第93話 アービス増強小隊2、新兵配属
今回の軍学校の期末試験結果は、前回の期末試験同様、1位はソニアで2号生徒の生徒代表になることが決まった。2位はトーマス。キーンは5位で前回より1つ順位が上がり無難に乗り越えることができ、再試験もなく1週間の期末休暇を迎えた。今までの1号生徒は既に卒業して休暇明けには少尉候補生として各部隊に配属され問題がなければ3カ月後に少尉に任官する。
ソニアは今回の休暇も実家には帰らなかった。キーンが自宅に来るよう誘ったが、ソニアは1週間だけなので大丈夫と断っている。
キーンは自宅から徒歩で訓練場に通い、終日小隊の訓練に付き合うつもりだ。昼食についてボルタ曹長に聞いたところ、少尉以上の士官は士官食堂というものがあってそこで食事をとるということだった。さすがにそんなところで食事したくはなかったのでキーンはアイヴィーに頼んで弁当を作ってもらい持参している。
小隊長クラスの場合、兵舎での部屋割りは本来2人部屋なのだが、キーンにも部屋があり、そこは一人部屋になっている。
キーンが食事するのはその部屋の中だ。飲み物は水で十分なので、自分の魔術で作った水を顔の前に浮かせてそれを食事中は飲んでいる。
今日は4月初日。
小隊の行進と駆足はすでに10キロの砂を詰めた背嚢を背負ってのものになっている。その程度の負荷では全く問題ないようだ。
そして今日は新兵たちが小隊に配属される日だ。キーンがボルタ曹長に聞いたところ、アービス小隊に配属される新兵たちは昨日のうちに訓練場のあるこの駐屯地に荷物を持って集合していたそうだ。他の新兵たちは新兵教育用の駐屯地に集合しているという。
この駐屯地に駐屯していた部隊のうち多くが、この春新しく王都郊外に作られた駐屯地に転出していった。アービス小隊に配属された新兵たちにはそういった部隊が使っていた部屋の一部が与えられており、支給される軍服や防具、訓練着などはボルタ曹長が差配して部屋の中に既に運び込まれているという。
新兵たちの教育として、まずは号令に機敏に反応できるよう訓練し、次は行進、そして駆足の順に施していこう、とキーンとボルタ曹長で相談している。
訓練開始の鐘が駐屯地に鳴ったところで、兵舎の方からばらばらと兵隊たちが訓練場の方に走り出てきた。
いつもの場所に立つキーンとボルタ曹長の前にも兵隊たちが駆け寄ってきて、第1から第5分隊まできれいに整列したところで、新兵のうちの最初の一人がやってきた。
「新兵ども、駆足! 古参兵の横に2列縦隊だ。急げ!」
ボルタ曹長が大声で怒鳴ったが、あまり効果はなかったようだ。それでも何とか新兵たちも集合し、だらだらと古参兵たちの整列する横に並んだ。黙って正面を向いて整列している古参兵たちとは対照的に列も乱れている。
ボルタ曹長によると新兵は15歳以上の成年でなければならないため、15歳から18歳くらいが多いそうだが、並んだ新兵をざっと見たところほとんどの者が15、6歳に見える。
「ケイジ兵曹、古参兵を任せるから、槍を持っての駆足だ」
「はいっ!
