呪い
夕食は具材たっぷりタコ飯二種類と、タコ入りおでん。
味は完璧、タコ飯にするとやっぱり干蛸の旨味の良さが際立っていて……こうやって食べるのなら干した方が良いようだ。
おでんは……他の出汁もあって、そこまで差はないけども、干しておくと煮込んでも食感があっていつまでも噛めるのが楽しい、干さなければすっと食べられて美味しい。
どちらが良いかは完全に好みで……コン君とさよりちゃんは生タコ、テチさんと由貴は干蛸が好みのようだ。
特に由貴は干蛸の足が気に入ったようで……出汁たっぷりの汁で煮込まれて程々の柔らかくなりながらも、芯のある硬さの残るタコ足をモグモグモグモグといつまでも咀嚼し、染み出す味をこれでもかと堪能していた。
コン君達は咀嚼するよりも前歯でザクッと切ってしまって、程々に噛んだら飲んでしまう方が良いようで……それはそれで楽しんでくれているようだ。
「こうやって食べ比べるとはっきり差が分かるものだねぇ。
特にタコ飯……炊き込みご飯は大きな違いが出るねぇ……ご飯に染み込む味にも差が出ているし、太陽の力は偉大なりってところかな。
これで保存性が増すっていうんだからありがたいよねぇ」
なんてことを言いながら食事を進めるが、特に反応は返ってこない、皆食べるのに夢中でそれどころではないらしい。
まぁ、うん、それだけ夢中になってくれているのは嬉しいことだと、特に気にせずに食事を進める。
……と、その時だった。
スマホが鳴り始め、画面を見ると花応院さんの文字。
こんな時間に珍しいと通話ボタンを押すと、いつもより重々しい声で花応院さんの挨拶が始まり、それに応えると要件についての話が始まる。
『……今回のお話は断って頂いて全く構わない、断っていただくことが前提のお話だと思ってください。
私としてもこんな話はしたくなかったのですが、どうしてもと押し切られてしまい……話をするだけならと、一度だけならと……そういう決着となってしまったのです』
前置きと言うか言い訳と言うか……なんとも花応院さんらしくない言葉が続き、それから情報量の多すぎる話が始まる。
『実は総理のお孫さんが、体調を崩されていまして……どんな病院でも名医でも原因が分からず、原因が分からないために治療も何もなく、対処療法を続けてはいるのですが効果もなく……弱りきった総理は霊能者や占い師といった人々にまで頼り始めたのですが、その結果が全て一致してお孫さんが呪われている……というものだったようなのです。
どんな人物も宗派でも異口同音に呪われていると……そしてその解呪が出来るのが獣ヶ森だということのようでして……』
いや、本当に情報量。
総理のお孫さんというワードだけでもだいぶ重いのに、呪いって……しかもなんだってまた獣ヶ森で解呪という話に?
「……えっと、それは、獣ヶ森に入り込みたいというか、手を出したい人達がそういうお題目があれば踏み入れると、作り出した捏造話とかではないんですか?
ここで暮らして結構になりますけど、そういうスピリチュアルな話は経験がないと言いますか……いやまぁ、扶桑の木っていう不思議植物との出会いはありましたけど、そのくらいのもので、解呪とかは流石にぶっ飛びすぎだと思うのですけども……」
『そのお言葉もご懸念も御尤なのですが……調べた限り、そういった裏はないようでして……。
総理の希望もお孫さんの解呪だけで、お孫さんだけが中に入れたらそれで良いとのお考えのようでして、お孫さんの年齢が10歳であることも考えると他意はないのではないかなと……。
……それで、その、いきなり解呪をして欲しいとまでは言いませんので、出来る範囲で解呪について何か情報がないか、誰かが噂話程度でも良いからご存知のことはないか、調べてはいただけないでしょうか?
政府からも公式ルートで情報収集をしようとしているのですが、公的に大々的にそういった話をするのは難しい部分もあり……』
「は、はぁ……まぁ、調べるくらいは良いですけども……良い結果になるかは微妙な所だと思います。
個人的に現段階で思い当たることと言うと、扶桑の種を食べるくらいですかねぇ……あれは体に良いみたいなので……今度こちらにいらっしゃることあがれば、一つか二つお譲りいたしますよ」
『あ、ありがとうございます……。
種と情報収集、どちらもお願い出来たらと―――』
と、そう言ってから花応院さんは、なんとも疲れた様子で何度かの感謝の言葉と挨拶を口にしてから通話を終了させ……俺は、どうしたものかなぁと首を傾げながらスマホを置いて、食事を再開させる。
すると話を聞いていたらしいテチさんが、
「解呪の儀式なら御衣縫さんがやってくれるぞ」
と、事も無げに言ってくる。
……えぇっと……うん、はい。
「えっと、呪いって本当にあるの? そして解呪できちゃうものなの?」
と、俺が返すとテチさんは小さく笑ってから言葉を返してくる。
「ある訳ないだろ、そんなの。
お前を呪ってやったって脅しのような言葉を投げかけられて、それで不安に思って体調を崩してしまうとかいうアレだ、アレ。
そう言う人を安心させるための儀式として解呪の儀式があって、御衣縫さんがそれが得意なんだ。
ほら、紹介した時にも話したことだが、御衣縫さんは大人になってもあの姿だろう? それはある意味では特別なことで、特殊なことで……だからこそ不思議な力があるに違いないって思い込む人も多いんだ。
ああいう姿で神主で、優しい人でもあるからな、頼めば解呪の儀式ついでの人生相談とかも受けてくれるんだ。
だから大体の呪い案件は解決してくれる……御衣縫さんが頼めば呪いをかけた側をなんとかしてくれる連中もいるしな」
「……なーるほどー……」
と、そう言って俺はしばらく頭を悩ませる。
花応院さんの言っていた呪い案件とはまた別の呪い案件のようだけども、とりあえず御衣縫さんは解呪に関しては名のしれた人物であるらしい。
なら……とりあえず御衣縫さんに相談してみるのが良いはずだ、本当に呪いがあるのか、あったとしてどうしたら良いのか、そこら辺のことも知っているかもしれない。
「……とりあえず明日、タコの干物を手土産に顔を出してみるよ。
花応院さんの知り合いのお孫さんが呪いのことで困っているらしいから、その解決のために」
と、俺がそう言うとテチさんは、そうした方が良いと頷いてくれる。
そしてコン君とさよりちゃんは興味津々な様子で一緒に行くとそう言ってくれて……明日の神社行きがそうして決定するのだった。
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