第43話 クジー要塞
キーンの母国、サルダナ王国は北をセロト王国、北西をローエン王国、西と南をダレン王国、東をギレア王国と接する中小国の1つだ。東に接するギレアを除く3国はいわゆる大国である。
西はローエン、東はギレアまで続くアズレア山地を介し国境を接するセロトの軍がハイバル峠を越えてサルダナ王国北部に侵入したという報告が、急使によって第2兵団本営に届けられた。
第2兵団は北部防衛の要である麾下の北部要塞に増援部隊として10個中隊2000名の先遣隊を速やかに派遣した。同時に王都セントラムの軍本営にセロト軍侵入の報を持たせた急使を送っている。さらに北部各都市に分駐していた第2兵団各部隊も第2兵団本営からの命令のもと、間を置かず北部要塞方面へ移動を開始した。
因みに平時において第2兵団は北のセロトを睨みサルダナ王国北部に、第3兵団はローエンを睨み北西部に、第1兵団はダレンを睨み西部から南部の各都市に分散して駐屯している。
北部要塞は、冶金工房と近隣鉱山からの鉱石の集積地として栄える地方都市クジーの北部に築かれているためクジー要塞とも呼ばれている。クジー要塞は東西から迫る断崖に挟まれた南北に走るあい路を城壁で塞いだ要塞で、往来するためには城壁中央の二重になった門を通る必要がある。現在その二つの門は固く閉ざされている。また、要塞北側の地表は岩石質のため俑道(注1)を掘り要塞に接近することは難しい。
クジー要塞の城壁は上端で東西80メートル、基部で60メートル。地表からの高さは30メートル。厚さは基部で8メートル、最上部で6メートルある。最上部には狭間(凹部)付き胸壁が巡らされており、各所に大型の石弓台が置かれている。大型の石弓そのものは戦闘時に最上部各所に建てられた倉庫から引き出され据え付けられる。
地表から30メートルの最上位部に大型の石弓を据え付けた場合その有効射程(注2)は攻城用大型投石器の射程とほぼ同じ250メートルに及ぶため攻城側の大型投石機の組み立て阻止も完成後の破壊も可能である。
また城壁最上部の一段下の地表から26メートルの高さには廊下が通っており、北に向かって矢間が無数に設けられている。
矢間の部分が城壁の強度的な弱点と言えば弱点だが、ファイヤーボールやウォーターボールなどのボール系を発展させた軍事魔術の遠距離攻撃にもある程度は耐えられるものと考えられている。また、この位置からの長弓の有効射程(注3)は200メートルにも及ぶため、遠距離集団魔術攻撃(注4)を仕掛ける敵魔術兵の要塞への接近も阻止することは容易である。
城壁の北側に設けられた第1門を抜けた先は幅10メートル、奥行き50メートルほどの中庭になっており周囲が城壁と同じ壁で囲まれ、その先に第2門がある。もちろん第1門を破壊して中庭に侵入した敵を周囲の壁の上から一方的に殺戮するためのものだ。要塞の守備隊はこの中庭のことを死の回廊と呼んでいる。
山岳部から要塞の後方に回り込まれた場合、厳しい対応に迫られることになるが、特殊な能力を持った兵以外の山岳部の踏破は実質的に不可能であると考えられている。
難攻不落を絵にかいたようなクジー要塞だが、その守備力を長期に渡り完全に発揮するには3000名の兵士が必要と考えられている。その完全状態で要塞を守備した場合、前面の敵は狭隘な要塞正面を力攻めするしかなく、兵数が10万であろうが20万であろうが兵力の多寡に関係なく1カ月は敵軍に多大な出血を強いつつ拘束できると考えられていた。
現在要塞を守備する兵士の数は、5個中隊に相当する一般兵士1000名と1個魔術師中隊40名である。他に軍属として医師、看護師、賄夫、鍛冶師、厩務員などが要塞に詰めている。
クジー要塞の城壁の南側には、3000名を収容するための兵舎や、井戸、倉庫、指揮所、騎馬用の厩舎、救護所、鍛冶工房などの要塞施設や設備が並んでいる。
ハイバル峠のサルダナ側に築かれた第1砦がセロト軍により突破され、その2キロ手前の第2砦もすでに突破されている。そして、そこからさらに2キロ手前、クジー要塞から見ると2キロ北の第3砦もじきにセロト軍に突破される見通しだ。各砦の守備隊は1個中隊200名。第3砦が落ちれば3個中隊相当600名の兵と60名ほどの軍属が失われることになる。
第1砦でセロト軍の峠越えを確認してから5日。今のところ、山間のあい路を進撃するセロト軍の後方が確認できていないためセロト軍の総数は5万以上であるということしか分かっていない。
ここは、クジー要塞内の指揮所。
要塞守備隊隊長と中隊長たちが集合している。
「隊長、最上部へのバリスタ設置とバリスタ用ボルトの配置終わりました」
「ご苦労」
「各所への投射物の配置も完了しています」
「ご苦労。まずは変則2直制で防衛を行う。敵の初撃を第1から第4中隊で防ぎ、第5中隊は負傷者などと交代するための予備とする。2時間その態勢を続け、第1中隊と第5中隊が交代。2時間後、第2中隊と第1中隊が交代、順次これを繰り返す。魔術師中隊は各中隊に8名ずつ割り振ってくれ」
「「はいっ」」
「先ほど帰還した斥候の報告では、第3砦はもってあと数時間とのことだ。われわれは彼らに恥じない戦いをしなければならない」
「「はいっ」」
「この要塞には、わが第2兵団の主力が向かっており先遣の増援部隊はあと2日で到着する。また第3兵団主力も輜重隊を伴いこちらに向けて移動を開始している。さらに第1兵団は後詰のため王都方面に移動中とのことだ。
われわれの仕事は第2兵団主力が到着するまで粘ることだけだ。戦闘正面が限られている要塞に籠っているわれわれにとってはそれほど難しくはないはずだ。
さて、そろそろ敵もやってくるころだ。各人持ち場に戻り職務を遂行してくれ」
「「はいっ!」」
中隊長たちはいい返事を残して各自の持ち場に戻っていった。
それから間もなくして、要塞の北方にセロト軍の軍旗が確認された。
注1:俑道
防御用の囲い(壁)の付いた道のことですが、ここでは、塹壕の意味で使っています。
注2:有効射程
バリスタから発射された大型ボルトが木製大型盾を破壊ないし貫通する距離。板金で覆われた盾程度は貫通しないまでも容易に破壊できる。
注3:有効射程(長弓)
長弓による矢の矢じりが歩兵用盾を貫通する距離。クジー要塞配属の守備隊員は弓の訓練を重点的に行っており高い練度を誇る。
注3:遠距離魔術攻撃
クロスボウと遠距離魔術攻撃の射程は100メートル程度と考えられているため、有効な攻撃を行うためには射程内に敵を捉えるため接近する必要がある。




