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69. ハッピーエンドは命がけ

俺が立ち上がった瞬間、アウルが驚愕の表情で振り返った。あまりの事に神様の頭から手を放すと、俺をにらみつける。


「私の魔法から抜け出した……!?」


今までの余裕の表情はどこへ行ったのか、声には動揺と震え、表情には驚愕と恐れが満ちている。


ソレ(・・)は一体何だ!!?」


随分と大雑把なセリフだが、俺は言わんとするところを汲んで答えてやる。


「チートって奴だよ」


もはや傷一つない腕を横に振るうと、俺の手に真っ白に輝く剣のような何かが現れる。

同時、アウルに肉薄し、それを振るった。


その剣はアウルの黒い炎、銀の刃をやすやすと切り裂く。

とっさに一歩下がって攻撃をかわしたのは、さすがと言うべきか。


「何なのだその異常な魔法は!!?」

「お前、「小説家になろう」って知ってるか?」

「……何を言っている!?」


空中に真っ白な弾丸を十数浮かべ、放つ。


「俺はあそこで流行(はや)ってるようなチートものの小説が大好物でな」


アウルはお得意の召喚術による転移で逃れたが、もはや俺の攻撃を相殺することなど考えてはいないようだ。


「だけどそういう小説を読みながら、いつも思ってたんだ」


持っていた剣をアウルに向かって投げつける


「なんであいつら、チートを理屈っぽく考えるんだろうってな」


くるくると回っていた剣は、空中で数十の小さなナイフに変わり、切っ先をアウルに向けて飛んで行く。


「どんなチートでもやるって言われて、それを望んだ能力として定義するって事は、要するにチートの内容を制限(・・)してるようなものだろ。その時点で、どんな能力(・・・・・)だって使える可能性をもらっておきながら」


アウルはそれらを相殺する事を諦め、再び転移で逃れるものの、ナイフはアウルに向かって飛ぶ方向を変える。


「俺が望んだ、このチートの能力に、そういう制限はない」


つまり俺のチートは、と俺はアウルに向かって死刑宣告を告げる。




「理屈も理由も、原理も原因も、過程も意味も――何一つなく、ただ望む現象を起こし結果を生む。それだけに特化したチートだ」




あまりにあんまりな俺の言葉に、驚愕するアウル。


「それも、魔力を探知するとか、温度の高いものを狙うとか、DNAで識別するとかちゃちなものじゃない。何の理屈も理由もなく、『アウルを狙う』ようになってる」


あまりにもあっけなく、黒い炎を貫き銀の刃を打ち砕き、ナイフがアウルに殺到する。


「まさしく、“相手は死ぬ”ってやつだ」


その言葉がアウルに届いたのかどうかは、俺には分からなかった。


ただ、不死だろうが不老だろうが、あの剣は相手を殺すように厳重に設定しているので、この世界に彼の肉体はもうカケラも存在しないだろう。

不死については特に厳重に対策し、『リスタート』のような何かを起点にした肉体の再構成や、モニカのような細胞単位での超回復などを含め、考えられる限り二十二通りの対策を打ってある。


「ずいぶん無茶苦茶なものを選んだねー」


神様は相も変わらずのんきそうにそう言った。

ただ、俺はそのセリフに今までにない何かが込められているのを感じ取った。




「君は一体、どこまで気づいているの?」




神様の目が細められる。善意しか存在しないはずのその表情は、かえって邪悪にすら見えた。


「さてね。少なくとも、俺には興味がないな」


俺は自分の新たに得たチートで色々と調節しながら、さも適当な様子を装って答えた。


この“アンダーワールド”の事を知った状態でチートを得られたことは大きい。

カルマ値やMPをもこのチートは操作できる以上、この世界の制約から俺は、完全に独立していると言っていい。

そのうえ効果が万能なので、ついでに『リスタート』と同様の効果を持つチートを自分に付与しておいた。

特に意味はない。保険というよりは単なる愛着だった。


「それじゃあな」


俺は神様に投げやりなあいさつを送ると、チートを使って転移した。






それから色々な事があった。

コリスとモニカがどういう訳だか料理対決したり、俺の事を陰でロリコンと言った奴らに天誅をくれてやったり、ソーイチ君がドロシーとくっつきそうになったり、アイズのとばっちりを受けた俺が死にかけたり、アルダと元いた世界の事で盛り上がったり、ロティのトラックで怪しげなものを運送したり、ルトや魔女の話し相手になったり――


