すると聞いたら、それをこっそり拾ってきたりして、ちょっとずつこの世界を造り直して言ったんだよー。それが、今のこの世界の始まり」
なんともスケールの大きすぎるネコババだった。
「そして、ある時から私はチートを人々に与えるようになったの」
神様は少しだけさびしげに笑うと、核心をついてきた。
「次の神様を決めるために」
あり得ない規模の話が続いて俺はついていけないが、この言葉ばかりは無視するわけにはいかなかった。
「この世界を私は造り替え過ぎた。神様がいなくなるとこの世界が滅びてしまうほどにね。だけれど、私はもう疲れちゃってねー。かといってこの世界を滅びゆくままに放置しておくのも嫌だった。
だから、この世界の住人に与える事にしたのです。世界を変え、ありえない現象を起こし、来たる崩壊をも回避できるかもしれない力――
――神様になれる可能性を」
神様は俺が言葉の意味を全て理解するのを待つかのように、少しだけ間を開ける。
「じゃあ、あんたはあいつに託すことにしたのか? この世界を」
俺は暗にアウルを示して言った。
神様がアウルに成り代わられる時に抵抗しなかった事もそれで説明がつくし、現在“アンダーワールド”が滅びていない事も――神様の言う事がすべて真実ならば――理解が出来る。
それに、神様がいない世界が滅ぶとまではいかなくとも、おかしくなってしまう可能性は俺も考えていた。
チートの授与やこの世界への転生は神様が手掛けている事だし、イベントがなくなればこの世界に永遠にとどまることだって出来、俺たち最大の注意事項であるカルマ値ですら意味を失う。
そうして人の入れ替わりや魔物や生物の生態系の調整なんかがなくなれば、当然この世界のバランスは崩れ去るだろう。
神様がこの世界に必要不可欠なのは間違いがない。
アウルが俺とコリスの関係性を勘ぐったのもおそらくこのためだ。例えアウルを倒したとしても、この世界が立ちいかなくなるのならば、この世界にいる俺にとって大切な人間は、そのまま人質として機能するのだから。
「違うよ。私はアウルにこの世界を任せるつもりはない」
しかし神様の答えはアウルを肯定しはしなかった。
「この世界の全ては、私のために造り直した。ある意味でこの世界は、私のために存在していた。だから私がいない今、この世界は存在する意味がない」
「それとアウルとどういう関係があるんだ?」
「分からないかなー? だから私はアウルに私の能力を受け継がせたの。いわゆるラスボスって奴にするためにねー」
「???」
「つまり、勇者一行が魔王を倒す事が出来れば、私の影響から世界を可能な限り切り離す事が出来る」
神様言葉を選ぶようにゆっくりと、俺に説明する。
「この行為の役割は、いわば乱数だねー。私が次の神様を選んでしまうと、この世界の未来にまで私が干渉してしまう事になる。それじゃあ意味がないのです。私と言う予定調和の手を離れないのなら、新しい神様にさえ意味なんてない。だから、私はアウルと言う敵役を意図的に生み出した」
神様はそう言うと、びしっと俺の眉間に指を突きつけた。
「神様のいない意味を失った世界に、意味を見出すのは、君たち人間の仕事だよー」
「でも、それじゃあ結局俺って対象を選んだことになるんじゃないのか?」
「そこんところは大丈夫。君が絶対的に神様にならなくちゃダメって決まりじゃないから。というか、そんな事君に選べるのかな? 君の愛しの誰かさんは、神様になろうとする人間を嫌ってるのに?」
「…………」
「ま、君に話した理由は色々あるけど、あとは懐旧と信頼と……あとは責任からかなー?」
「漠然としすぎてて分からん」
「例を挙げるなら、“知悉の特赦”を正しく使っていれば、また別の真実に至る事だって出来たし、何よりアウルの行動を阻止できる可能性もあった。まあ、アウルと入れ替わったことで、君に引導を渡してもらえたのはある意味本望だったのだけれどね」
そう言うと、神様はこれが最後だと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべた。
「君たちが世界を支えるに足るのならば世界は存続し、足らないならば世界が終わる。正真正銘、かけ値なしに世界の命運は君達次第。神様の存在しない世界を、救ってみなさい」




