第47話 騎兵中隊、敵総本陣襲撃
キーンに強化されたランデル少佐の騎兵中隊は一度馬場のコースを常歩で行進した後、キーンとゲレード少佐が見送る中、軍学校の裏門を通り抜け走り去っていった。
こちらは馬場に残ったキーンとゲレード少佐。
「アービス、先ほどの馬の動きは常歩だったよな? 時速20キロは出ていなかったか?」
「どうでしょう。かなり速かったのは確かですね」
「速歩で進めば時速50キロくらい出るんじゃないか?」
「そうかもしれません」
「ところでアービス。強化10倍と言っていたが、本当のところは何倍くらい強化魔術を強くできるんだ?」
「うーん。100倍くらいは。そこまでやってしまうといろいろな意味でマズいことが起きそうなので10倍くらいにしておきました」
「マズいこととは、体が壊れるとかか?」
「いえ、体は大丈夫でしょうが、着ている服や装備している物が体の動きに耐えきれなくなると思います」
「敵前で真っ裸になって馬から転がり落ちたくはないし、武器を壊したくないものな。なるほど」
キーンに強化10倍をかけてもらったランデル少佐の近衛兵団騎兵中隊は、途中、いろいろな歩法を試しつつ左手にイスラ河を見ながら街道を南西方向、バツーに向けて進んでいった。
イスラ河は王都セントラムの北東の山間に端を発し、王都から南西のバツーまで流れそのままダレン領に入り西進しつつ西大洋に注いでいる。西大洋への河口にはダレンの都ゴラブールが広がっている。
騎兵隊は街道に馬車も人も見えなかったところで一度だけ襲歩を試したところ、まさに飛ぶような速さだった。正確には分からないが時速100キロは軽く超えていたとランデル少佐は思っている。その速度で移動していても周りの様子は手に取るようにわかるし、試しに引き抜いた片刃でそりのない騎兵刀を振り回してみたが違和感は全くなかった。
「キーン・アービス。まさに大賢者の再来だ」
などと考えながら進んでいたら、前方に見えていた夕日も沈み、辺りが黄昏時になったせいで、強化による6色の発光が相当目立ち始めた。街道を行き来する馬車や通行人たちもかなり驚いた顔で、高速で通り過ぎる光の騎馬隊を眺めていた。もちろん途中の宿場町でも同様である。
「思った以上にこの光は目立つな。夜になればさらに目立つ。バツーの手前では斥候を放ちたかったがよした方がよいだろうな。
しかし、もう2時間は駆けたが、俺自身はもちろんだが馬も全く疲れているように思えん。だが無理をする必要はない。ここらで一度小休止をとっておくとしよう。
全隊止まれ! 小休止をとる」
ちょうど宿場町と宿場町の間に設けられた駅馬車の休憩所が道の脇にあったので、騎兵隊はそこで小休止をとることにした。その休憩所には、時間帯が時間帯だったため休んでいる馬車や旅人はいなかった。
20分ほどの休憩の間に各自愛馬の世話をしたのだが、馬の蹄鉄を確認したところ全く傷んでいなかった。
「蹄鉄までも強化されていたのか!」
これは、蹄鉄が強化されたわけではなく、馬の蹄が強化された結果、蹄鉄よりも強度が増したため起こったことだった。
部隊が再出発したころには、辺りは星空だけが頼りの暗闇になっており、街道には往来する人も馬車もいなくなった。
「真っ暗になったが、それでも辺りが良く見えるぞ」
キーンの強化により夜目も利くようになったようだ。
それからさらに1時間、街道沿いの街を通り過ぎる時だけ常歩で進む騎兵隊だったが、それ以外は速歩で街道を進んだ。すでに王都セントラムから150キロ、バツーまで50キロの位置にまで部隊は進出している。途中第1兵団所属部隊の野営地近くを通過したとき、歩哨などがひどく驚いていたが、気を利かせた小隊長が軍馬に括りつけていた軍旗を取り出し振ってみせたところで事なきを得た。
「いったん腹ごしらえして、それからだな。
全隊止まれ! ここで大休止をとる」
街道沿いの駅馬車の休憩所で部隊を止めて大休止をとり、夜食をとることにした。先に水場から桶に水を入れて愛馬を休ませてから兵たちは自分たちの携帯食を食べる。
これだけ走っても、馬たちは息も乱れていないし汗もかいていなかった。そのせいか馬たちはそれほど水を飲まなかったし、用意した岩塩も欲しがらなかった。
馬の世話が一通り終わったところで、ランデル少佐は麾下の3人の小隊長を呼び寄せ最後の確認を行った。
「あと1時間でバツーに到着する。第1小隊を中心に、右後ろが第2小隊、左後ろが第3小隊の楔形突撃隊形でいく。狙うは敵の王族の首だ。斥候の10騎は第1小隊の後ろで第1小隊のカバーをさせてくれ。そうだなー、突撃をして剣を振り回せばすぐに剣がダメになる気がする。できれば敵のメイスか何かを余裕があれば戦闘中に鹵獲したいところだ。各員に伝えておいてくれ。
あと、30分ほどしたら出発する」
「「はい」」
騎兵隊は星空の下、予定通り30分後バツーを目指し出発した。
――この目立つ光では、敵に気取られずに接近することは不可能だ。馬に負担がかかるが、バツーから7、8キロほどで駆足に切り替え、敵陣が見えたところで突撃だ。どこで気づかれるか分からないが、敵の迎撃は間に合わないはずだ。それで行けるところまで行く。
ランデル少佐は心の中で最後の作戦を決めて、中隊の先頭に立ち愛馬を進める。
中隊は街道を40分ほど駆けたあと、バツーへ北東から接近するようバツーから10キロの駅馬車の休憩所から下草の生えた荒れ地に分け入った。
数キロ北上した部隊は馬首を西に向けしばらく進んだところで、ランデル少佐は馬具に括りつけていたサーベルを鞘から引き抜き振りかざした。
それを見た騎兵たちも一斉に武器を手にした。
「中隊、駆歩。敵を確認次第襲撃に移る」
これまで、街道上は襲歩並みの時速50キロほどの速歩で進んでいた騎兵中隊がさらに加速して光の筋をひいて一団となり、荒れ地の中を疾走する。
思った以上に騎兵中隊の進出速度が速かった関係で、時刻は22時を少し回ったところだ。
草原の彼方に無数のかがり火が見えてきた。距離はざっと2キロ。
ランデル少佐は手に持ったサーベルを掲げ、各隊が襲撃陣形を整えたのを確認したところで、刈り取りの終わった麦畑の中に敷かれたダレン軍の陣地に向けてサーベルを降り下ろした。
「中隊、突撃!」
ランデル少佐の騎兵中隊が突撃を開始する数時間前。バツーを囲むダレン遠征軍のダレン軍総本陣、バツーから見て北東500メートルほどに組み立てられた軍用大型幕舎内で麾下の将軍たちを集めて檄を飛ばしているのは、今回の遠征軍の総大将を務めるデビス・ダレン、ダレン王国第3王子である。
「アービスはこの世を去った。サルダナ軍の主力はセロトの侵入に備え北方に移動している。サルダナの王都セントラムまでわれわれを遮るものはない!
まずは、目の前のバツーを明日中に落とし、進撃の勢いをつける!」
「「おう!」」
総大将の檄に、集まった将軍たちが気勢を上げる。
――勝利は確実だ。サルダナを攻め滅ぼせば、セロトと分け取りにはなるが、俺は晴れて王太子に任命されるだろう。そのための遠征でもあるし、周囲も、父王もそのことを認めている。
その後総本陣幕舎では、前祝の宴が催された。