“アンダーワールド”での毎日は、今まで通り騒がしく過ぎていった。


けれど変わった事もある。

最近神様が、俺の元に訪ねてくるようになったのだ。


「やっほー!!」


そして、いつの間にやらその姿は、どこぞの黒い魔女と完全に一致するようになったのである。


「!!?」


俺はその事実を受け止めきれず、隣を歩いていたコリスをも置き去りにして町の外に転移した。

今は町の近くの河原まで来て三角座りでうなだれている。


「俺は……特殊趣味(ロリコン)じゃない」


いつかこうなる日が来るんじゃないかと薄々思ってはいたが、色々とうやむやにしておきたかった現実に直面して、気持ちの整理がつかなかったのである。

別にコリスが嫌いなわけではない。むしろ……じゃなくて、えーと、何だろう?


「またチートの無駄使いしてー」


隣ではコリスの姿をした神様が、面白がっているのか慰めてくれているのか、何をするでもなくたたずんでいた。


「趣味なんて人それぞれだよねー」

「ぐはっ!?」


やはり面白がっているようだった!?


「ま、でも幸せにしてあげなよ?」

「……ほっとけ」


お前が言うな、とだけ心の中で付け加えておく。こいつのせいでコリスが死にかけた事だってあるというのに。


「それで、決心はついたのかな?」

「……ああ」


いつまでもうなだれていても仕方がない。男には諦めが肝心である。

俺はゆらりと立ち上がった。




「!!?」




ガキン、と俺の振るった剣と、神様が生み出した杖のようなものがぶつかり、白い火花を上げる。

これでも相手の防御を問答無用で無効化するように、厳重にチートで処理したはずなのだが。


「何のつもりかな?」

ご都合主義(ハッピーエンド)なんて、俺らしくないと思わないか?」


俺は剣を持つ手に一層力を込めた。力は拮抗し、剣と杖の間で様々なチート効果による応酬が繰り返される。


「そうだろ、なあ」


コリスの姿をしたソレと、俺は至近距離でにらみ合う。




アウル(・・・)ッ!!」




コリスの姿をしたそいつは、今までになく醜い笑みを浮かべるとすぐさま剣を弾いて俺に数十の光球を放った。


69-5. 没ルート




俺が立ち上がった瞬間、アウルが驚愕の表情で振り返った。あまりの事に神様の頭から手を放すと、俺をにらみつける。


「私の魔法から抜け出した……!?」


今までの余裕の表情はどこへ行ったのか、声には動揺と震え、表情には驚愕と恐れが満ちている。

ただ、魔法を打ち破ったのは俺のチートだが、傷までは治せないので手首からぼとぼとと血が流れ落ちる。傷自体は回復薬で既にふさいでいるのだが。


ソレ(・・)は一体何だ!!?」


随分と大雑把なセリフだが、俺は言わんとするところを汲んで答えてやる。


「チートって奴だよ」


俺の体がチートの発現を受けてうっすらと輝いた。

アウルはそれを敵対意志と取ったのか、両手を俺に向けた。


「なあ、お前のその魔法、どうやって操ってるんだ? 熱力学は考慮してるのか? 手元から離れた炎の動きをどうやって制御してるんだ?」


俺がそう言った瞬間、アウルの手元の炎が急に大爆発を起こした。

無論、アウルの思慮の外で、彼は驚愕してすぐに後ろに飛びのいていた。


「なんだそれは!!?」

「ところでその銀の刃の方も邪魔だな」

「!!!」


アウルは俺が何か言い尽すまでに俺に向かって銀の刃をしゃにむに打ち出してきたが、その全てが俺に当たらずそれていく。


「空気抵抗や重力が考慮に入ってないんじゃないか?」

「一体……なんだ、その能力……!?」

「教えてやろうか?」


アウルが時間稼ぎをしているのに、俺は当然気づいている。


「ただ、転移をするのはお勧めできないぞ? 転移先で体が再構成できなくなって、バラバラになるかもしれないから」

「!!?」


機先を制され挙動が一瞬止まる、アウル。


「で、俺のチートだけど、厳密に言うと相手の理論に別の法則の横やりを入れる事だ」

「……?」


例えば魔法の理論に科学で横やりを入れたり、科学の理論に魔法で横やりを入れたりして、相手のチートの理論(もうそう)を外側から破壊する能力。

つまり俺のチートは、と俺はアウルに向かって死刑宣告を告げる。


「相手のチートを無茶苦茶(ざんねん)にする。それが俺の新しいチート、名付けて不倍運動ネガティブキャンペーンだ!」


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