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ロドネア戦記、キーン・アービス -帝国の藩屏(はんぺい)-  作者: 山口遊子
第7章 アービス小隊

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第81話 アービス小隊2、ボス戦1


 直接の上司に当たる近衛兵団長セカール中将にボルタ曹長と着任の挨拶あいさつに行ったところ、兵団長に小隊を自由にしていいと言われたキーンは、自分の小隊を自由に強く(・・)してやろうと心に決めて、兵団長の執務室を辞した。



 馬立うまたてまで戻り、ブラックビューティーに乗ったキーンに、くつわを引くボルタ曹長が、


「小隊長殿、大変なことになりましたね」


「何が?」


「われわれ下士官兵が頂いた辞令には新小隊への異動を命じただけのもので、部隊名の記載はありませんでした。部隊名が分かったいま大騒ぎになっているでしょう」


「どうして騒ぎに?」


「個人名が部隊名に付くことは、小隊長殿の義父ちち上のアービス魔術師団以来のことと思います。今はまだ小隊長とは言え、兵団長閣下は小隊長殿に大きな期待を寄せている証拠です。異動元の部隊長は新編部隊がそういった部隊とは知らされぬまま問題児を異動させたわけですから、各部隊長は冷や汗をかいていると思います。相当兵団長閣下は意地悪な方ですな。

 そちらは、勝手に冷や汗をかいてくれればいいわけで、こちらはこちらで気を引き締めて十分な成果を出さねばなりません」


「成果が何かはいまのところよくわからないけれど、わたし(・・・)自身は小隊をできる限り強く(・・)しようと思っている」


「小隊長殿、小隊が他の小隊と比べ強くなることは立派な成果になりますが、具体的にはどのようなことをお考えですか? あと、無理にわたし(・・・)と言うのも、もはや意味もなさそうですので今まで通りで構わないと思います」


「それは良かった。たとえば、が強化をかけると、かけられた人はその数倍の力や速さなどを手に入れるんだけど、これは元の能力に対して掛け算なので、の能力が高ければ高いほど効果が高くなるんだよ」


「なるほど。ということは小隊員たちのの能力を上げていくということでありますな?」


「そういうこと。訓練を通して、少しずつの能力を上げていこうと思っている。昨年の騎兵隊の活躍を見ても分かるけど、軍隊には移動力が一番大切だと思うんだ。いくら強い軍隊でも、戦いに間に合わなければ無意味だしね。残念だけど僕の小隊は騎兵隊じゃないから馬はいないけれど、馬並みに人が走れればいいだけだから」


「小隊50名全員の素の脚力を馬並み(・・・)に強化するわけですな。これは豪快です。ハハハ」


「馬並みは無理かもしれないけれど、そのつもり。そうすれば、格段に移動力は上がるはずでしょう?」


「おっしゃる通りです。ただ、あの連中がおいそれと指示に従うかどうかが問題です」


「後ろから、電撃で追いかければ嫌でも走ると思うけれど、それはさすがにやりすぎだから、いい方法を考えないとね」


 そんな話をしながら、訓練場に戻ると、どうも他の部隊の兵士たちが訓練を始めたようで、キーンの小隊の連中が、訓練場の隅の方でたむろしていた。


 急いでブラックビューティーから降りて馬立に繋いだキーンは、小隊の兵士たちのところ駆けていき、


「待たせて済みません」


 将校が兵隊に対して『済みません』はあり得ない言葉なのだが、ボルタ曹長はそれについても何も言わなかった。


 ただ、兵隊たちがキーンを無視していたので、


「小隊、整列!」


 ボルタ曹長が兵隊たちに号令をかけた。


 兵隊たちは、ボルタ曹長の今の号令で整列したが、動きは相変わらず緩慢で、最初キーンがこの訓練場に現れた時と比べても明らかにだらけているのがキーンにも見て取れた。


「みんな、もう少し、真面目に整列してくれないかな?」


 キーンが兵隊たちに一言いったが、誰もキーンの声を聞いていないようだ。


 ボルタ曹長はキーンに何か策でもあるのかと思い黙っている。


 実は、キーンは昨年の夏、図書館で読みあさった冒険小説の中で、こういった状況になった主人公の話を読んでいたのだ。その物語の主人公は新編の部隊を任されたが全く兵隊たちが言うことを聞かなかったので、その兵隊たちのいわゆるボスと1対1の素での戦いで圧倒することで、兵隊たちが言うことを聞くようになり、訓練を通じて信頼も徐々に高まっていった。その後その部隊は戦場で大活躍したというものだった。


