第49話 9月危機結末
時間になったところで、騎兵中隊はバツーに向けて速歩で進んでいった。
途中通り過ぎた街は静まり返っており、街の人間は避難したのか隠れているのか分からなかった。街道にも人気はなかったため、おそらく家の中かどこかに隠れているのだろう。
斥候が見つけたわずかな高台から、強化された視力ではるかに敵陣を望み確認したところ、確かにダレン軍は陣地を引き払っているようだ。すでに幕舎などは畳まれている。歩兵たちもぞろぞろと移動を始めている。
「ダレン軍が引き上げたら、バツーに入城して守備隊に状況を知らせよう。あと伝令を1名出して王都の軍本営にダレン軍が撤退した旨を知らせてくれ」
「了解。それで移動中と思われる第1兵団はどうします?」
「移動中の第1兵団の本営は街道沿いのどこかだとは思うが、そちらは軍本営に任せよう」
「はい」
結局、昼近くまでランデル少佐の騎兵中隊の面々は遠方からダレン軍が撤収していく様子を観察していた。
「ダレン軍は撤収を終えたようだ。中隊はバツーに入城する」
ランデル少佐はそう言って、部隊を引き連れバツーの東門に向かった。
バツーの守備隊では、ダレン軍の撤退は把握していたが、その理由が分からないため門を閉ざしたままにしていた。罠の可能性もあるし兵員にも限りがあるため、追撃の部隊を繰り出してはいない。ただ昨夜、かがり火の焚かれた敵陣内で怒声とともに色とりどりの光が帯状に流れ、それが最終的に東へ去っていったことは城壁の上から確認されている。
また、昨日夕方には組み上げられていたはずの大型投石器が今朝になってバラバラに破壊されていることも城壁の上から確認しているため、守備隊の隊長やその他の指揮官たちは、昨夜の流れる光の帯と関連して、何らかの事件がダレン軍の陣内で発生したものと考えていた。
そういった状況下で、陽光下でも光の目立つ騎馬隊がバツーの東門に向かって街道を進んできた。そして、その騎馬隊は東門の前に整列して馬を降り近衛兵団の騎兵中隊と名乗り開門を願ってきた。馬上の旗手の掲げる軍旗は確かに近衛兵団のものだった。その数は100騎。もし罠であっても対応できると踏んだ守備隊側は、門を開け騎兵たちをバツー内に招き入れた。
馬の轡をひいてバツーに入城したランデル少佐以下の騎兵中隊は、門の先の広場で一旦停止し、出迎えた守備隊の士官に対し、
「私は近衛兵団騎兵中隊長ランデルです。守備隊隊長にお取次ぎ願いたい」
「私が守備隊隊長のムスクです」
ちょうど出迎えた士官が守備隊長だったようだ。
「昨夜われわれ騎兵中隊で敵本陣に対し襲撃を敢行し、ダレンの王族旗を掲げる幕舎にいた高級将官を複数名殺害しました。おそらくその中に一際は身なりの良い男がいましたから、その男が敵の総大将だったと思われます。その後、敵の大型投石器も破壊しています。城内からでもお分かりと思いますが敵は完全撤退しました」
「なんと、騎兵隊だけで敵の本陣を突いて、総大将を斃したとは。さすがは精鋭中の精鋭、近衛兵団の騎兵隊ですな」
「ありがとうございます」
「もう昼時だから、昼食をご一緒して、昨夜の英雄譚をお聞かせ願えませんか?」
「ありがたいお言葉ですが、敵の完全撤退をお知らせするため入城しただけですので、これから我々は王都に帰還するつもりです。今から帰れば夕方には王都に帰り着けますので失礼します」
「今何と? 夕方には王都まで?」
「このことは内密に願いますが、御覧のようにわれわれは馬ともども強化状態を続けています。その関係で昨夜の襲撃も含め不可能と思われることも簡単にやり遂げることが可能だったわけです」
「ほう。その光のことについて尋ねようと思っていたが、そういうことだったわけですな。このような魔術があるとは初めて私も知りました。大賢者が亡くなられて少し心配もしたものですが、まだまだこの国は安泰のようで何よりです」
「いずれ世に知れ渡ることでしょうが、かの大賢者をしのぐほどの天才が現れたのです。おっと、これ以上は勘弁願います。それでは失礼します」
ランデル少佐が騎乗したのに続き、他の兵士たちも一斉に騎乗し、中隊は少佐を先頭にバツーの東門を抜けて街道に出て行った。
それから中隊は途中一度だけ小休止をとり5時間弱で王都セントラムに帰り着いた。ランデル少佐はすぐにサール中尉を軍学校のキーンのもとにやっている。作戦成功を知らせるためである。
ランデル少佐自身は作戦の成功によりダレン軍がバツーから撤退したことを上司である近衛兵団兵団長のセカール中将に報告した。
「ランデル、でかした! さっそく軍総長に報告に行く。きみもついてきてくれ」
「はっ!」
王宮宮殿内にある軍総長執務室の前で副官に来意を告げたセカール中将はランデル少佐を引き連れて、執務室の中に入っていく。
「軍総長、やりました!」
「? おっ、ランデル少佐を連れているということは?」
「はい、ランデル少佐の騎兵中隊が敵本陣の襲撃を成功させ帰還しました。バツーから敵軍は撤退したようです」
「バツーの解囲に成功し、たった1日で帰ってきたというのか!?」
「そういうことになります」
「にわかには信じられんが、きみたちが嘘をつくわけはないから真実なのだろう。でかした!
