第57話 キーン、男爵位を受爵する。
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自宅に帰ったキーンは、アイヴィーにお菓子屋で買ってきたお土産を渡した。
「アイヴィー、いままでアイヴィーにお世話になりっぱなしなのに、何もしてこなかったことに気づいたからお土産を今日は買ってきた」
「まあ、キーン、ありがとう。でもキーンは私のマスターなのだから、気にすることはありませんよ」
「そうかもしれないけれど、アイヴィーも少しは嬉しいでしょ?」
「それは、すごくうれしいです」
「なら、いいことじゃない」
「そうですね。あらためて、キーンありがとう」
「えへへ」
「それで、クリスとは、どうでした?」
「お芝居を見て、食事をして、クリスの買い物に付き合った。お芝居があんなに面白いものだとは知らなかったよ。食事の方は、クリスの侯爵家で持ってるっていう食堂でごちそうになっちゃった。そのあとクリスの買い物に付き合ったんだけど、買い物に付き合うのがあんなに大変なものだとは思わなかった。体は疲れていないけれど、なんだか気持ちがぐったりしちゃった」
「女性の買い物は時間がかかるという話ですから、大変だと思っても何も言わず、ニコニコしておいた方がいいですよ」
「さすがにニコニコはできなかったけれど、何も言わずじっと後について歩いていたよ」
「これから先も慣れることはないでしょうが、忍耐力の訓練だと思って我慢ですね」
「分かってる」
「夕食の準備はできていますが、もう食べますか?」
「30分ほど居間で休んでるから、そのあとでお願い」
「分かりました」
居間の長椅子で横になって休んでいたら、キーンにだいぶ元気が戻ってきたようだ。
「そろそろ、夕食にしましょう。キーンは料理のお皿を運ぶのを手伝ってください」
「はーい」
夕食を食べ終え、少し休んだところで、
「そろそろ、寮に戻るよ」
「気を付けて。休みの前日忘れず帰ってきてくださいね」
「分かってる」
キーンが家を出たのは黄昏時を少し過ぎたくらいのまだ辺りは明るい時間帯だったが、それでも強化すると光が目立ちそうなので強化は行わず普通に歩いて寮に戻っていった。
寮へもお土産があったが、寮に帰り着いた時刻がすでに7時半を過ぎていたので、キーンはそのまま部屋に戻り、シャワーを浴びることなく着替えてベッドに入った。
翌日、寮の食堂のおばさんにお土産の焼き菓子を渡し、夕食時みんなのトレイの上に載せてくれと言っておいた。買った焼き菓子は60個しかないので、一人1個にしかならない。余ったのはおばさんたちで食べてくれと言っておいた。
その週は、焼き菓子のお礼をみんなに言われ、休みの日についてソニアにしつこく聞かれたくらいで特に変わったこともなく過ぎていった。休みの前日、補習が終わったキーンは、寮に戻って普段着に着替えそのまま自宅に戻っていった。もちろん制服と靴を一式包みに入れて持ち帰っている。
「ただいま」
「キーンお帰りなさい。早速ですが制服の方を先に見てみましょう。それから夕食でいいですね? そういえば、軍から少尉の肩章と襟章が送られてきています。軍学校の制服に付けてくれと一言ありましたので、縫い付けておきますね」
「なんだか目立っちゃうね」
「とはいっても、階級章は軍服にみんなつけている物ですから」
「じゃあ、お願いします」
アイヴィーが包みから取り出した制服は、汚れているわけではなかったが、丸めて入れていた関係でそれなりにシワになっていた。
「シワ伸ばしにコテをかける必要があるようですが、先にやっておきます。下に着るシャツなどの用意はできていますから、明日は大丈夫でしょう。
キーンはお風呂に入ってきなさい。わたしは制服のシワを伸ばしています」
「はーい。お風呂にいってきまーす」
自宅でのお風呂なので、ちゃんとお湯を張って湯舟に入ってゆっくりくつろぐことができた。体を洗い、サッパリしたところで風呂から上がったら、制服のしわ伸ばしは終わったようで、アイヴィーは玄関にまわってキーンの靴を磨いていた。
「すぐに夕食の支度をしますからね」
「僕も手伝うよ」
「ありがとう。それじゃあ、食事の準備しましょうか? 温め直すくらいですからすぐです。キーンは食堂のテーブルを拭いて食器を並べていてください」
「はーい」
夕食を二人で食べて、二人で後片付けした後、しばらく居間で軍学校のことなどを話してその日は終わった。
