64. 過去回想は命がけ
「兄さーん! ご飯出来たってさ!!」
「ああ、分かった」
妹の声に、俺は勉強していた手を止めずに答えた。
今は高校に入って二回目の夏休み後半。
変わった連中だが幾人かの友達にも恵まれて、俺は充実した学校生活というやつを送っている。
高校までは家から自転車で十五分ほど。校則はそれほど厳しくはないがケータイの持ち込みは禁止。
県下でもそれなりの進学校と言え、宿題は多い。それはもう俺の夏休み後半を使い潰さんぐらいの量があるのだ。
無論、ぎりぎりまで宿題をしない俺が悪いというもあるのだが。
今手をつけている数学の問題が終わったら行こうと思い、俺は図形とのにらめっこに没頭する。しかしどうにも、脳内から公式を引っ張り出すだけでなく、多少数学的なひらめきが必要なようで、公式を適用するには図形上の角度が一つ、どうしても足りない。
そうこうするうちに頭がこんがらがってきたので、素直にノートを閉じた。やってられない。
「遅いよ兄さん」
俺が食卓につくと、そこではすでに妹がいて好物のハンバーグと格闘していた。
「宿題が片付かなくてな」
「ギリギリまでやらないから」
たしなめるように母さんは言った。律儀に待っていてくれたらしく、母は俺と一緒に料理を食べ始めた。
「勉強はどう?」
「まあまあ。今数学の問題やってるとこ」
俺は答えながらもご飯をかきこんだ。
ちなみに父さんは現在不在である。他界した訳でも単身赴任でもなく、単純にこの時間に家に帰ってきていないだけだ。
「兄さん、明日暇?」
「ん、ああ。別に用事はないけど」
「それじゃあさ、ちょっと買い物につきあってよ」
「いいけど、何買うんだ?」
「新しい下着」
「ぶふっ!!」
気管支に味噌汁が入って、俺は何度もせきをした。目に涙がにじみ、味噌で鼻がツンとする。
「冗談だよ」
「このやろ……」
俺は妹にデコピンでもしてやろうとしたが、母さんがにらんできたので諦めた。穏やかな性格だが、食事のマナーには人一倍うるさいのがうちの母さんだ。
「ちょっとおもしろそうな映画があるからさ、見に行かない?」
「……またホラー?」
「うん!!」
妹は映画の内容を想像しているのだろう、目がキラキラしていた。あの輝かしい笑顔の裏、頭の中ではゾンビやら何やらがうじゃうじゃうごめいているのだろうから、どういう思考回路をしているのか真剣に心配になる。
げんなりしながら、俺は母さんに視線で問いかける。首を振られた。母さんは行く気がないらしい。
「はぁ……分かったよ」
「やりぃ!!」
俺は観念してうなだれる。それに反比例するように、妹は嬉しげな声を上げた。
「ごちそうさま」
俺は夕食を食べ終えると早々に、席を立った。こういう時勉強が出来る奴は切り替えて宿題の続きでもやるんだろうが、俺はその気になれないので早々に風呂に入る事にした。
体を洗い、湯船につかって疲れをとる。
風呂からあがってからまた自室に引っ込み、少しだけパソコンをいじってから、俺は布団に入った。
十分もすると夢と現実の境界を意識が浮き沈みし始める。
次に目が覚めた時、俺は見知らぬ場所にいた。
どこかの地下室のようにも見えるそこは、うす暗く静かな場所だった。
「目が覚めたかね」
俺は体を起こした。
俺の下の地面には、複雑な模様が描かれた魔法陣のようなものが展開されていた。部屋が薄暗いのは、光源がこの魔法意外にないためだった。
「君の名前を聞いていもいいかな」
「……?」
そこで俺は目の前にいる人物にようやく意識がいった。
黒いローブに身を包んでいるそいつは、重苦しく低い男の声で俺に話しかけてきていたようだ。俺の知り合いではなかろうし、そもそも俺は先ほどまで自室で寝ていたはずなのだが……一体、どういう状況なのだろう。
「俺は山瀬恭一だ。あんたは?」
「ヤマセ・キョーイチか。私は――」
男が答えようとした刹那、部屋の中が真っ暗になった。魔法陣が役目を終えたように跡形もなく消えたのだった。
「おっと失礼」
男が指を鳴らすと同時、壁に設置されていた松明のようなものに火がついた。
「私の名前は――」
男はローブを取った
「アウルと言う。これでも、魔法使いの端くれだ」




