第35話 キーン、補習(いのこり)授業を受ける。
サール中尉と話し込んでいるうちに、ランデル少佐たちが戻ってきた。
軽速歩は馬の足並みに合わせて乗っている者が鐙の上で半立ちになって重心を上下することで馬の負担を軽減する歩法なのだそうだが、まだ慣れてない生徒たちがそれをやってしまうと、逆に馬に負担がかかるようで、早めに軽速歩の訓練を切り上げたのだろう、とサール中尉に説明してもらった。
「軽速歩は馬の負担を減らすためのものだが、アービスには強化があるから不要だものな」
サール中尉にそう言われてしまったが全くその通りだ。このままいくと、付属校の時のように実技免除になっては大変と、
「馬についてはそうですが、わたし自身の乗馬が上達しなければ結局足手まといになると思います」
「その通りだが、このブラックビューティーにここまで懐かれているだけで、乗馬の基礎はほとんど終わったようなものだからな」
確かに馬に懐かれれば馬も主人の指示に簡単に従うようにもなるだろうし、無理も利くようになるだろう。
「まだ時間はあるから、アービスももう少し乗ってこい。その代り他の馬の邪魔をしないようコースの内側でな」
「はい」
お許しが出たのでブラックビューティーに飛び乗って常歩で馬場に向かった。それから集合の合図があるまで、馬場のコースの内側を回っていることにした。キーン自身は速歩も試してみたかったが、実質的に速歩状態だし、これがもっと速くなってしまうと十分人目を引いてしまうので自重していた。
ランデル少佐が生徒たちを引き連れて馬場の真ん中に戻ってきたところで、
「おーい、アービス。集合だ!」
そう言って呼んでいたので、キーンはブラックビューティーの馬首をめぐらして、集合場所に向かった。
「全員、下馬。馬をひいて厩舎で手入れをして解散だ。
アービスは明日だと思うが、次の武術の実技にはお前の大剣を忘れるなよ」
「はい」
ランデル少佐に念を押されてしまった。
全員が馬から降り、轡をとって厩舎に向かって歩いていくので、キーンも同じようにブラックビューティーをひいて厩舎に向かった。
キーンがみんなの一番後についていたところ、少し前で馬を引いていたソニア・アブリルが立ち止まり、
「キーンくん、あなた、私の見込んでいた通りだったわ」
何を見込んでいたのか分からないので、
「そ、そうなの?」
「そう。キーンくんはただものではないと、私はあなたを最初に見た時から分かってたの」
最初から分かっていたらしい。
厩舎の前にはまた桶が置いてあり、みんながそこからニンジンを2本ずつ持って自分の馬にやっていたので、キーンもブラックビューティーにニンジンをやった。
そしたら今度は、トーマス・ブルマンがやって来て、
「キーン、スゴイじゃないか。馬はブラックビューティーか。ブラックビューティーは誰にも懐かなくて、1号生徒、2号生徒にも乗り手がいなかったはずだぜ。少なくとも来年の新しい3号生徒たちが入ってくるまで、キーンの専属だな」
馬の数はこれだけなので当たり前だが、みんなの馬は1号生徒や2号生徒と兼用だった。キーンはブラックビューティーが自分の専属だと聞いてまた嬉しくなってしまった。
その後、みんながやっているように乗馬後の手入れを真似て、まずは体全体に毛並みに沿ってブラシをかけて、置いてあった馬用のタオルを水につけて良く絞ったあと顔をきれいに拭いて、それから股の間やお尻を優しく拭いてやった。最後に蹄の間をきれいにして、厩舎の中に入れてお終いだった。この後は専門の厩舎の係りの人が手入れをしてくれるという話だった。
ブラックビューティーはキーンが手入れしているあいだおとなしくしていたが、厩舎に入れる時には少し悲しそうな眼をしてキーンを見つめていた。
みんなの馬が厩舎の中に入ったところで解散となり、更衣室に帰っていった。
更衣室で着替えていると、トーマスがキーンに、
「キーンはこれから居残り授業だったな」
そういう話だったことを忘れていたキーンだが、どうせ一度教室に戻るので思い出してはいただろう。
みんなと一緒に教室に戻り、みんなが各自の荷物を持って寮に帰っていく中で、キーン一人が教室に自分の席に座って居残っていた。
生徒たちが教室を出てしばらくして、教室の扉が開き、担当のゲレード少佐が教室に入ってきた。
「アービス、そこだと遠いから一番前の席まで下りてこい」
確かに一番後ろの一番高い席から教壇まではかなり距離がある。これから1対1での補習が始まるわけだから当然と言えば当然だ。
キーンは階段を下りてゲレード少佐の立つ教壇の真正面の席に座った。
「アービス、ランデル少佐とサール中尉から聞いたぞ」
もう先ほどの乗馬の訓練の時のことが、ゲレード少佐に話が伝わったらしい。こういうのを風通しのいい職場というんだろうなとか適当なことをキーンは考えていた。夏休み中図書館で冒険小説を読み漁ったことで、キーンの語彙は格段に増えている。
「アービスは、やはり期待の星だったな。明日の私の武術の時間には話で聞いた『黒い大剣』を忘れるなよ」
「はい」
「雑談はこれくらいにして、さっそく補習を始めるか。これから付属校に教科がない国法、世界史、地理・地誌、戦史、戦術論の1学期分を放課後2時間程度を使って2カ月ほどで速足で教えていくからそのつもりでな」
「はい。よろしくお願いします」
今並べられた教科はどれもキーンにとって新鮮だ。居残り授業とはいえ俄然やる気も出てきた。
「では、最初は『国法』から。何をするにせよ、法律を知らなくては軍人としてあるいは社会人として失格だ。法律を知らなかったから罪を犯しましたと言っても刑が軽くなるわけでもないしな。……」
そこから、30分ほど国法の講義が続き、そのあと3種類、世界史、地理・地誌戦史の講義が各々各30分続いてその日の講義は終わった。
「きょうはここまで」
「ありがとうございました」
キーンはやっと解放されたが、講義の内容も興味のあることだったため、付属校の時と違い、ちゃんと講義の内容はノートに取っている。