二人はここでしばらく待っていてくれ。私は陛下にご報告申し上げる。ランデル少佐、勲章は期待していいぞ。なるべく大きな勲章を陛下にねだって来てやるからな。ワハハハ」
10分ほど軍総長の部屋でトーマ大将の帰りを待っていたら、上機嫌のトーマ大将が帰ってきた。
「叙爵とはならなかったが、勲一等章をせしめてきた。王室から金一封も出るからな。むろん軍からも金一封を出してやる。それと今日から騎兵中隊全員一階級特進だ。そうだな、ランデルが100騎ほどの中隊の隊長ではもったいない。いずれ近衛の騎兵は増強しないといけないな」
「ランデル中佐良かったな」
「ありがとうございます。あと、アービス殿の処遇の方は?」
「それは陛下が考えておられるようだ。きみたちも大変だったろうが、何といっても彼が第一の功労者だからな。軍学校の生徒といってもないがしろにはできんし、よその国にでもツバを付けられたら目も当てられん。おそらくだが、彼は当代限りだったとはいえ大賢者故アービス伯爵の息子だ。男爵あたりの叙爵があるんじゃないか? 直に子爵に陞爵させ、将来的には世襲の伯爵位もあるかもしれん」
「なるほど。安心しました」
「ランデル中隊は今日はゆっくり休みたまえ。ハメを外しても少々ならば構わんがな。ワハハハ」
「それでは失礼します」「失礼します」
その後、中隊の駐屯地に戻ったランデル中佐は、中隊員を集め、全員が一階級特進したことを告げた。宿舎内が大騒ぎになっている中、軍総長名で中隊に金一封と全員の一階級特進の辞令が届けられた。
歓声の中、ランデル中佐以下の中隊員全員が王都の繁華街に繰り出したのは言うまでもない。ただ、依然全員6色に輝いており、夕方になってますます目立つようになった。
さすがにこの状態で100名ほどのいかつい連中が繁華街を練り歩くと奇異の目で見られるので、まだ開いていなかった居酒屋を一軒借り切って宴会をすることにしたのだが、いくら酒を飲んでも誰も酔えない。
「強化魔術にこういった効能があるとは初めて知ったな」
「中隊長殿、強化も善し悪しですね」
「そうだな。いつまで強化が続くのか、それが問題だ」
とか言いながら、ジョッキに入った濃い酒を一気に飲み干すランデル中佐だった。
こちらは王国北部、クジー要塞。
守備隊が待ち構えるクジー要塞の手前で停止したセロト軍は、力押しをすることもなく、そのまま要塞から距離を置き滞陣の態勢に入った。
バツーからダレン軍が撤退したことを受け、第1兵団は通常の駐屯地に戻っていった。第3兵団は当初輜重部隊を伴って兵団主力が北方に移動する予定だったが、兵団主力は元の駐屯地に戻り、護衛を付けた輜重部隊のみクジー要塞に移動している。
クジー要塞ではセロト軍と2週間ほど対峙が続いたあと、セロト軍は陣を払い潮が引くように撤退していった。すでに第2兵団主力がクジー要塞に到着しており、追撃も可能だったが、あえて追撃は行わなかったようだ。
サルダナ軍では、運よく今回ダレンを撃退できたが、ダレンの動きとセロトの動きはどう見ても連動していた。こういった動きに対して軍の対応が後手後手に回ったことは否めない。周辺国に対する情報収集を積極的に行う機関を作ろうという動きが活発化した結果、軍本営内に新しい部局、対外部を設けることとなった。当面は周辺各国の都や軍の駐屯地近くに人員を派遣して、その動向を探ることとした。連絡には専門の連絡員を配することにしている。
ブックマーク、☆、誤字報告等ありがとうございます。
ここまでで第4章は終了し、次話から『第5章 キーンの休日』となります。これからもよろしくお願いします。




