第56話 キーン、青春する5。買い物
クリスと楽しく食事を終えたキーンは、
「支払いはどこですればいいのかな?」
「キーン、ここはいいわ」
「こういったことはきっちりしないといけないんだよ」
「ウフフ。でも気にしないで。その代りわたしのお願いを聞いてくれる?」
「それじゃあ、ごちそうになるよ。それで、お願いって?」
「これから、お買い物に付き合ってもらいたいの」
ソニアの言った通りになってしまった。もちろんキーンには否はないので、
「お安いご用だよ」
「ありがとう。そろそろ出ましょうか」
店の出入り口まで来るとまた同じ係の女性がいたので、
「ごちそうさま」「ごちそうさまでした」
「またのお越しをお待ちしています」
二人は係りの人が開けた扉から店を出て通りにでた。
「キーン、こっちよ」
結局キーンは、食事前にクリスが店先を気にしていた小物屋や衣装屋のある一角に連れていかれた。
クリスが入っていった店は小物屋で、リボンやハンカチ、ネックレスや指輪、女性用の小物を売る店だった。品物の善し悪しや値段についてはキーンでは分からないが、どれもそこまで高いものではないようだ。
キーンはソニアに買い物を付き合えばいいとアドバイスされていたのだが、よく考えると買い物に付き合うとは何をすればいいのか分からなくなってしまった。仕方ないので、店に置いてあったものを隅から隅まで見て歩くクリスにくっ付いて店の中を移動していた。
こういった店の中にいるお客はほとんどというか、キーン以外の客は全て女性、しかも若い女性だった。クリスは気にせず店の中のものを時に手に取ったりして見て回っているのだが、何だか急に居心地が悪くなってきた。
早く買いたいものを買って店から出てくれればいいのにとキーンは内心祈るような気持ちになっていたのだが、何も言わずクリスの後をついて歩いた。
『あら、あの男の子、文句も言わずに彼女について歩いて、優しいのね』
『あの男の子、結構タイプかも』
などと、店にいた女性客からも注目され始め、居心地がさらに悪くなってしまった。
とうとう、キーンは両手に小物をもって見比べているクリスに向かって、
「あのー、クリス」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
やはり何も言い出せなかった。
結局それから20分ほどクリスに付き合わされ、キーンは肉体的には何ともなかったが、気持ちだけはぐったりしてしまった。当のクリスは結局ハンカチを2枚買ったようで1枚は可愛らしい花柄模様の小さなハンカチ。もう一枚は、チェックの柄の入った大判のハンカチだった。
「キーン、お買い物に付き合ってくれたお礼よ」
店を出たところでその大柄のハンカチをクリスがキーンに差し出した。
「ありがとう。お昼のお礼に付き合っただけなのに、お礼されたらおかしくないかい?」
「いいの。気にしないで。次はこっちよ」
さらに買い物に付き合わされるのかと思ったキーンだが、ぐっとこらえて笑顔で、
「了解」
と応えてクリスについていった。まだ13歳のキーンだが、わずかばかり人生の荒波に揉まれたようで、今日1日でかなり世慣れてきたようだ。
そのあとは、クリスはキーンを引き連れ数軒衣装屋をまわり最後に、
「キーン、付き合ってくれてありがとう。わたしの姉とよく買い物にくるのだけれど、いつもわたしの買い物が遅いって怒られちゃうの。その点キーンは黙ってついてきてくれて嬉しかったわ」
そこまで言われるとキーンの精神的疲れも吹き飛んだようで、
「僕でいいならいつでも買い物に付き合うよ。ただし学校の休みの日だけだけどね」
「キーン、ありがとう。やっぱりキーンは私の見込んだ男子だけあるわ」
キーンは知らぬ間にクリスに見込まれていたらしい。最近知らぬ間に期待されたり見込まれることが多いような気がするキーンだった。
「もうだいぶ遅くなったからそろそろ帰る?」
「そうだね。それじゃあ、クリスをうちまで送っていくよ」
「ありがとう。そういえば、キーン、お友達にお土産にお菓子でも買って帰ればいいんじゃない?」
「それもそうだね」
「あそこのお店の焼き菓子がお勧めよ」
クリスの勧めるお菓子屋さんで焼き菓子を適当に選んでもらって油紙に包んだ上、紙袋に入れてもらった。そういえば今までアイヴィーにお礼をしたことなど一度もなかったことを思い出したキーンは慌てて、焼き菓子を追加でもう一包み買うことにした。
「あら、二つも買ったの?」
「一つはアイヴィーにね」
「偉いわね」
「いや、今までアイヴィーにはお世話になりっぱなしだったんだけど、口でありがとうと言ったきりで他に何もしてなかったんだ」
「それに気付いてすぐお土産を買うなんて偉いわ。それじゃあ行きましょう」
クリスの屋敷の位置は分かるが、繁華街からの道は分からないので、相変わらずキーンはクリスの後にくっ付いて歩いていった。
「ねえ、キーン、何だか送ってもらっているわたしが前で、送ってくれているきみが後ろを歩いているんだけれど、ちょっとおかしな感じがするの」
「うん。じゃなくって、はい」
「せめて、わたしの隣をちゃんと歩いてくれない?」
「そうすると、どっちに歩いていけばいいか分からなくなるよ」
「キーン、道はまっすぐなんだから、まっすぐ歩けばいいの。道を曲がるときには教えてあげるわ」
「そう言われるとそうだね」
二人はそこからは並んで歩いていき、道を曲がるところで、
「ここを、右よ」「そこは左」
そう教えてくれるので問題なくクリスの屋敷に到着することができた。
「それじゃあクリス、さようなら」
「キーン、今日はありがとう、また誘ってね。さようなら」
「こちらこそ、ありがとう。じゃあ」
クリスの屋敷から自宅までの道順は覚えているので、キーンは何事もなくアイヴィーの待つ自宅に帰っていった。




