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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第二章 ビスケット、マーマレード、そしてジャーキー

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甘夏のマーマレード


 老紳士……花応院と名乗ったその人は、仕事があるからと話を切り上げて帰っていった。


 短い間で話す事ができたのは他愛のない話ばかりで、曾祖父ちゃんのことなど深い話は出来なかったが……また次の月曜日になれば話をする機会があるだろう。


 今は帰ってしまった花応院さんのことよりも、俺の足元でズボンの裾を引っ張りながら甘夏のマーマレードはまだかと見上げてくるコン君のことが大事で……まだかまだかと待ちわびてしまっているコン君のためにもと、俺は甘夏のダンボールを抱えて……他の荷物はテチさんやコン君に持ってもらって、台所へと向かう。


 そうしたならまずは他の食材の片付けやらを先にやって……そうしてから甘夏のダンボールを台所のテーブルの上に置いて……既にもう良い香りを放っているダンボールの蓋を開け放つ。


「良い色だね、香りも良いし……良いマーマレードになってくれそうなんだけど……うん、多いね、これ」


 甘夏をいくつかと注文したら届いたのはまさかのダンボール一箱。

 仕分け材とでもいったら良いのか、丁度甘夏がすっぽりとハマる型みたいのにハメこまれた甘夏がいくつも中に入っていて……雑にぎゅうぎゅう詰めにされていない辺りから、高級品なのでは? なんて疑問が頭の中をよぎる。


 甘夏に高級品なんてものがあるのかは知らないけども……明らかに普通の甘夏より色艶が良く、香りが良く……うん、美味しそうだ。


 一つ手に取ってテチさんに渡して、もう一つ手に取ってコン君に渡して、そして自分の分も取ったなら、ついでに皮むき用のキッチンナイフを手に取って「作る前に試食してみようか」とそう言って居間へと向かう。


 テチさんもコン君も良い香りに負けてしまって食べたいと思っていたのか、笑みを浮かべながら頷いてくれて……そうして居間へと移動したなら、ナイフで切れ目をいれてからさっと皮を剥いて……広げた皮をお皿代わりにしながら甘夏を食べていく。


「うわ、美味しい。

 なんだこれ……甘さも酸っぱさもしっかりあって瑞々しくて、甘夏は甘夏なんだけど、別物みたいだ」


「む……本当だな。

 爽やかなジュースを飲んでいるようというか……これは初めての味だな」


「甘くてすっぱくておいしー!!」


 俺、テチさん、コン君の順でそう感想を口にしたなら……それからは夢中で甘夏を食べ続ける。


 実そのものが大きくてかなりの食べごたえがあって、それでいて飽きずに最後の一房まで食べることが出来る……というか最後の一房まで手が止まらずに甘夏を食べ続けてしまう。


 食べ終えて美味しかった美味しかったと感想を言い合いながら一息ついて……甘夏の皮とかをゴミ箱に捨ててから、この甘夏でマーマレードをどんな味になるんだろうとそんなことを考えた俺達は立ち上がって台所に向かい……手を洗ってエプロンをつけての準備をし始める。


 甘夏のマーマレードをつくる際、重要になるのは皮の扱いだ。

 皮を入れないという選択肢もあるし、入れるにしても白い部分を全く入れないのか、少しは入れるのか、ジャムとして煮込む前に水につけておくのか、ゆがくのか、圧力鍋でしっかり熱を入れるのかなど、様々な方法がある。


 薄皮も捨てるか入れるかもどっちが良いのか議論があったりもするからなぁ。


 どれが正解という訳ではなく、どれにも良い所があって悪い所があって、その方法によって出来上がりの味が大きく変わるという訳だ。


 今回は……白い部分は入れずに薄皮も入れずに、皮はかるく湯がく感じにするとしよう。

 食べた感じ、その方が美味しくなってくれる……予感がする。


 まずはそのままの状態でしっかりと水洗いして……洗ったならナイフで切れ目を入れて皮を剥く。


 剥いた皮は白い部分を綺麗にとったなら千切りにしてとりあえず水につけておいて……果肉を潰してしまわないように慎重に一つ一つ薄皮を剥いていく。


 そうしたなら水につけておいた皮を湯がいて……湯がいたなら鍋を入れ替えて、ジャムに……マーマレードにするための煮詰め作業となる。


 まず皮から煮詰めて……柔らかくなったら砂糖を投入。

 よくかき混ぜたら果肉と一応レモン汁と、更に追加の砂糖を入れて整えたなら……最後の仕上げとばかりに煮詰める。


 今回は甘夏の数が多いので大きな鍋でそれらの作業を行い……最後の煮詰めは居間に移動して休憩しながらにして……十分に煮詰まってきたなら、保存瓶の煮沸作業を台所で始めて、鍋を台所に移動。


 煮沸した瓶に瓶詰めを行い……ついでに瓶ごと軽く煮て、しっかりと殺菌をしておく。

 煮て瓶の中の空気が膨張したなら、慎重に脱気を行い……しっかりと密閉瓶の蓋を閉めておく。


 後はこれを……後で食べる分以外の甘夏全部を使って繰り返し、どんどんと瓶に詰め込んでいって……時間をかけて作業を繰り返していく。


 途中で昼ごはん休憩をして、また繰り返して……そうして全ての作業を終えて15時。


 なんとも心地良い疲労感を味わいながら、マーマレードでいっぱいになった瓶を並べて眺めて……これだけあれば自分達で一年かけて食べるのも良いけど、誰かに配るのも良いかもなぁ、なんてことを思う。


 テチさんの家族に、コン君の家族に、花応院さんに。


 そんなに配ったら自分達の分が無くなるかな? なんてことを思いながら他に誰か配る人はいるかな……? と、そんなことを考えていると、コン君が流し台の椅子の上から、キラキラキラキラと輝く視線をこちらに送ってくる。


「あ、うん、そうだね。

 早速出来上がったのを味見してみよっか。

 まだ冷めてないからぬるいっていうか温かいままだけど、トーストの上に乗せるならそれでも良いかな。

 ……昼ごはん食べたばかりだから、トーストは半分にカットしようね」


 そう言ってからトーストを用意し、居間に移動し……三人でできたてマーマレードをたっぷりと塗ってぱくりと食べる。

 

「んー、いい出来になったなぁ」

「ああ、もっと食べたくなってしまうな」

「苺も良いけどこれも良い!」


 またも三人でそう言って……残りのトーストへとかぶりつく。


 甘くてほんのり苦くて、香りが強烈で……皮が良い食感のアクセントになってくれて、トーストを食べるのが止まらなくなって。


 半分にカットしたトーストはあっという間になくなり……心地よい満足感が胃袋の中から膨れ上がってくる。


 ちょっと疲れるくらいに大変だったけど、これだけ美味しければそれも全然気にならない。

 この味を一年間楽しめるのだから、そんなもの苦労の『く』の字にもならないな、なんてことを思う。


 配ってしまうと数が減ってしまうのだけど……それでもこの味を皆にも楽しんで欲しくて、誰と誰に配るかな、なんてことを居間でのんびりしながら改めて考えていた俺は……知り合いの顔を一つ一つ思い出していくうちに、あることを思い出して「あっ!?」と声を上げる。


「なんだ? どうかしたのか?」


 するとテチさんがそう言ってきて……俺はテチさんの方を見やりながら声を返す。


「いや、うちの両親に婚約のこと報告してなかったなって」


「あ……」


 俺の言葉にテチさんはそんな声を返してきて……そうして俺達はなんでそのことを忘れてしまっていたのだろうかと、なんとも言えない苦い表情になるのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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