第66話 キーン、召喚魔法使いの襲撃を受ける。
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年末年始の休暇の初日。
キーンは寮の食堂でソニアと朝食を終えたところで、
「それじゃあソニア、7時半に玄関で」
「分かったわ」
ソニアに昨日かけた強化は半日近く経っていたのですでに消えている。
自宅に帰るにあたって特に準備するものは無かったが、洗濯物など忘れ物がないか確認したキーンは、部屋に戻って約束の時間まで待機していた。
時間になったので、玄関まで下りていき、先に下でキーンを待っていたソニアと二人で寮母のおばさんに挨拶をして二人そろって寮を出た。ソニアの格好は軍学校指定の冬用のコートを上から着ていた。休暇の間『龍のアギト』を寮に置きっぱなしにしておくのは心配だったので、キーンは布を巻いた『龍のアギト』を手に持っている。
「キーンくん、荷物はその大剣だけ?」
「うん、洗濯ものもないし、これだけ」
「強化してないようだけど、強化はいいの?」
「人の体は暑さの調整は苦手なので、夏は積極的に強化を使った方が良いってアイヴィーが言ってたんだ。そのかわり人の体は寒さの調整は上手なんだって。それで、寒いときいつも強化を使っていると、寒さの調整が下手になってしまうから、冬はなるべく強化は使わない方がいいと言われてるんだよ」
「そうなんだ。それにしても、キーンくん薄着じゃない? 見ている私の方が寒く感じるわ」
今のキーンの格好は、襟付きのシャツの上に薄手のジャケット。下は、薄手の長ズボン。言われてみれば1年を通じてほとんど同じ格好をしていることに気づいた。
「そうかな? 一年中いつもこんな感じだけど、変かな?」
「まあ、キーンくんはキーンくんだからね。強化で光り輝くことを考えたら大したことないわよ」
「そうだよね」
ソニアが言いたかったこととキーンの受け止めた内容は少し違ったようだ。ソニアは何かキーンに言ってあげようかと思ったがやめておいた。
校門の脇の警備員の詰所でも二人はちゃんと挨拶して、学校を後にした。
「そういえば、これまで2度ほど軍学校の近くで襲われているんだよ」
「誰が?」
「僕が」
「えっ? それって大変なことじゃない!」
「相手が弱かったから、二度とも簡単に撃退したんだけどね。でも、また襲われたらソニアもいるし大変だから、念のためソニアにも強化をかけておくけどいいかい?」
「お願いするわ」
「強化10。そして自分にも強化10。これで安心」
「なにこれ? キーンくんがすごく光ってる。あれ? 私も凄いことになってる!」
「昨日の強化の10倍の強さで強化をかけておいた。この光り方なら、少しくらい着ている服が季節外れでも、服の方は注目されないでしょ?」
「そ、そうね」
これだけ目立つ光が体全体から出ていれば、確かに服装の季節外れ感など誰も気にしないだろう。先ほどソニアがキーンに言ったことそのままだが、まさか自分が実感することになるとはソニアも思っていなかった。
まだ朝の早い時間の上、場所は郊外なので人通りがほとんどない。その道を二人が歩いていると、
『ソニア、30メートルほど先の右手の立ち木の後ろに誰かが潜んでいる』
『ほんとだ、わずかだけど人の息遣いが聞こえる。キーンくんの強化ってこんなに凄いんだ』
『おそらく僕を狙ってきた連中の仲間だと思う。僕が相手するから、ソニアは僕の後ろにいてくれるかい』
『わかった。キーンくん気を付けて』
『大丈夫、任せて』
二人はその場所で立ち止まり、木陰に隠れた人物が姿を見せるのを待った。その間にキーンは手に持った『龍のアギト』の布をほどいて投げ捨て木立に向けて両手に構えた。
ほどかれた布は、キーンの邪魔になってはいけないと思ったソニアが拾い上げて持っている。
木陰の人物はそれでも反応しないので、キーンは一歩二歩とゆっくり木立に向かっていった。
キーンにしてみれば相手の位置が分かってる以上、無理せずアタックミニオンを作って飛ばすだけで済むのだが、せっかく『龍のアギト』を持っているので、試してみようかと簡単に考えてのことだ。
先ほどまで木立の後ろに隠れていた人物の息遣いが止まったところで、いきなりその人物がしわがれ声で大きな声を出した。
「出でよ、わが眷属『シャドウ・ウルフ』!」
キーンの目の前に体高1メートル、鼻先から尻尾まで4メートル近い黒く半透明のオオカミがいきなり現れた。おそらく召喚魔法と呼ばれる魔術とは異なる系統の魔法なのだろう。
召喚魔法は今では廃れた魔法と言われており、あのテンダロスでさえ召喚魔法は使えなかった。従ってキーンにとっても初見である。
見た目は実体のない相手。そのオオカミが低くうなりながらキーンに近づいて来る。
強化10倍状態のキーンとしてみると、かなり鈍重な動きに見える。これなら一気に加速して跳びかかってきても簡単に躱せるし、それより簡単に『龍のアギト』で斬り飛ばすこともできる。
そう思っていたら、オオカミがキーンに向かって跳びかかってきた。
オオカミは大きな牙の生えた大口を開けて跳びかかってきたのでキーンは真正面から一歩踏み込んで余裕を持って『龍のアギト』を振り下ろした。
少なくとも体の半分までは両断できると思って『龍のアギト』を振り下ろしたのだが、まるで手ごたえがなく、そのままオオカミはキーンの肩口に噛みついてきた。
バキッ!
