山菜の塩漬け
テチさんがごきげんで新しいドライヤーを堪能し、その様子を微笑ましい気持ちで眺めていると、ガラゴロと音がして……そちらへと視線をやるとリヤカーを引く御衣縫さんの姿が視界に入り込む。
そしてそのリヤカーには何やら大きなプラスチックバケツが積まれていて、かなり重いのだろう、小柄な御衣縫さんが息を荒げている。
慌てて立ち上がって縁側から外に出て駆け寄って、リヤカー引きを手伝っていると呼吸を落ち着かせた御衣縫さんが声をかけてくる。
「いやぁ、すまんねぇ、これを持っていってやろうと思ったは良いが重くて重くて。
次からは若いもんに手伝ってもらったほうが良さそうだ」
なんて言いながら御衣縫さんはリヤカーを縁側の側に停車させ……それからプラスチックバケツの蓋を開いて中身を見せてくる。
「今年は山菜が豊作でな、食いきれねぇ量とれるもんで、こうして保存食にしたのをお裾分けにきたんだよ。
味よし食感よし、採れたて新鮮なもんを塩漬けにしてあるから、うんまいし来年まで保存できるぞ」
黄色いプラスチックバケツの中身は、ビニール紐で束ねられたワラビで……硬い部分を切り落とした上で束ねたものが、透明な水の中に沈められている。
ワラビだけならまだしも、大きなバケツ1杯分の水となれば重いのは当然で……よくもまぁこれをここまで持ってきたもんだなぁと驚き、そしてある疑問が浮かんでくる。
「……塩漬けなんですよね? えっと……水の中に入っているのは一体?」
山菜の塩漬けはかなり簡単に作れる保存食だ。
まず水分が大事なので採れたて新鮮なものを使うこと。
で、ワラビなら硬い部分を切り落とした上で束ね、ワラビと塩を交互に容器に入れていき、重石を乗せたら完成だ。
そうしておくことで水分が出てきて、出てきた水に完全に浸かればカビたりすることなく長期保存出来る上に、アク抜きまで出来てしまうという簡単かつ便利な保存法だったりする。
味も食感も洗練されるというか、より美味しくなってくれるし、塩抜きも難しくないし……一度やったことあるくらいには簡単な方法なのだけど、その時の漬け汁はアクやらが出て赤緑といった色になっていて……こんなには透明ではなかったはずだけども?
「ああ、うちはな、大体アクが出切った時点で漬け汁を捨てることにしてんのよ。
一回捨てて、新しく塩水を入れて、それで保存だな。
……他じゃ見ない手法かもしれねぇけど、山菜にはしっかり塩が染み込んでるし、塩水の塩分濃度もしっかりしてるしで、問題なく保存出来るって訳だ。
アクだらけの水につけておくより、こっちのが美味しく仕上がってくれるんでなぁ、自分でやるなら断然こっちのやり方だな。
ま、塩分濃度を間違えるとすぐに腐っちまうんで、そこら辺は経験がものを言うがねぇ」
そんな疑問を抱えていると御衣縫さんがそう説明してくれて、俺はなるほどなぁと頷きながらバケツを受け取り、縁側に並べていく。
「こいつがワラビ、こっちがイタドリ、これがフキで、こいつがウド。
もうちょいしたら赤ミズとタケノコもやるから期待しといてくれや。
お前さん達には色々世話になってるからなぁ、今回はサービスで……追加が欲しかったらその時は有料にさせてもらうぜ」
並べながらそう説明してくれて……俺は中身を確認してからお礼の言葉を口にする。
「ありがとうございます、助かります。
……そして追加は有料で良いのでお願いします、多分テチさん達がハマったら2・3日でこの量を食べ尽くしちゃうと思うので……正月の分と考えてもこの3倍くらいは必要になりそうです。
ミズも同じくらいで、タケノコは更に多めでも良いかもしれません」
「むっはっは、食いしん坊がいる家は大変だなぁ……分かった分かった、多めに用意しておいてやるよ。
ただあんま食いすぎるなよ? 山菜は美味いし栄養もあるんだが、栄養がありすぎるのか食いすぎると腹痛になるんだよ。
下すような腹痛とはちょっと違って、ひねられるような痛みでしばらく悶えることになるから要注意だぞ。
まぁおひたしや煮物で程々に食うくらいでちょうどだ、ちょうど」
「……なるほど、了解です」
「……ちなみにお前さんならどんな料理にするんだい?」
「え? いや、普通に煮物ですけど……ワラビって食感的にタケノコとの相性が良いんで、ワラビ、タケノコ、おふ、シイタケ、ニンジン辺りの煮物とか?
あとはがんもどきを入れたりもしますし……ああ、他人におすすめはしないけど、個人的に好きなのはチーズトーストですね、ワラビとタケノコのチーズトースト。
パンの上にチーズたっぷり、それからワラビとタケノコで食感をプラスして、焼き上げてからイタリアンパセリを散らす感じで。
最後に散らすのはハーブならお好みでって感じなんですけど、独特の食感と風味になるんで自分は好きですね、自分は。
……他人におすすめ出来るかはほんと微妙なラインですけど、好みに合わないと駄目かもしれないですねぇ」
と、俺がそう言うと御衣縫さんは顎を撫でながら「ははーん」と声を上げ……それから縁側に腰を下ろす。
それから小さなため息を吐き出してからの休憩モードになり……俺は首を傾げながらもバケツを倉庫へと運んでいく。
塩漬けでもなんでも冷暗所に置いた方が良いのは確かで、冬になるまでは倉庫で眠っていてもらうことにしよう。
今食べたいのなら新鮮な方を食べれば良い訳で、無理にこれを食べる必要は……と、そんなことを考えていると、誰かの視線が背後から突き刺さってくる。
振り返るまでもなく、それはテチさん、コン君、さよりちゃんのものに違いなく……俺はバケツの整理をしながら声だけ上げる。
「さっきも言ったけど、好みが分かれる味だからね!?
作っても良いけど、覚悟はしておいてよ!」
するとテチさん達は「はーい」なんて声を上げながら居間へと戻っていき……バケツの整理を終えた俺は、御衣縫さんの下へと向かい……新鮮なワラビとタケノコを受け取るべく、御衣縫さんの家へと足を向けるのだった。
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