 物語と現実は違うということはキーンももちろん心得ているし、目の前の兵隊たちは誰を見ても、キーンの二回りも三回りも大きな体に太い手足をしている。


 しかし、彼らの体形を見れば腹が出ている者、ほほのたるんだ者、とてもではないがまともな動きができそうにない。もちろん最初から自分に強化10倍などをかけてしまうと誰が相手だろうと簡単に圧倒できる自信がキーンにはある。


「この小隊の中で腕に自信のある人はいないかな? 僕と素手で勝負して僕に勝てば僕はもう何も言わない。その代り僕はこのなり(・・)なので、強化魔術・・・・だけは使わせてもらうけどね」


 キーンの挑発するような言葉に、兵隊たちの間でもひと際大きな男が声を上げた。身長160センチちょっとのキーンに比べちょうど頭一つ分背が高い。列の一番前に並んでいた兵隊のうちの一人だったので、分隊長クラスの男かも知れない。


「小隊長さん、今の言葉に二言は無いよな? 子どもだからといって容赦しないが、それでもいいなら俺が相手になってやろう。ただ、その頭の上の気味の悪い球はどっかにやってくれ」


「いいよ。

 黒玉、少し離れていてくれるか?

 それじゃあ、みんなの真ん中あたりで始めましょうか? おっと、言い忘れていたけど僕が勝ったら僕の言うことを聞いてもらうけどいいよね」


「小隊長さんがもしも(・・・)勝てばな。


――いくら大賢者の義理の息子といってもタダの小僧。肉体強化・・・・魔術だけで俺に勝てる気になるとはな。



 キーンが5列に並んだ兵隊たちの真ん中まで進んでいくと、自然と周りに空間ができ、兵隊たちで囲まれた10メートルくらいの円ができた。


 キーンとの勝負を受けた男は、上に着ている胴着を脱いでそれを後ろの兵隊に渡したようだ。胴着を脱いだ男の両腕はキーンの太ももほどもある。


 それに対して、キーンは真新しい軍服を着たまま男に対峙たいじしている。


「小隊長さん、どこからでもどうぞ」


 男が余裕を持って構えもせずに突っ立ってキーンを挑発する。


「それじゃあ、いかせてもらいます。強化!」


 あまり簡単に勝負がついては何が起こったか周りの兵隊たちが理解できないと困ると思ったキーンは、まずは通常強度の強化を行った。6色の光の帯がキーンをくるんだが、通常強化だったので明るい午後の日差しの中で目立つほど輝いてはない。



 男はキーンの魔術が肉体強化だけと思ったのか、自信満々で、


「肉体強化程度、学校出てなくても俺でもできるんだよ!」


 男の体が、ほんのわずかに緑に輝いたがすぐに陽の光の中ではっきりとは見えなくなってしまった。


「小隊長さんが来ないんなら、こっちから行くぜ」


 男は、両こぶしを胸元まで上げて、その構えのまま両足でステップを踏みながらキーンに近づいてきた。


 確かに肉体強化で若干ではあるが男の体が頑丈にはなったのだろうが、依然動きは遅く、簡単にけることもかわすこともできる。


 キーン自身、素手での格闘などしたことはないが、相手はスキだらけに見えるし、動きが遅いので何とでもなるような気がしてきた。


 キーンも男のマネをして両手を胸元まで上げて構えてみる。ステップを踏むと手足の動きが右左でごっちゃになりそうなので、その場で両足のひざを曲げたり伸ばしたりしていた。実は、膝を上下させることで、パンチを繰り出すタイミングを計ることができるのだが、ケンカ素人のキーンにそういったスキルは皆無かいむなので、男の動きをなんとなく真似まねているだけである。




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