第79話 キーン、小隊長になる。
誤字報告ありがとうございます。
グッドオールド校長に黒玉や強化の説明をしていたキーンは、なぜか近衛兵団の小隊長になることがほぼ決まってしまった。以前キーンはぼんやりと戦史や戦術を研究するのも面白そうだなどと考えていたが、少し方向がズレてきたことになる。
ゲレード少佐と校長室を辞し、黒玉を頭の上に漂わせながら、学舎内の廊下を歩いていたら、少佐が小隊長の心得のようなものを話してくれた。
「アービス、小隊長になってしまったな。いちおうおめでとう。
小隊長はもっとも兵隊に近い将校だ。中隊長の指示通り小隊を動かすことが小隊長の仕事だが、兵士たちが小隊長の指示通り動かなくては話にならない。兵隊たちを指示通り動かすためには十分な訓練を施す必要がある。当面お前の仕事は小隊の兵隊たちを訓練することになる。
まあ信頼できる先任下士官がおまえの下に付くようだから、その先任下士官に任せておけばおおむね小隊の運営、運用はなんとかなる。
ただ、兵隊たちにナメられないようにしなくてはならない。お前の場合はまだ13歳だし、ナメられそうな見てくれではあるが、大剣でも魔術でも何でもいいから兵隊たちにお前の実力を見せてやれ。それだけで兵隊たちは従順になる」
兵隊たちにナメられるとはどういうことか、ゲレード少佐の話を聞きながらキーンは想像したが、まさか舌を出して顔を舐められるということではないだろうとは見当付けたし、良くないことのようだとも目星をつけた。少佐の言う対応をすればいいなら難しいことではないので、キーンは一応安心した。
「それと、タダの小隊長なら中隊長の指示を聞いていればいいが、お前の場合は直ぐ上が兵団長になるようだから、兵団長の指示に従わなければならない。しかし兵団長は一小隊長に細かい指示は出さないだろうから、アービスが判断していくことが多くなるだろう」
自分の判断で小隊を動かすとなると大変だろうが、逆に好きなようにできるとも取れる。何がしたいという目的がいまのところキーンにあるわけではないが、『自分の小隊』となれば、やはり何としても強くしてやろうという気になってきた。
話の終わったところで、ゲレード少佐と別れたキーンは、教室にいったん戻ったものの、何も持参したものは無かったことを思いだして、みんながいるだろう食堂に向かった。
食堂にいくといつものように、キーンの席がちゃんととってありそこに座らされ、みんなにいろいろ聞かれたので、小隊長になることになったとみんなに教えておいた。
「えっ、えーー!」
キーンを囲んだ3号生徒たちが大きな声を出したので、1号生徒、2号生徒たちの注目を集めてしまった。
キーンの話にみんな驚いたが、よく考えれば、キーンは同級生とはいえ昨年のダレン軍の侵攻をとん挫させた立役者。魔術と剣術、そのどちらをとってもこの国にキーンを越える者はおそらくいない。経験を積み、ある程度の年齢が上がれば兵団を率いても良いほどの逸材だ。
「キーンなら納得だ」
少し声を少し落としたトーマスの一声で、
「キーンおめでとう。頑張れよ」
みんなにそう言ってもらった。
「ありがとう。みんな」
「わたしたちが卒業するころには、キーンくんは中隊長を越えて大隊長になってそうね。そこはちょっと残念だわ」
「ソニア、どうしてだ?」
「だって、私はキーンくんの中隊の小隊長になるつもりだったから」
「ソニア、まだそれを言ってたのか?」
「トーマス、私が何を思っていようが別にいいでしょ」
「そうだけど、それは難しいとこの前言ったじゃないか」
「難しくても不可能じゃないもの」
「まあな。それじゃあせいぜい頑張れよ」
仲間たちに祝福され『やはり軍学校に編入できてよかった。自分は実に運がよかった』と嬉しく思うキーンだった。
それから、数日過ぎたところで、校長から呼び出しを受けたキーンは、正式に小隊長就任が決まったことと、1週間後の午後、新小隊の先任下士官がキーンを迎えに軍学校にやってきて、小隊が今後使っていく近衛の訓練場に案内すると告げられた。そこで新しい小隊の面々と顔合わせするようだ。
その数日後、キーン用の軍服や軍靴などが寮に届けられてきた。サルダナ軍の将校の軍服は黒地の上着にカーキ色のズボンということになっている。下士官兵の軍服は紺色の上着なのだそうだ。下はカーキ色のズボンで共通である。軍学校の制服は将校の軍服と同じ型で上着の生地の色が濃い紺色となっている。
軍服の上着にはもちろん少尉の肩章や徽章が縫い付けられている。届けられた軍服はキーンの体形にはやや大きかったが動きを邪魔するほどではなかった。
キーンはさっそく小隊長になったことをキャリーミニオンに持たせた手紙でアイヴィーに知らせている。
アイヴィーからの返事の手紙には、
『キーン、小隊長は50人の部下の命の責任を直接負っています。そのことを忘れずしっかり励んでください』とあった。
「そうか、部下ができるんだ。アイヴィーの言う通りしっかりしなければ」
今はまだ、何をどうすればしっかりできるのかキーンには分からなかったが、アイヴィーの手紙を読んで、今まで少し浮ついていた気持ちをキーンは引き締めたようだ。
キーンの小隊の先任下士官がやってくる日になった。この日キーンは4限は休んで、寮に戻り軍服に着替えてすぐに校長室に向かった。
「アービス3号、いえアービス少尉、入室します!」
『入って良し』
校長の秘書の若い男の声で入室が許可され、キーンが黒玉を頭の上でユラユラさせて校長室に入ると、校長と秘書の他、紺色の軍服を着て20代に見える中肉中背の日に焼けた男が立っていた。
校長がキーンに向かって、その男を紹介した。
「アービス少尉、彼がきみの小隊の先任下士官を務めるサミー・ボルタ曹長だ」
ボルタ曹長は黒玉が気にならないのか、黒玉は無視して大きな声で、
「アービス少尉殿、サミー・ボルタ曹長であります。本日より少尉殿の小隊の先任下士官を務めます、よろしくお願いします!」
そう言ってキーンに敬礼した。
「キーン・アービスです。ボルタさんよろしくお願いします」
「少尉殿、兵たちが1時に駐屯地の訓練場に集まりますので、そろそろ出かけましょう。少尉殿は馬での移動が許されているそうですから、先に厩舎ですな。自分は軍学校は不案内ですので、少尉殿に従って参ります」
キーンとボルタ曹長は校長室を辞して厩舎に向かった。
少尉風情で軍馬に乗ることはふつうは無いのだが、軍学校から軍の訓練場まで駆けていくのはいくら何でも見た目が悪いので、移動はブラックビューティーを使うことがキーンが近衛兵団の小隊長になることを知ったランデル中佐から許されている。
キーンたちが厩舎に到着すると、すでに厩舎ではブラックビューティーが引き出されており、馬具も厩務員によって取り付けられていた。
なんだか、ボルタ曹長を歩かせて自分だけ馬に乗るのは少し気が引けたが、二人乗りすることはできないので、そこは目を瞑りキーンはブラックビューティーに跨った。
「それでは、行きましょう」
ボルタ曹長がブラックビューティーの轡をとるかたちで、キーンたちは小隊が駐屯する駐屯地の訓練場に向かった。




