第53話 キーン、青春する2。初デート
休日明けに、いきなり少尉になってしまったキーンだが、それ以降は特に変わったこともなく、軍学校の授業をこなしていくことができた。
馬術の実習時、ランデル少佐が今回の功績で中佐に昇進し、サール中尉も大尉に昇進したということで、作戦の成功と昇進の礼を言われた。キーン自身は軍学校の生徒として、その時できることをしただけだったので、かえって恐縮してしまった。
ブラックビューティーはキーンに懐いており、その様子を見ていたランデル中佐が、
「少し早いかもしれないが、これほど馬が懐いているなら、アービスもみんなと一緒に訓練しても問題ないだろう」
そういうことで、中佐の指示に従って、他の生徒達に連なって馬場のコースを乗馬することができた。やはり一人で馬場を行ったり来たりした前回よりも断然楽しかったようだ。キーンのとなりで馬に乗るソニアはこれまで最後尾を一人で馬に乗っていたため、隣に人がいて並んで訓練できることを喜んでいた。
そして休日前日。補習の終わった夕方。その日はシャワーだけを浴びて夕食をとらず、キーンは付属校の裏手にあるアイヴィーの待つ自宅に帰った。郊外にある軍学校から自宅までそれなりの距離があるが、キーンは普通に歩いて帰っている。
「アイヴィー、ただいま」
「キーン、お帰りなさい」
アイヴィーが台所の方から玄関に迎えにきてくれた。
「すぐ食事の準備をしますから、もう少し待っていてください」
そう言ってアイヴィーが台所に戻っていったので、キーンもそちらについていった。
「アイヴィー、手伝うよ」
「あら、ありがとう。手を洗ってからお皿をテーブルに並べてください」
「了解」
夕食の準備が整ったところで、二人そろって食事を始めた。
「ところでキーン、王宮から案内が来ていました」
「王宮から? 僕に?」
「はい。次の休日、王宮に参内するように書いてありました。何でも男爵に叙爵するそうです」
「うん? アイヴィーじゃなく、僕が?」
「はい。私にも詳しいことは分かりませんがそのようです。キーン、何か心当たりはありますか?」
「あっ! アイヴィーには知らせていなかったけれど、前回の休日にちょっと近衛の騎馬隊の作戦に協力したんだ。それだと思う」
「分かりました。作戦に協力となると、キーンが騎馬隊の作戦に参加したということですか?」
「いや。騎馬隊の騎兵と軍馬を強化したんだよ。そのおかげで作戦が成功したんだ。これもアイヴィーに言っていなかったけれど、その件で軍総長が学校にやって来て僕に報奨金をくれるんだって。それと、その場で少尉にされちゃった」
「されちゃったんですか?」
「そう。されちゃった」
「分かりました。3日前、軍総長トーマ大将の名前でキーン宛に感謝状と金貨100枚が送られてきましたが、感謝状には詳しく書いてなかったものですから、なんだろうと思っていました」
「そうなんだ。でも、ちょっと強化をかけただけなのに金貨100枚ってすごいね」
「そうですね。話を元に戻すと、叙爵式の衣装ですが、軍学校の制服でよいようです。前日制服を持ってここに戻ってください。しわなどを伸ばしますから」
「うん」
「キーン、キーンは軍学校の生徒です、しかもいまは少尉ですから『うん』という返事はやめましょう」
「はい」
「そうです」
そういった話をしながら食事をして、その日は終わった。
翌日。朝食を終え、余所行きを着てしばらく居間で寛いでいたキーンに、
「キーン、クリスとの待ち合わせの場所まで少し距離がありますから、そろそろ出た方がいいですよ」
「それじゃあ行ってくる。いったんここに戻ってから軍学校に帰る。アイヴィーそれじゃあ」
「夕食はここで食べるんですね?」
「お願い」
「用意しておきます。それじゃあ、キーン、気を付けて、クリスによろしくね。次の休みの前には必ず制服を持って帰ってきてください」
「分かってる」
劇場が並ぶ一角は繁華街の近くということは聞いていたが、正確な場所は分からなかった。それでも繁華街に行きさえすれば何とかなるだろうと家を出たキーンだが、よく考えれば繁華街もそれなりに広いので、約束の時間に間に合わなくなるかもしれないと気付いた。
「まずい。これは走っていった方がいいな。強化10!」
キーンの体が6色の波打つ光におおわれ、それと同時にキーンはすごいスピードで駆けだした。