翌朝、朝食をとり、キーンとアイヴィーが支度して居間で座っていたら、玄関先から、
『アービスさま、アイヴィーさま、王宮よりお迎えに参りました』
扉を開けると、立派なお仕着せを着たおじさんが立っていた。門の前には黒塗りの箱馬車が停まっている。
「おはようございます。宮内省の儀典官リーシュと申します」
「「おはようございます」」
アイヴィーとそろって、おじさんが開けた扉から馬車に入った。おじさんが最後に向かいに座ったところで馬車が動き始めた。
「本日の叙爵式ですが、あと1時間ほどで始まります。箱馬車は20分ほどで王宮に到着しますので、私がお二人を宮殿内の控室にお連れ致します。控室では飲み物なども用意しておりますのでご自由におくつろぎください。式の時間になりましたら係りの者がお迎えに上がります。アービスさまはまだ成人前ですので、アイヴィーさまは後見人ということでアービスさまとごいっしょに式場にご入場ください。式場ではアービスさまより一歩下がっていただければよろしいです。アービスさまは、私の方で受爵者の方の作法などと逐次お教えしますのでその通りになさってください」
控室でご自由になどできないと思っていたキーンだがアイヴィーとも一緒だし、式で儀典官の人の指示通り動けばいいと聞いて一気に安心した。
王宮の敷地に馬車が入りしばらく進んで、屋根の張り出した宮殿の車寄せで停まった。箱馬車から降りたキーンとアイヴィーはリーシュ儀典官の後について宮殿内の廊下を歩いていき控室に案内された。
「呼び出しの者が参りますので、それまでこちらでお待ちください」
そう言って、儀典官はどこかに行ってしまった。
控室の中で椅子に座っていたら、侍女と思われる女性がワゴンを押して部屋に入って来て、お茶とお菓子をテーブルの上に置いていった。
キーンは咽喉が少し渇いていたが、式の最中トイレに行きたくなるとマズいのでお茶は飲まず、茶菓子として出された焼き菓子だけひとつつまんだ。
「アイヴィー、なんだかドキドキするね」
「キーンが緊張するとは珍しいですね」
「そうかなー、いつも何かあるときは緊張するけどな」
「そうでしたか。緊張することによって体が硬くなるようでは困りますが、キーンは体が硬くなったことはないでしょう? 少しくらい緊張した方が感覚も敏感になるそうですから、ちょうどよかったと思えばいいです」
「そういえば体が硬くなるようなことは一度もなかった気がする。気持ちは少しくらい緊張した方がいいなら、今がちょうどいいんだ。安心したよ」
「そう言っているうちに、気持ちの方も緊張していないでしょ?」
「あれ? ほんとだ。どうしよう?」
「本当は緊張などしない方がいいんです。式などはどうとでもなることですから、今のようにリラックスしていてください」
「分かった」
緊張もとれたところで、気にせずお茶を飲みお菓子をつまんでいたら、迎えの人がやってきた。
「アービスさま、アイヴィーさま、こちらにどうぞ」
迎えの人についてさらに宮殿の奥の方に進んでいく。
大きな扉の前に立ったところで、両開きの扉が開いた。
広間の一番向うには偉そうな人が一段高くなった場所で大きな椅子に腰を掛けていて、その人の左右に立派な衣装を着た男女が居流れていた。
「そのまま、広間の中央までお進みください」
指示されるままキーンとアイヴィーが部屋の中に入っていき、部屋の真ん中までゆっくり歩いていく。
今度は、広間の中にいたリーシュ儀典官が、
「そこでお止まりください」
そう言ってくれたので、その場で立っていた。
「それでは、キーン・アービス殿の男爵位叙爵式を執り行います。
アービス殿は、その場で片膝をついて跪いてください」
儀典官の『男爵位』という言葉で大広間の中で立っていた人たちが少しざわめいた。
キーンは言われるまま、その場で片膝をついて跪いた。
そのまま下を向いて跪いていたら、正面の椅子に座っていたおじさんが金色の棒を持って近づいてきた。その金色の棒のことをあとで聞いたが王笏というものだったそうだ。
「アービス殿はそのまま、首を垂れてください」
言われるままキーンは下を向く。
そうしたら、おじさんが金色の棒をキーンの右肩に置いて2回トントンと軽くたたいた。
「汝、キーン・アービス。ダレン軍を撃退しバツーを解放した軍への協力の功により、サルダナ王国男爵に叙す」
おじさんがそういったところで、
「アービス男爵、首をお上げください。これにてキーン・アービス男爵の叙爵式を終えます」
式はそれだけで終わったようだ。




