第33話 キーン、人馬を強化する1
馬場のコースを回っているランデル少佐たちが近づいてくるのを待って、サール中尉が少佐の元に駆け寄りながら、
「少佐、お話があります」
「全隊、速歩やめー! その場で停止!」
少佐はすぐに隊列ごと停止させて、
「どうした中尉? アービス生徒に何かあったのか?」
「いえ、アービスのことではあるのですが、問題があったという訳ではありません、実は、……」
サール中尉はキーンが強化魔術を使ってブラックビューティーを強化した結果、常歩が速歩よりも速くなってしまったことを少佐に報告した。
「それが事実なら、大変なことだぞ!
アービス、ちょっと馬場のコースに出て、常歩をやって見せてくれるか?」
ほかの生徒たちは各自馬から降りてキーンを注目している。
「はい!」
キーンはいい返事とともにすぐにブラックビューティーに飛び乗って、馬場のコースの方に向かっていった。馬の乗り方もすでに様になっている。キーンの乗るブラックビューティーは常歩の足の動きをしているのだが、確かに目に見えて速い。
「中尉、確かにブラックビューティーは常歩だけれど、速くなっているな。大賢者アービスの養子という触れ込みだったが、まさかこれほどのものだったとは」
「アービスはブラックビューティーに強化魔術を10分の3の強さでかけたと言っていました。ということは通常強度で強化すれば、この3倍は速くなるということでしょうか?」
「さすがにそれはないだろう。それだと、常歩で、駆歩
より速くなって時速45キロで歩くことになってしまうぞ」
「それはそうですよね。アービスは全6種の強化魔術を重ねがけしてると言っていましたから、ブラックビューティーに負担はないと思います。アービスが通常の強さでブラックビューティーを強化したら、どのくらいのものになるのか試してみますか?」
「よし。ただ、アービスが馬から落ちて大怪我しても困るから、本人に確認してからにしよう。馬を強化できるなら自分自身も強化できるはずだからな」
「そうですよね。それではアービスを呼びます。
アービス、一度ここに戻って来てくれー!」
サール中尉の声を聞いたキーンがブラックビューティーを方向転換させてみんなの元に戻ってきた。確かに常歩の速さではない。
少佐と中尉以上に生徒たちは驚いている。
「なんでしょうか?」
「アービス、試しにブラックビューティーに強化の残り分、えーと10分の7になるのかな。それをかけてみて常歩で歩かせてみてくれるか? その時速度が速くなりすぎるようだと危険かもしれないが、アービスは自分自身にも強化をかけることができるんだろ?」
「はい、できます。たとえ落っこちてブラックビューティーに踏まれてもなんともないと思います」
それはそれですごいことだが、今は馬への強化の方が大切だ。
「分かった、それではやって見せてくれ」
馬上のキーンがブラックビューティーに向かって、
「はい。
強化!」
強化魔術は後からかけるもので上書きされるので、今回キーンはブラックビューティーに通常強度で強化を行った。
キーンが『強化』と口にしたとたん、ブラックビューティーの体を6色の光の帯がうねりながら包み込んだ。
そしてそのまま、キーンを乗せたブラックビューティーは高速で馬場のコースに向かって歩いていった。すぐに『強化』と聞こえて、6色の光が帯となって揺らめきながらキーンの体を覆ったので自分自身に強化をかけたことが分かった。
「確かに駈歩並みの速さだな」
「そうですね。しかもアービスは発動体を使ったようでもなく、呪文も唱えず強化がどうのと一言いっただけでした」
「わが軍の魔術師団の魔術兵たちに導入できればと思ったが、それは難しそうだな。アービスはあと何回ぐらい今の魔術を使えるのだろうか?」
「いくら大賢者の養子といってもまだ12、3歳です。良くてあと2回くらいではないでしょうか?」
「そうだろうな。強化魔術を重ね掛けできる魔術師がどれくらいいるのか知らないが、できても3種か4種で効果は短時間だろう。それが全6種類だものな」
「少佐、たまたまアービスは今回強化魔術を披露しましたが、きっとそれだけではないですよね?」
「良いところに気が付いたな。確かにその通りだ。我々にはありがたいことだが、付属校もこのような逸材をよく放り出したものだな」
「まったくです。それではそろそろ呼び戻しましょう。
アービス、戻ってこーい」
『はーい!』
真剣な話をしていた二人だが、誰が聞いても気の抜ける返事をしたキーンがブラックビューティーとすぐに戻ってきた。
「アービス、降りていいぞ」
ブラックビューティーから降りたキーンは、それから何をしていいのか分からないのでブラックビューティーの首筋をなでていたら、サール中尉が、
「ところでアービス、今かけた強化の魔術はあと何回ぐらい可能だ?」
「正確には分かりません」
「1回か2回かってところかな?」
「いえ、おそらく丸一日、朝から真夜中までかけ続けられると思います」
「えーと?」
「夜眠くなるまでかけ続けても終わらないと思うので回数は分かりません。自分自身に強化をかけていればおそらく3日は寝ずに頑張れると思います」
キーンのこの答えにはランデル少佐もサール中尉も驚いたというか固まってしまった。生徒たちも同様である。




