第89話 戦闘訓練、集団長槍戦法
アービス小隊が土手のかさ上げ作業をして2カ月あまりが過ぎた。
キーンの軍学校での座学は順調である。この2カ月の間に採用合格枠をこれまでの50名から80名に増やした軍学校の入試も行われている。それに並行して、寮の建て増し工事も順調のようで、新しい3号生徒が入寮する予定の今の1号生徒の使っている寮の建て増し工事だけは優先して期末までには完了するという話だった。
アービス小隊の兵士たちは、防具をつけ武器を持った状態で10キロの距離を50分ほどで走りきることができるようになっている。
行進の方はまさに一糸乱れぬと言っても良いほどのものに仕上がっていた。
キーンは、黒玉を頭の上に浮かべ、駐屯地の内周りを駆け足している小隊を眺めているボルタ曹長に向かって、
「ボルタ曹長、兵隊たちは自分の好きな武器を持って走っていますが、みんな好き勝手な武器を持っているということは、基本的に乱戦を予想してのことなんですか?」
「いちおう歩兵ですので、敵に突っ込んでいって白兵戦を想定していると思います」
「うーん。強化してしまえばそれはそれで戦えると思うけど、せっかく味方がいるのに勝手気ままに武器を振り回すのは非効率じゃないかな?」
「といいますと?」
「例えば、ちゃんと隊列を整えて敵に当たると正面の敵だけを気にすればいいけど、一人だけ突っ込み過ぎると、四方八方を気にする必要がありますよね。たった50人だと面とは言わないかもしれないけど、面で敵を押していけば敵が崩れるのも早いような気がするんですよ」
「なるほど。小隊長殿のおっしゃる通りと思いますが、どうしても兵隊は戦闘中興奮してしまい前に飛び出しがちになるようです」
「いつどんな時でも隊列を崩さないよう訓練で何とかできませんか? 兵隊たちも走ったり歩いたりばかりでは飽きてきた頃でしょうから」
「ということは、兵隊たちの武器を何かに揃えた上での、戦闘訓練ですか?」
「武器の長さは揃えた方が隊列が乱れないでしょう。戦闘訓練というより隊列での連携訓練ですか。実戦だと基本的には強化して戦うつもりだから、武器は頑丈じゃないと困ります」
「隊列を作って敵に当たるとなると、振り回すと味方の邪魔になるので、突く方が有効でしょう。頑丈かと言われれば疑問はありますが、いちおう武器は槍か何かにしますか?」
「ある程度先端を重くした長槍で突いたり、上から落としたりはどうでしょう?」
「突くのは分かりますが、上から落とす、ですか?」
「武器の重さと相まって破壊力が増すと思うんです。それに突き刺してしまうと抜くのに一苦労しそうだし。いずれにせよ、ある程度長くて重量があっても強化中なら楽に扱えると思うので」
「そうなると、柄ががっしりしているより、幾分しなる方が威力が増すかもしれません。ここの兵舎の武器庫にそういった武器があればいいんですが。武器庫の中を見てきましょうか。小隊長殿も一緒に行きましょう。訓練は分隊長たちに任せておいて大丈夫です」
そう言って、ボルタ曹長は先頭を走っている分隊長たちのところまで駆けていき、並走して何か指示を出してからキーンのもとに戻ってきた。
「それでは、武器庫に参りましょう」
ボルタ曹長についていった先の兵舎の横の武器庫は明り取りの窓が上の方にあるだけのがっしりした作りの建物で、重い扉を引き開け中に入ると、中は薄暗く所狭しと武器が並べられていた。
武器庫の中を見て回りながらキーンがボルタ曹長に、
「まず第1は間合いが十分あること。その次は丈夫なこと」
「そうなると丈夫な長槍ですか。ここにある長槍だと確かに突きだけなら大丈夫そうですがこれで叩くとなるとしなりそうにはないし、逆に脆そうです」
ボルタ曹長が見つけた長槍は長さが4メートルほどで普通の槍よりも1メートル程間合いが長いが、普通の槍と同じ太さなのでかなり脆そうに見える。
一通り武器庫の中を回ってみたが、それらしい武器は見当たらなかった。
「やっぱり、この長槍しかありませんでしたね」
「そうですなー」
「うーん。この武器庫の中の武器は近衛兵団のものでうちの小隊が専有して使っていい物じゃないですよね?」
「訓練用のただの木の武器くらいなら専有してもいいかもしれませんが、本物の武器は問題があるかもしれません」
「そうだ! 確認して木の長槍50本、うちの小隊で専有できるなら、強化してしまいましょう。そうすれば思いっきり叩いても壊れないくらいには丈夫になるし重くなる。しなりは後で考えましょう。強化した槍ならしなりがなくても十分威力がありそうだし」
「木の槍を強化ですか?」
「はい。僕の持っている大剣は元は木の大剣だったんだけど、強化を3000回ほど短時間で掛けたら変質して真っ黒い材質不明の大剣になっちゃったんです。その結果刃は無いけれど大抵のものは斬り飛ばせるし、重さも手ごろになったんですよ」
「しかし、訓練用の長槍がそれほどの業物になってしまうと、逆に訓練の時、危険すぎませんか?」
「確かに。そうなると訓練用の未強化のものと強化済みの実戦用のもの、全部で100本の木の長槍が必要ですね」
「小隊長殿、その強化にかかる時間はどの程度ですか?」
「強化3000を一度発動してしまえば終了するのを待たなくてもすぐ次の強化ができるから、強化3000の終わるまでの時間が、2、3分として全部で5分もかからないかな」
「そんな短時間でできるんですか!? でしたら、実戦の前に強化していただければ十分です。木製の長槍100本なら近衛兵団の経理に駆け合うだけで何とかなるかもしれませんが、それでダメでも実戦前に強化した長槍で実績を出し、そのあと小隊の専有にしてしまいましょう。少し強引ですが実績さえあれば誰も文句は言えませんから」
「それじゃあ、明日からでも長槍の訓練を始めましょう」
「了解しました。長槍を構えて隊列を崩さず前に進む。ということを念頭に考えてみます」
「お願いします。駆足は毎日続けていった方が良いのでこのままで。行進の時間で長槍の訓練をしていきましょう。行進をしないわけにもいかないけど、行進は週に1回でいいかな」
「了解しました。長槍の訓練は明日からと言わず、この後すぐに始めませんか?」
「じゃあ、そうしましょう」
武器庫の重い扉を閉じて、訓練場に戻った二人は、兵隊たちが10キロ走り終わるのを待って、
「よーし、10分小休止。小休止が終わったら各人今持っている武器を片付け武器庫から訓練用の長槍を持ってここに集合」
休憩後は行進と思っていた兵隊たちが何事かと思って私語を始めたが、長槍の訓練ということだけは明らかなので、
「自分の得意な武器ではなく長槍ですか?」
と質問が出た。
「そうだ。今日から小隊は集団長槍戦法の訓練に入る」
集団長槍戦法などとボルタ曹長がとっさに口にしたが、もちろんボルタ曹長も何をどうやって兵隊たちに長槍の訓練させればいいかいまのところ分かっていない。とりあえず長槍を持たせて横に並べ、まっすぐ前進した後、突いたり叩いたりすればいいくらいの感覚である。もちろんキーンもノーアイディアだ。




