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ロドネア戦記、キーン・アービス -帝国の藩屏(はんぺい)-  作者: 山口遊子
第3章 王立軍学校3号生徒

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第32話 黒馬(あおげ)ブラックビューティー




 休憩が終わり、クラスのみんなはランデル少佐の後について常歩なみあしで二列縦隊を作りそのまましばらくコース上を進んでいたが、そのうち速歩はやあしを始めた。


 コースの路面はそれほど固くない土のためパカパカひづめの音が響く訳ではないが、50頭を超える馬たちが軽快に走っているところはそれなりに壮観そうかんである。


 キーンは休憩前と同じように常歩なみあしで馬場のコースの内側をゆっくり回っていた。


 さきほどの休憩の時、ブラックビューティーに強化の魔術をかけてもいいかサール中尉に聞けばよかったが、ニンジンをやっていたら忘れてしまっていたので、確認していない。


「そうだ、一度に強化をかけてしまうと問題が出るかも知れないから、強化の半分。分数でいえば2分の1だけ強化をかけてみるか。今まで強化100とかいって回数を指定していたけれど、分数の回数ってどうすればいいかな?」


 などと、馬上で考え込んでしまった。そんなキーンを乗せていてもブラックビューティーはちゃんと馬場のコースの内側を常歩なみあしで回っている。


「そうか、魔力の強度を加減すればいいんだ。なんだ簡単じゃないか。ここのところあまり魔術を使っていなかったからにぶっちゃったかな?」


「強度2分の1でもちょっと心配だから10分の1くらいでやってみよう。これならブラックビューティーも驚かないだろうし、サール中尉やランデル少佐にちゃんと話さなくてもいいよね」


 自分で自分を納得させたキーンは、さっそくブラックビューティーに10分の1の強さで強化をかけてみた。


 一瞬ブラックビューティーの体が震えたような気もしたが、強化10分の1では見た目の変化はキーンでも気付けなかった。実際のところは、ブラックビューティーの常歩なみあしは若干だが速くなっている。


「これだと効果があったのかどうかわからないなー。

 ブラックビューティー、調子はどうだ?」


 残念なことに馬と会話する魔術をテンダロスがキーンに見せてくれていなかったためキーンには馬と会話するすべはない。本人はそう思っているのだが、その前に馬が言葉を持っているのかすらわからないので、おそらく馬と会話する魔術など世の中にはないのだろう。


 ブラックビューティーはキーンの問いに当然返事をしてくれない。


「もう1回くらい強化10分の1をかけてもいいよな。重ねがけはできないから強化10分の2!」


 今度はブラックビューティーが明らかに胴体を震わせた。言葉は交わせないのだが何だか気持ちが通じたようで、キーンはまたまた嬉しくなってしまった。


 普段のキーンなら気づいていたはずだが、ブラックビューティーの常歩なみあしは明らかに速くなっていた。


「これでも効果があったのかどうかわからないなー。もう1回強化10分の1ぶん強さを増やしてみるか。強化10分の3!」


 明るい野外なので注意しなければ分からないが、ブラックビューティーの体がわずかに輝きはじめた。これでやっとキーンでもブラックビューティーの常歩なみあしが速くなったのに気づけた。


「ちょっとだけだけど速くなった。お前もうれしいだろ?」


 などと馬上のキーンは呑気のんきなことを言っている。


 実際は、常歩なみあしのブラックビューティーの方が、他の馬たちの速歩はやあしよりもわずかばかり速くなってしまった。


 馬場の脇でキーンたちを見ていたサール中尉は、先ほどまで気持ちだけブラックビューティーの常歩なみあしが速くなったのかと思って見ていたのだが、今は明らかにほかの馬の速歩はやあし以上だ。わが目を疑ってじーと観察したが、直線コースで前を進む他の馬たちに追いついてきている。やはり相当速い。見た目は普通に歩いている馬が速歩はやあしの馬よりも速いとなると、見ていて非常に不思議な感じがする。


 隊列の先頭を進むランデル少佐はまだ気付いていないようだが、何かが起こってからでは遅いので、アービスを呼び寄せた方が良さそうだ。


「おーい! アービス。こっちに帰って来てくれー!」


 サール中尉の声を聞いたキーンはいったんブラックビューティーをその場に止めて、ゆっくり方向転換して、常歩なみあしで戻っていった。もちろん速歩はやあし以上の速さが出ている。


 サール中尉は、帰ってきたブラックビューティーからキーンが降りたところで、


「アービス生徒、ブラックビューティーが常歩なみあしで進んでいるくせに速歩はやあしよりも速度が出ていたんだ。怖くなかったか?」


 確かにスピードは少しだけ上がったと思っていたキーンだが、速歩はやあしよりも速くなっていたとは思いもよらなかった。それでも、外から見ていたサール中尉がそう言うのならそうだったのだろう。


「申し訳ありません。つい、ブラックビューティーに強化の魔術をちょっとだけかけました」


 なにはともあれ正直に申告しなければマズいと常識的に謝ったキーンに対し、


「強化? 魔術をブラックビューティーにかけたのか?」


「はい。ほんの弱いものを」


「強化とは速さを増したのか? それにしても馬に速さの魔術が効くものなのか?」


「いえ、速さだけじゃなくて、身体強化6種全部、それを10分の3の強さにして」


「アービス生徒、私にはきみの言っていることがよく理解できないのだが、とにかくブラックビューティーに身体強化魔術をかけたところ、常歩なみあし速歩はやあし並みになったということだな?」


「そうだと思います」


「分かった。あとでランデル少佐に伝えなくてはならないが、アービス生徒ここにいてくれ」


「はい。申し訳ありませんでした」


「いやいや、叱責しっせきしているわけじゃない。これまで馬に身体強化魔術をかけることはできないとされていたんだ。それをきみがみごとにくつがえしてしまった。これは画期的なことだ。ただ、アービス生徒しかできない魔術の可能性が高そうだがな」


 怒られたわけではなかったようでキーンは安心しつつ、横にいるブラックビューティーが顔をめようとするのを微妙に避けながらキーンはその場に立っていた。




次話『第33話 キーン、人馬を強化する1』、キーンの魔術の凄さが周りに認められていきます。近い将来、キーンに強化された人馬が活躍することになります。

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