変な音がしてオオカミの牙が折れてしまった。
後ろに立つソニアが息をのむ音が聞こえてきた。
強化中のキーンは、オオカミがぶつかったくらいの衝撃で倒れることはなくその場に立っていたが、噛みつかれた上着とシャツには孔が空いてわずかに裂かれてしまった。牙がキーンに食い込んだわけではないので、その程度で済んだようだ。
キーンに噛みつけず牙を折ってしまったオオカミは地面に落ちてすぐに後ろに跳び下がっている。
――こちらの攻撃では手ごたえがなく実体に切りつけた感じじゃなかった。それなのにオオカミの噛みつきは本物だった。
――やっかいだ。今はソニアもいるし、召喚魔法自体には興味があるけど、早めに片を付けるに越したことはないな。
まずはソニアの近くに「ガードミニオン!」
――そういえば木立の後ろに隠れている人物はいまだに姿を現さないがどうなっている? そうか、召喚獣も召喚者がいなくなれば消えるんじゃないか? 試しに木立の後ろの人物を攻撃してやろう。
ここは無難に「アタックミニオン!」
アタックミニオンは近くの召喚獣には見向きもせずに、その木立に向かっていった。
アタックミニオンが木立の裏側に向かって2回電撃を放ったところで、どさりという人の倒れる音がした。それと同時にオオカミの姿がだんだんと薄れて消えていった。
後ろで見ていたソニアがキーンに向かって、
「キーン、思いっきりオオカミに噛まれていたけど大丈夫だったの?」
ソニアに振り向いたキーンの服に孔は空き、わずかに裂けている。それを見たソニアが、
「キーン、しっかりして! 今止血するわ」
「ソニア、服には孔が空いたけど僕は全然大丈夫だから」
「ほんとだ。血が流れてるわけじゃない」
「『竜のアギト』が空振った時は少し驚いたけれど、あの程度の攻撃なら今の強化10で十分防げるみたいだね。
立木の裏に倒れている人物を捕まえて、近衛の詰所に連れていこう」
キーンたちが木立の裏側にまわると、そこに倒れていたのは灰色のフードを目深にかぶった人物だった。どんな顔をしているのかフードを引き上げたら、顔全面に入れ墨が入った白髪頭の老婆の顔が出てきた。
その顔を見たキーンが、ソニアに向かって、
「そうか。召喚魔法のおおよそのことは分かった。確かに召喚魔法が廃れるはずだ」
「どういうこと?」
「この老婆は、自分の生命力、寿命と言ってもいい、それを代償にして召喚獣を呼び寄せていたんだ。この老婆の実際の歳はもっと若いはずだよ。
呼び寄せる召喚獣は、体の入れ墨で決まるんじゃないかな。この老婆の体には、いたるところに入れ墨があると思う」
確かに、顔だけでなく、素肌の現れた皺だらけの腕や手の甲にも入れ墨が見える。
「キーンくんはそんなことまでわかっちゃうんだ」
「仕組みだけはわったけれど、自分で使えるかと言えば、代償を支払ったとしてもマネはできないと思う」
「入れ墨がないから?」
「それもあるけれど、何かがまだ足りないんだよ。おそらく魔力が空回りすると思う」




