第85話 大雨
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アービス小隊が発足して1カ月が過ぎた。
今では訓練の成果ははっきりと表れ、まだ装備品を身に付けてはいないが、隊列が乱れることなく、10キロを1時間ほどで駆けることができるようになっている。
行進の方は一糸乱れぬとはまだ言えないが、最初の頃と比べれば雲泥の差であり、他の部隊の行進と比較してもそん色はないどころか、アービス小隊の方が練度が高く見えるところまできている。
同じ駐屯地の他部隊の指揮官たちも、訓練中の兵隊たちを眺めているキーンとボルタ曹長のもとにやってきて、
「あの連中を見た時、アービスくんのことを可哀想にと思っていたが、ここまでまとめ上げるとはさすがだ。兵団長が見込んだだけのことはある」
「兵隊たちが駆足と行進しかしていないので、どんなものかと思っていたが、なかなかどうして、良い部隊になってきてるじゃないか」
「うちもうかうかしていられないな」
などと、キーンやアービス小隊を褒めていくことも多くなってきている。
王都では、ここ数日雨が続いているが、雨など関係なく訓練は継続している。一応フード付きのマントをキーンもボルタ曹長も羽織っているが、防水性がそれほど高いわけでもないので、本降りの雨のなかで微妙に濡れながら、ずぶぬれになって走っている兵隊たちを見守っている。
「この季節ですから、雨は冷たいですが、走っている分にはちょうどいいでしょう」
「僕自身は寒くなれば強化すれば感じなくなるので平気だけど、ボルタ曹長は大丈夫ですか?」
「この程度のことで、音を上げるようでは兵隊は務まりませんから。ハハハ」
横からではフードの中の顔ははっきりとは分からないが、背筋を伸ばした姿勢にいささかの揺るぎもなく兵隊たちを眺めているボルタ曹長の姿は、兵隊たちに安心感を与えるのだろうとキーンも感心している。
「よーし、全隊、こちらに向かって行進。……、全隊、止まれ。今日の訓練はここまで。解散!」
兵隊たちも駆足で兵舎の方に戻っていった。だいぶ余裕が生まれて来たようだ。
「それでは、小隊長殿、明日は休日ですのでごゆっくりお休みください」
「ボルタ曹長もね、それじゃあ」
キーンは庇のある場所に繋いだブラックビューティーに乗って軍学校に帰っていった。ここ数日、雨の中ブラックビューティーに乗っていくのは可哀想かと思ったが、雨の中では乗れませんでは問題なので、普段通りブラックビューティーに乗って訓練場を往復している。その代り風邪をひかないよう強化をかけてやっている。
軍学校の厩舎では、厩務員が後はやっておきますと言ってくれたが、キーンも手伝って濡れたブラックビューティーを拭いてやっている。ある程度拭いたところで、ブラックビューティーが驚かないよう軽く温風を当ててやったら、ブラックビューティーは何ともなかったが厩務員の方が驚いていた。
翌日の休日。キーンはクリスと芝居を見た後、遅めの昼食をとりながら、小隊長になって兵士たちを鍛えている話などをしていた。
「どんどんキーンは偉くなっちゃうのね」
それが小隊長キーンに対するクリスの感想だった。
「偉いわけではないけれど、訓練を通して少しずつ兵隊たちが強くなってきていることが何だか楽しいし嬉しいんだよ」
「キーンって、軍人が向いてたようね。付属校から軍学校に移ってすごく楽しそうだもの」
「そうだね。僕もそう思う。そう言えば、クリスの方はどう?」
「学校はキーンがいないから適当にやっているけれど、成績が1位なのは変わらないし、何だかつまらなく思い始めてきたの」
「何か目標があればいいかもしれないよ。僕も僕の小隊を強くするって目標を決めてその気でやってるせいか、毎日の座学も何か小隊の役に立ちそうな話はないかとか考えながら教官の話を聞いているし、すごく毎日が楽しいもの」
「いいなー。ねえキーン、そのうちきみが兵隊さんたちを鍛えているところを見せてよ」
「鍛えているといっても、僕はただ見てるだけだけどね」
「そうなんだ。それなら兵隊さんたちの邪魔になっても悪いからやっぱりよすわ」
ここ数日王都で降り続いてた雨が今日も降り続いており、二人で傘をさしての移動だったが、昼食の後はいつものようにクリスの買い物に付き合い、そのあと、クリスを屋敷まで送ってキーンは自宅に帰っていった。キーンが自宅に着くあたりで雨脚はかなり強くなっている。
「ただいま」
「キーン、お帰りなさい。この雨の中寮に戻るのは大変でしょうが、雨は当分止みそうにありませんね」
「傘をさしていると走れないから、濡れてもいい薄着で、強化して走って帰るよ。荷物は学校の制服位だから油紙に包んで袋に入れて寮に帰る」
「そうですね。強化していれば雨も冷たくはないでしょうから、その方が良いと思います。後30分ほどで夕食の準備は終わるけれどキーンはすぐ食べますか?」
「まだそんなにお腹が空いているわけではないけれど、早めに寮に戻った方が良さそうだから、そうする」
夕食をアイヴィーと一緒に済ませたキーンは、油紙に包んだ制服を小型のリュックに入れそのリュックを背負った上からマントを羽織った。
キーンは雨の中、王都内を流れる運河にかかった橋を何本か渡って寮に急いだ。雨脚は少し落ち着いてきたが止む気配はない。
王都セントラム内には、イスラ河から引き入れた運河が各所を流れており、水門などで水位を調節しているが、ここ数日の大雨の影響でかなり水位が上がっている。当然イスラ河も水位が増しているはずで、3メートルほどの高さの土手をイスラ河の水かさが越えると、周辺の畑や家屋が浸水してしまう。悪くすれば、王都内の家屋も浸水する可能性もある。
今マントを羽織った二人組の近衛兵士が土手の状況を確認するため、大雨の中イスラ河に比較的近い詰所から出ていった。
「この長雨で今朝もかなり水かさが増していたが、今はもっと水かさが増してるよな」
「まさか土手が崩れることはないだろうが、河の水が土手を越えたら大変だな」
「俺たちは上司に報告すればいいだけだが、畑や家がダメになるよな」
「何ができるわけじゃないから、雨が止むのを祈ることしかできないよな」
二人の兵士がそんな話をしながら土手の上に登って河を眺めると、水位は朝と比べ1メートルほど高くなっており、土手の上から見て1メートル下まで来ていた。河の流れも激流というほどではないがかなり速くなっている。兵士たちのいる土手の下流100メートルほどには、王都からキーンの故郷のバーロムに続く街道にかかる石橋があるが、土手の高さより橋梁の高さの方が50センチほど高いので、先に河の水が土手を越えてしまいそれ以上水位は上がらないので、何かのはずみで橋脚が流されなければ橋が流されることはない。
「これはマズいな。隊長に急いで知らせよう。土手をかさ上げするため出動があるかもしれないし、住民を避難させることも有り得る」
「だな、急ごう」
二人はもと来た道を急いで引き返していった。