第1から第5分隊、武器庫から槍を持って集合、かかれ!」
ケイジ兵曹も武器庫に向かって走っていき、1分ほどで全員がまた整列した。
「第1から第5分隊、駆足!」
ケイジ兵曹が先頭に立って50人の古参兵たちが各自訓練用の槍を持って駆足を始めた。
その様子を新兵たちがぽかんと見ている。そして、中の一人が、
「曹長!」
「バカ者! 上官に対しては『殿』を付ける」
「曹長殿の頭の上の黒い球は何なんですかー?」
「これは黒玉殿だ。お前たちの小隊長殿と思って接するように。それと『何なんですか?』ではなく『何でありますか?』だ」
新兵たちも黒玉については触れない方が良さそうだと思ったのか誰も言い返す者はいなかった。その代り、
「曹長殿の隣に立っている子どもは何でありますか?」
キーンは今は軍学校から通っているわけではないので、少尉の徽章や肩章が付いた軍服を着ているのだが、それでもキーンは13歳らしい13歳なので、15歳以上の新兵から見れば、確かに子どもに見える。
「バカ者! アービス小隊隊長のアービス少尉殿だ!」
今度は別の新兵が手を上げて、
「質もーん!」
ボルタ曹長は、顔面をピクピクさせ、
「『曹長殿、お伺いしたいことがあります』だ!」
「曹長殿、お伺いしたいことがありまーす」
ボルタ曹長は、今の質問の仕方に何か言おうと思ったようだが諦めて、
「なんだ?」
「どうして子どもが少尉で小隊長なんですかー?」
「小隊長殿の義父上はあの大賢者アービス殿だ」
「なーんだ、親の七光りか!」
「そうだ」「そうだ」
ボルタ曹長は右手で額の両脇を揉みながら、
「お前たち、昨年わが近衛兵団の騎兵中隊がダレン軍を蹴散らしてバツーを救ったのを知らないのか?」
「それなら知ってるー」「知ってる」「知ってる」「光の騎兵隊だ!」「そうだ」「そうだ」「俺はそれを知って兵隊に応募した!」……。
新兵たちが騒ぎだした。
「その光の騎兵隊の立役者がこのアービス小隊長殿だ。小隊長殿はその功で永代男爵を受爵されている」
「えー」「ほんとかよー」「だ、男爵さま!」
「さらに言えば、このアービス小隊の名まえのアービスは大賢者の名に因んだものではなく小隊長殿の名に因んで近衛兵団長閣下がお付けになったものだ」
「えー」「うそー」
「小隊長殿の凄さについては直にわかるだろうが、一言だけ言っておく。いま駆足をしている小隊の古参兵50名揃っても小隊長殿一人にはかなわない。それだけは覚えておけ」
新兵たちが訝しそうな顔をしてキーンを見る。どう見ても軍人ごっこをしている子どもに見える。
「そろそろ訓練を始めるぞ、まずは号令に合わせて、キビキビとした動作だ。
全隊、気を付け!」
一応みんな『気を付け』はできるようだ。
「次の号令で踵を支点にして体を右に向ける。
全隊、右向けー、右!」
もうみんなバラバラであっちこっちを向いている。
「お前たち、右と左が分からないのか? 全員一度こちらを向け!」
一度前を向いた新兵たちの前で、ボルタ曹長は『回れ、右』をして、右手を上げて、
「こっちが右だ」
右手をおろして今度は左手を上げ、
「こっちが左だ。よーく覚えておけよ」
もう一度『回れ、右』をしたボルタ曹長が、
「右向けー、右!」
まごまごする新兵も数人いたが今度はちゃんとみんな右方向を向いた。
「お前たち、直角は分かるのか? ちゃんと直角に向きを変えろ! また前を向け。
右向けー、右!」
今度はだいぶ良くなった。
次にボルタ曹長は『右向けー、右』を4回続けて、
「一回転したんだから真正面向いてないといけないのに、ズレてるだろ。もう一度正面を向いて。右向けー、右!」
新兵たちが右を向いたがまだ完ぺきではない。
「ちゃんとできないと夕方までずっと『右向けー、右』を続けることになるぞ。
右向けー、右! 右向けー、右! 右向けー、右!
またズレてるだろ。正面を向いて、右向けー、右! 右向けー、右! 右向けー、右! 右向けー、右!」
……。
結局新兵たちは右周りで20回転ぐらいした。中には目を回している者も出始めた。それもあってか、今では最初と変わらないグタグタの『右向けー、右』になっている。
「ボルタ曹長、これ以上続けても無理そうだから、新兵たちは昼まで行進させましょう」
『右向けー、右』を見続けていたキーン自身も目が回ってきたので、そう提案したようだ。
「了解しました。
それじゃあ、2列縦隊で駐屯地の周りを行進だ。前後の間隔を揃えて歩くんだぞ。それでは行進始め!」
どこをどう行進していいのかまごつく新兵たちの先頭に立ってボルタ曹長は行進を先導し始めた。




