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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第十二章

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初めての言葉


 翌日。


 テチさんが由貴を連れて定期検診に向かい……俺は家で家事をしながら帰宅を待っていた。


 車で送っても良かったのだけど、テチさんが散歩をしたいというので、その通りにしていて……由貴がいない今がチャンスだと、家の中を徹底的に掃除して回る。


 由貴がいる時はどうしても埃を立てないように気を使ったりしているので、今日は制限解除、帰ってくる前にと全力での大掃除だ。


 由貴の体調は日々問題なく、健康そのもの……かなり早く帰ってくるはずなのでコン君達にも手伝ってもらう。


 お礼は好きなおやつを作ってあげること、どんなに手間がかかるおやつでもOKで……そんなお礼のおかげでコン君達のやる気が満々、凄まじい速度で棚の上や長押の埃を拭き取っていってくれる。


 その辺りは由貴が駆け上るので、普段から気をつけてはいるのだけど、やっぱり直接上に乗って掃除するとなると違いが出てくるもので、コン君達に渡した雑巾が結構な勢いで黒くなっていく。


 うぅん、普段からもっとしっかり掃除しないとなぁと反省しながら作業を進めて……11時過ぎに大体の掃除が完了となる。


「……意外と時間かかっているなぁ。

 まぁ、何かあれば電話が来るだろうから、問題はないんだろうけど……」


 と、そんな独り言を口にしながら道具を片付け、手洗いうがいを済ませて、それからキッチンに向かい、コン君達に、


「まずはお昼ごはんからね、おやつはそのあとに」


 と、声をかけてから昼食を作っていく。


 時間があまりないので、今日は簡単なもの……焼きソバを作ることにし、野菜と肉たっぷり、少し濃いめの味付けの焼きソバを作っていく。


 俺とコン君達は掃除で、テチさんは病院までの行き帰りで疲れているから、少し濃いめくらいでちょうどだろうと作っていると、テチさんが帰ってきたようで、耳をピクリと反応させたコン君達がいつもの椅子から飛び降りて出迎えに行ってくれて……聞こえてくる明るい声から察するに、特に問題はなかったようだ。


 しかし問題がなかったとすると、なんだってこんなに時間がかかったのだろうか? という疑問が湧いてくる訳だけども、その答えは手洗いうがいを済ませたテチさんが、居間にやってきながら、コン君達との雑談の中で説明してくれる。


「―――時間がかかった理由は由貴が元気過ぎたからだ。

 普通このくらいの年の子は、熱を出したりするものなのだけど、由貴はそれが一切なくてな……良いことではあるのだけど、先生が不思議がって念のための検査をあれこれとしていたんだ」


「そーなんだ? 良かったね!」

「元気なのは良いことですね」


 なんてことを言いながら居間にやってきて、席につき……そしてテチさんは居間からこちらへと大きな声を張り上げてくる。


「検査の結果は特に問題なし、成長も順調過ぎる程に順調で、そろそろ離乳食だけじゃなくて普通の食事をさせても構わないらしい。

 クルミを齧って歯茎も安定してきて……食べすぎなければ普通の食事でも大丈夫だそうだ。

 ちなみにリス獣人の子供は、普通に食べ過ぎる節があるというか、好きに食べさせ続けるとあっという間にまん丸になるので気を付けていこう!」


「わかったよー!

 ……今日のお昼はどうする??」


 そう俺が返すとテチさんは、


「……今日のお昼は焼きソバか。

 なら味薄め、具少なめ、肉なし焼きソバを食べさせよう。

 由貴用に買ったフォークがあっただろう? あれで食べさせてやるとしよう」


「わかったー」


 そう返した俺は、焼きソバを作り上げてから食器棚に向かう。


 そこには由貴用の……人間の赤ん坊用よりも更に小さな食器セットがあって、その中から小さなお椀とフォークを取り出し……それに出来立てのソバを盛り付けていく。


 味薄めということだったので、麺も具も取り分けてからさっと水洗いをして濃い目の味付けを洗い落として……一応味見をしてから、うんと頷き盛り付ける。


 それから皆の分を大きな皿にドカッと盛り付けたなら居間へと配膳していく。


 その様子をテチさんの胸から眺めていた由貴は、由貴用のベビーチェアにも配膳されていることに首を傾げて不思議そうにしていて……それを見て思わず俺が微笑んでしまう中、同じく笑みを浮かべたテチさんがベビーチェアに由貴を座らせて、フォークでもって焼きソバを由貴の口に運ぶ。


 いつものミルクや離乳食ではないが、自分の椅子と自分の食器、これは自分のために用意されたものだと理解した由貴は、麺を口の中に含み……もぐもぐっと口を動かしながら麺を食べていく。


 器用に吸ったりは出来ずに少しずつ……だけどもその食感がたまらないのか、目は見開いていて、輝いていて……美味しさに衝撃を受けているらしいことが表情から分かる。


 テチさんはしばらくの間、由貴に食べさせてやっていたのだけど、そろそろ出来るはずとフォークを手渡してあげると、由貴はそれをしっかり掴んでそして不器用ながらもしっかりと麺を絡ませ、自分の口に運び始める。


 麺が垂れてお椀の外にソースがつくし、口の周囲もソースまみれだし、よだれかけもこれでもかと汚れているけど、それでもしっかり食べることが出来ていて……それを見てこれでもかと柔らかい表情をしたテチさんが、由貴に語りかける。


「美味しいか? それは焼きソバだぞ、焼・き・ソ・バ。

 パパが由貴のために作ってくれたんだ、パパは料理上手だから、これからもっともっと美味しいものが食べられるぞ」


 それを受けて由貴は、テチさんが言っていることを理解しているのかいないのか、手にしたフォークを振り上げ、あーうーと声を上げ……上げながら口をモゴモゴモゴモゴとさせて、何かをしようとする。


 それは喋ろうとしているようにも見えて……俺達が固唾を飲んで見守る中、あーうーあーやーと声を上げに上げた由貴が一つの言葉を口にする。


「……しょ、ば!」


 瞬間俺は吹き出す、テチさんは顔を両手で覆う。


 まさかの初めての言葉がソバ、偶然とは思えないレベルで由貴はソバと発言していて……そうしてなんとも言えない空気が広がる中、コン君達が空気を読まない元気な声を上げる。


「おー! そうだよー、ソバだよー!

 にーちゃんの焼きソバは美味しいから、いっぱい食べると良いよー」


「由貴ちゃんはすごいですね! もう言葉を喋るだなんて! 親戚の子はもっとかかってましたよ!」


 そうやって賑やかになっていく居間の中で俺とテチさんは、しばらくの間、ショックやら何やらで何も言えなくなってしまうのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
流石二人の子供だけあって、食いしん坊かわいい
最初の一言、そばかー!(笑) 健やかに育っていってほしい!
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