道行く人も驚いていたが、キーンからすればぶつかるようなことなどあり得ないので、気にせず繁華街の方に走っていった。誰とは言わないがこの感覚はどこかの誰かと一緒である。
「この辺りが繁華街のはずだけど、劇場のある一角はどの辺りだったかな?」
一度この辺りを通ったことがあり、確かに劇場らしきものが立ち並んでいた広場も見たはずだし、時計台のあったことも覚えていたキーンだったが、なぜかその時計台の場所が思い出せない。
知らない人に声をかけるというスキルを持ち合わせていなかったキーンは、やみくもに走り回ったが、なぜかその広場が見つからない。
そうしたら約束の9時を知らせる時計台の鐘の音が聞こえてきた。キーンは1秒でも早くと思い再度強化10を自分にかけて鐘の音のした方向に駆けていった。道は直角に折れ曲がっているため直進できないのがもどかしい。それでも1分もかからず広場にたどり着き時計台を見ることができた。
強化された視力で時計台下を見ると、当たり前だが、クリス・ソーンが佇んでいた。
クリスは劇場街に近い商店街でよく買い物をするので、キーンとの待ち合わせの場所もよくわかっているが、その日は待ち合わせの時間に余裕をもって屋敷を出た。屋敷を出る前キーン・アービスと芝居を見に行くと家の者にことわったところ、馬車で送りましょうかと聞かれたが、いつものようにそれは断っている。クリスは気付いていないが、クリスが出かける時には、付属校への通学も含めてソーン家の護衛が付かず離れずクリスを見守っている。
時計台の前に予想通り少し早く到着したクリスは、約束の時間になってもキーンが現れないので辺りを見回していたら、光り輝く人物がすごい勢いで自分の方に駆けてきた。
「キーン!」
「クリス、ごめん。場所が分からなくなって、ずーと探してたんだ。それでさっき9時の鐘が鳴ったので、ここまで走ってきた」
「レディーを待たせるものじゃないけど、キーン、何? 体がすごく光っているわ?」
「速く走ろうと思って、強化したんだ」
「そうなんだ。キーンらしいわね。いいわ、許してあげる」
「ありがとう。それと、アイヴィーがクリスによろしくって言ってた」
「アイヴィーさんが。キーン、わざわざありがとう。それで、お芝居だけど、どれを観るの?」
「考えてないから、クリスと一緒に選ぼうと思って。実は僕は今まで一度もお芝居を観たことがないんだ」
「まあ、それもキーンらしいけれど。私もそんなにはお芝居を観たことがないから差はないわ」
「話題のお芝居のようなものがあるのかな?」
「うーん。私も付属校にそういった話をするようなお友達がいるわけではないので、よく知らないのよ。出ている看板を見て面白そうなのを選びましょう。どこもお芝居は9時半からのハズだから大丈夫よ」
「そうだね」
時計台の前でキーンたちが話しているあいだにも、それぞれ目当ての劇場の中に人が入っている。
「結構人が入っているね」
「今日は休日だものね。
これなんかどう?『大賢者テンダロス・アービス、雷の魔術師』。あなたのお義父さんのお話よ。30年前のサルダナの危機を救った時のお話に違いないわ」
「うーん。看板の絵がやたらカッコいいし。隣りに立っているのはアイヴィーでしょ? 本人たちを知ってるだけに、なんだか感じが似てなくてがっかりしそうな気がする」
「そうね。そういうことも確かにありそうね。
それなら、こっちの『不滅の八重歯、無限馬車編』はどう? 不滅の八重歯はもう何作も出ていてかなり流行っていると屋敷の侍女たちが言っているのを聞いたことがあるわ。きっとこれは最新作じゃない?」
「八重歯って、歯の横に生えるいらない歯のことだよね? そんなのが不滅だと逆に怖そうだけど。これって怖い話なのかな?」
「さあ、これにしてみる?」
「止めておこうよ」
「そうね。その隣は、『音楽の音』? わたしでは全く見当つかないわ。看板の絵は女の人と子どもたちが歌っている絵よね。これって最近はやり始めたっていう音楽劇じゃない?」
「へー、そんなのもあるんだ。でもあんまり面白そうには見えないよ」
「そうね。わたしもそう思うわ」
「こっちはどうだろう?」
「えーと『ああ、ドジョウ』。何だか分からないけれど喜劇なのかしら? ドジョウひげを生やしたおじさんと可愛らしい女の子が看板に描いてあるけれど、これも謎ね」
「それじゃあ、『パステル、ノイエちゃん』は?」
「なんだかおかしな幼児が変な格好をしているけど、これはどう見ても変よ」




