聖女vs聖女・2
リィネはその宣言通り、ラネを滞在している客間から、王太子妃の部屋に連れていった。
「王城内でも用心したほうがいいと思うから、今日からここで一緒に暮らしましょう?」
リィネの部屋は、クラレンスとアレクによって厳選された人しか出入りできないようになっている。
王太子妃であってもこれだけの用心が必要なのだとしたら、たしかにリィネの言うとおりかもしれない。
「でも……」
いくら聖女でリィネの義姉とはいえ、厳重に警備されている王太子妃の部屋に滞在しても良いのだろうか。そう思ったが、リィネはもうラネの荷物をここに運び込んでしまっていた。
「私はラネと一緒に暮らせて嬉しい。それに、サリーもいるわ」
アレクの屋敷でリィネの世話をしていたサリーは、王城でも引き続き、彼女の傍にいる。
ラネもアレクに連れられて彼の屋敷で暮らすようになった頃、サリーには色々と世話になっていた。
「おひさしぶりです、ラネ様」
「ええ、本当に。会えて嬉しいわ」
彼女は王太子妃の部屋でリィネの身の回りの世話をしているので、今まで客間に滞在しているラネと会う機会はなかった。ひさしぶりの再会に、ずっと張り詰めていた心が和らぐのを感じた。
「初めて王城で暮らすことになったときも、ラネと同じ部屋にしてほしいって言ったわね」
ふとリィネが、そんなことを言う。
ラネも笑って頷いた。
「そうね。よく覚えているわ」
アレクがドラゴン討伐のために国を離れ、ラネとリィネは聖女候補として狙われた時期があった。
そのとき王城に保護されて、こうしてふたりで同じ部屋で過ごしていた。
あの頃とは、ふたりの立場も随分変わった。
リィネは平民出身の王太子妃。
そしてラネは聖女で、勇者アレクの妻である。
「あの頃が懐かしい」
広く豪奢な王太子妃の部屋を見渡しながら、リィネは感慨深そうに、そう呟く。
「当時、私の世界はとても狭かった。兄さんと、ラネと、そしてサリーだけ。それでも、充分に幸せだったわ」
平民で、孤児院に入っていたこともあるリィネが王太子妃として迎えられたのは、勇者の妹で、聖女の義妹だから。世間ではそう言われていることを、ラネも知っている。
もちろんクラレンスがリィネを選んだのは、それだけではない。リィネの人柄に魅せられ、そしてリィネならば立派な王太子妃になれると信じたからだ。
けれどルーカット王国のエマの策略によって勇者と聖女の名誉が失墜したら、その影響はリィネにも及ぶかもしれない。
(今度は私が、リィネとアレクを守らなくては)
ラネがそう決意したと同時に、リィネがこう言った。
「ラネは私が守るから。心配しないでね」
「……リィネ?」
決意した途端、同じことを言われてしまい、ラネは戸惑う。
すると先ほどは少し寂しそうに見えたリィネが、明るく笑っていた。
「あの頃の私は、ただ守られるだけだった。とくに兄様には、何度も迷惑を掛けてしまったわ。でも今は、私なりのやり方で、兄様の大切なラネを守ることができる」
そう言ったラネは、もうアレクに守られるだけだったあの頃とは違う。
王太子妃としてふさわしい、強い瞳をしていた。
彼女を選んだクラレンスは、間違っていなかったのだろう。
「本当なら、この部屋に閉じこもっているのが一番だと思う。でも、『聖女』であるラネを守るには、それだけでは駄目だと思うの」
そう言ってリィネが提案してくれたのは、積極的に『聖女』として活動することだった。
「ラネが正しい『聖女』であることを、国内外に広めることこそ、ラネを守る一番の手段だと思う。もちろん私も、一緒に同行するから」
聖女として、王太子妃のリィネと一緒に救護院や孤児院を回り、さらに魔物によって汚染された土地を浄化して回ろうと、言ってくれた。
王太子妃であるリィネと一緒ならば、警備も厳重だろう。
魔物によって汚染された土地は、アレクと一緒に各国で魔物を退治していた頃に、ほとんど浄化していた。
けれど後になって、影響が出ている場所もあるらしい。それを聞けば、こんなことがなくとも行かなくてはならないと、すぐに承知した。
「もちろん行くわ」
そう告げる。
「あとひとつ、ラネにやってほしいことがあるの」
リィネはそう言いながらも、少し躊躇っている様子だった。
何かと尋ねると、公爵家の養女として、他の貴族令嬢たちとも交流することだと言う。
「目的は、国内に敵を作らないため。ラネが間違いなく『聖女』であると、認識してもらうためよ。これは兄様には許可してもらったけれど、もちろんラネが嫌なら無理強いはしないわ。安全性のことを考えれば、聖女として外出する以外、この部屋から出ないのが一番だから」
「私は……」
少しだけ、返答を躊躇う。
ラネは小さな田舎の村出身の平民で、豪華な王城にも、美しいドレスにもまだ慣れていない。
生まれたときから貴族だった令嬢たちと会うのも、少し怖いと思ってしまう。
これからも、完全に馴染むことはないだろう。
それでも今の生活は、とても幸せだった。
夫のアレクを愛している。
義妹で親友のリィネはもちろん、王太子のクラレンスも、義兄になったノアも、大切な人だ。
もしラネが村人のままだったら、会うこともなかったかもしれない人たちだ。
今が幸せで大切だからこそ、それに伴う責務から、逃れてはいけないと思う。
アレクを守るためにも、ラネは『聖女』でいなければならない。
「やるわ。でも、貴族らしいふるまいには、まだ自信がないの。色々と教えてくれる?」
決意を込めて、そう告げる。
「ええ、もちろんよ」
そんな答えに、リィネは深く頷いてくれた。




