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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第一章 塩豚、燻製、おまけでジャム

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ボタン鍋パーティ


 翌日、日曜日。


 我が家の庭……縁側の前にある車何台かを停められそうな広い空間にレジャーシートを敷き、そこに出荷用の木箱を置いて机代わりにして、カセットコンロを置いて鍋を置いて、それで一つの席が出来上がり。

 

 後はそれを六ケ所作り、食器やら飲み物やら座布団やらを用意して……鍋に入れる具材を取り分けたザルを縁側に置いて、ラップをかけて子供達の到着を待つ。


「米は炊いたし、食材の準備も終わった、飲み物も用意してあるし……うん、問題ないな」


 なんてことを言いながら会場をウロウロとしているテチさんは、今日朝早くから来てくれていて……まるで当たり前のように色々と手伝ってくれている。


 テチさんがそうしてくれているのには二つの理由があるそうで、その一つは子供の世話が仕事だからで……もう一つは俺がこの森に早く馴染んで欲しいとの思いがあるから、なんだそうだ。


 子供達と一緒に鍋を囲んでパーティをする。

 それはいわゆる『お近付き』の儀式のようなものだと言えて……子供達はもちろん、その親達も悪い顔はせず、俺の覚えがめでたくなる……らしい。


 これでいきなり仲良しこよしという訳にはいかないのだろうけど、それでも今後交流していくきっかけにはなってくれるそうで……そんな二つの理由でテチさんは昨日も今日も、休日返上で手伝ってくれていた。


 このパーティが終わったら、何かお礼をしなければいけないだろうなぁと、そんなことを縁側に腰かけながら考えていると……賑やかな声が聞こえてきて、コン君率いる何人かの子供達が……第一陣が我が家に到着する。


「やぁ、いらっしゃい」


 そんなコン君達にそう声をかけながら立ち上がると……コン君達はタタタッと軽快に俺の足元へとかけてきて、背負っていたリュックからごそごそと紙袋を引っ張り出し、こちらに差し出してくる。


「ほんじつは、おまねきいただき、ありがとうございます。

 こちらはつまらないものですがー」


 ご両親にそう言えと言われたのだろう、意味も分かっていなさそうな棒読みでコン君がそう言ってきて……俺は「わざわざありがとうございます」と返しながら子供達が差し出してくる紙袋を受け取っていく。


 紙袋の中には丁寧に包装された大小様々な箱が入っていて……お菓子だったりお茶だったり洗剤だったりと、贈り物にありがちな品名がそれらの包装紙に書かれている。


「よし、到着した子達から水道で手を洗ってうがいをして、自分の分の食器や割り箸やコップ、座布団を取って好きな席につけ。

 座布団を敷いて座った子が出た所から、鍋に火を入れて調理を開始するぞ」


 俺に贈り物を渡し終えた子供達はテチさんのそんな声を耳にするなり、わっと歓声を上げて……駆け出して玄関横にある水道で手洗いうがいをし始める。


 それが終わったなら言われた通りに食器などを手にとって、適当な席へ……レジャーシートの中へと駆けていって正座で座り、そわそわとしながら鍋を見て、テチさんを見て、自らの手の中にある食器を見て……落ち着かないのかその尻尾を激しく揺らす。


 そんな子供達の様子を見て柔らかい笑みを浮かべたテチさんは、縁側の食材入りのザルを手に取り……調理を開始する。


 味付けは生姜味噌、使う肉はイノシシのもも肉。

 白菜、長ネギ、春菊、えのき、焼き豆腐が具で……最初は強火で、煮立ったら弱火で、味がよく染みるようにと調理を進めていく。


 俺ももちろんその作業を手伝って、調味料を用意したり、居間に並べたいくつかの炊飯器で炊いたご飯を、子供達の茶碗によそってあげたりして……全ての準備が整ったなら子供達が大きく口を開けて、そんなに大声を上げなくても良いのにという大声を張り上げる。


『いただきます!!』

 

 それを言ったら食べて良い、もう何の遠慮もしなくて良い。


 子供達にとってそれは挨拶というよりもゴーサインに近いもので……我先にと箸を伸ばし、鍋の中の肉をつぎつぎに掴む。


 掴んで引き寄せて、その勢いのまま口の中に放り込んで、ほっぺたを丸々と膨らませながらもぐもぐと口を動かして……余程に美味しいのだろう、コン君達は目をきらきらとさせながら、頬を赤く染めながらもぐもぐもぐと口を動かし続ける。


「野菜も食べるんだぞ!

 野菜もしっかり食べなきゃおかわりは許可しないからな!

 おい、実椋! もう次の組の子供達が来たぞ、ぼーっとしていないで次の準備だ!」


 するとテチさんがそんな声を上げてきて、俺は言われるままに子供達に挨拶をして贈り物を受け取って、鍋の準備をしてと……作業を繰り返していく。


 そうやって予定していた25人の子供達全員が揃ったなら……後は俺とテチさんと……良い頃合いを見計らってやってきたらしい、レイさんの鍋の準備だ。


 準備を進める中でテチさんが半目になって、


「……子供達は手土産を持ってきたんだがな」


 軽薄な笑顔で手をひらひらと振りながらやってきて、そそくさと座布団を敷いて座り込んだレイさんに対しそんなことを言うと、レイさんは慌てて、


「いや、食後に届くから、デザート用意したから!?」


 なんて上擦った声を上げる。


 するとデザートという言葉に一瞬だけ子供達が反応するが……それよりも今は目の前のお肉なのだろう、箸を止めることなく口を止めることなく、ボタン鍋を食べ続ける。


 皆笑顔で美味しそうで、それでいて夢中になっているのか無言で静かで……。


 雲ひとつない晴天、爽やかな風が吹く中、大人用の大きめの鍋の準備が終わったなら……ご飯山盛りの茶碗と箸を片手に、大人用の席へと座り込む。


「いただきます!」


 今更あれこれ言うこともなし、そう言ったなら箸を伸ばして……まずはやっぱりお肉からだろうと、生姜味噌タレで良い色に仕上がったボタン肉を掴む。


 滴るタレを茶碗で受け止めながら口に運び……口の中に入れたなら良い塩梅の味と香りが一気に広がって、そうして一度噛んだなら、柔らかく甘く、旨味がぎゅっと詰まった肉の味が口の中で弾ける。


 美味い。


 ただ美味い。

 臭みもないし、旨味が凄いし、柔らかいし。


 テチさんはこれはオスであまり美味しくない肉だと言っていたけれど、全然美味しくて……これがもしメスだったらどんなに美味いのだろうかと驚きながら、白米を口に送り込んで子供達のように夢中で口を動かす。


 白菜は爽やかに美味しいし、春菊も独特の風味がたまらない。

 焼き豆腐も熱とタレをギュッと吸っていて楽しませてくれるし……えのきの食感もたまらない。


 もう少しえのきは多めでも良かったかもしれないと、そんなことを考えながら箸を動かしていると、テチさんもレイさんも負けじと箸を送り出してくる。


 そうして俺達はパーティというには少し言葉の少ない……食べるのに夢中で喋っている余裕なんて全くないボタン鍋パーティを、夢中で楽しむのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 庭で大勢で食べると、美味しさ5割増しですよね。
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