予定外の来客、の予定
「シャーリー様」
「んん? 何?」
翌日、旦那様がとっても頑張ったので昼近くに起きて、ご飯食べてからもだらだらしていたら、急にシスティアが真面目な顔で俺を呼んだ。
「旦那様からのご要望で、今日はシャーリー様に淑女の貞操観念について、恐れながらご教授させていただきます」
「ん? え、何? 貞操観念? 私、身持ち固いよ?」
初めてから今まで、旦那様しか経験ないし、今後もその予定はない。
「それだけではありません。昨日のように、肌を気安く出してはいけません」
「肌? 出してないよ。失礼だな」
「あれで、十分に、非常識に出しています」
「ええ?」
あれでって、昨日スカート持ち上げたやつ? 湖の中に入っていたからであって、普通に外であんなことしないのに。と主張したんだけど、それも駄目って言われた。
護衛しかいないって言っても、護衛も男だし、そもそも他に誰が来ないとも限らないのに、はしたないって。
えー。いつもは使用人は人扱いしないのに。なんか納得いかない。旦那様のさじ加減で文句言われてる気がする。
ほかにも、濡れて足首に服がはりつくのも駄目とか、着替えた後に靴の替えを忘れたから、靴はきたくない。馬車だし裸足でいいって言ったのも、また怒られた。昨日は結局、布で隠して旦那様の膝に乗ることで許してくれたのに。
「と言うか、膝に乗るのはいいの?」
「あれは、まぁ……馬車の中は、広義で言えば、クリフォード様所有の建物内と言えなくもありませんから、ほんの少し、距離が近いくらい、問題はありません」
思いっきり目をそらして言われたけど、信頼性0じゃない? どうせつくなら、もうちょっとうまく嘘ついてほしい。
「要するにさー、旦那様が嫉妬するから、他の人の視界に入るようなのは、やめてほしいってことでしょ?」
「……まぁ、そのように受け止めることもできますね」
旦那様、心狭いなぁ。嫉妬されて、嫌な気持ちはしないけど、それを授業とかってかこつけて常識かのごとく教えるのはどうかと思うなぁ。
侍女の中には、他家のご令嬢もいるって話だし、絶対システィアとかがそのはずだ。だから本当は貴族のご令嬢としてちゃんとした教育受けてるんだよね? 本当は俺の教育おかしいってわかってるよね?
旦那様のこと、どう思う? って感じで思い切って尋ねてみると、やっぱり目をそらされた。そして改めてにっこりと微笑んだ。
「クリフォード様は、とても素晴らしい理想の旦那様だと思いますわ。シャーリー様がうらやましいです」
「絶対嘘だ」
そのセリフすら、旦那様に仕込まれているに決まっている。むむむ。そういうの、どうかと思うな。俺には正しい教育を受ける権利がある!
「いえ、しかしシャーリー様はどうせ受けても、それに従いませんよね?」
時間とお金の無駄です、とか言われた。ええ? そういう言い方って……いやでも、確かに、昨日だって、膝に乗るなとか、水に入るなとか言われても、拒否するけど。
うーん。確かに、本当に淑女らしく生きろって言われたら、困るかも。それなら授業受けない方がいいか。なるほど。
「わかった。じゃあ、やめる。でもさ、ちょっと文句言うくらいいいよね? 旦那様ほんと、心狭くない? そんな嫉妬するとか、俺のこと信じてないからでしょ。まったく、愛が足りないよ」
「……そうですね」
おや? 何故かシスティアが目をそらしているぞ? 何か左にあるかな? そっちを見るけど窓しかない。虫かな?
○
「旦那様」
「ああ、シャーリー、起きていたな」
「え、あ、うん」
夜、旦那様に、ちゃんと俺のこと信じてよねって苦情を言おうとしたら、それより先に真面目な顔をされた。
な、何だろう。もしかして昼間の話伝わってて、逆に怒られる? 呆れられる?
旦那様は俺と隣り合ってベッドに座り、真剣な顔で口を開く。
「急な話だし、今までお前には何もしなくていいと言ってきたし、何も教えてこなかった。だから、申し訳ないとは思う」
「え?」
何も教えてこなかったって、まあ、旦那様の指図でそうなったんだろうけど、そんな、本気で謝らなくても。別に旦那様がそんな俺がいいって言うなら、別にこのままでいいんだよ?
「旦那様、どうしたの? 俺、旦那様が言う通りにするし、それで、全然……私は、幸せ、だよ?」
途中で恥ずかしくなって、なんかちょっとてんぱって私になってしまった。だって、何て言うか、そう言うときめき系は私担当って言うか。俺で言うの恥ずかしいって言うか。
照れながらも旦那様にそう伝えると、旦那様は眉を寄せてるけど、目尻を軽く震わせて口の端をつり上げた。
「そうか、お前はいい女だな」
「へへへ」
「じゃあ、明日から、頑張ってくれるな?」
「ん? 明日から? 何が?」
「ん? 話を聞いていたんじゃないのか? 来月、客が子連れで来るから、その相手をしてほしいんだが」
「えーっ!? もしかして、それで、明日から、マナー勉強とか、そう言うこと?」
「ああ、そうだ」
……あー……そうなんだー。それで、今まで教えてこなかったとかって謝罪ね。確かに。どう接すればいいかなんてわかんないし。
旦那様から、今までお客様に会えって言われたことすらない。街ですれ違う不可抗力以外で、貴族に会ったことなんてない。
正式な場面で会うとなると、ちゃんとしたマナーが求められるだろうし、正直抵抗はある。めんどいし、それで失礼したら旦那様の評価もさがるって考えたら恐くもある。
でも……
「だ、旦那様は、俺ならできるって、思ってくれてるんだよね?」
「ああ、そうだ。お前はアホだが、理解力はある。精神年齢が低いが、相手も子供だ。ちょうど釣り合うだろう。相手の親は俺の昔からの知り合いだ。練習相手として、お互いの多少の無礼は水に流す約束をしている」
「旦那様……」
全然褒められてる気がしないけど、褒めてる、よね? だ、大丈夫。旦那様のこと信じてるから。
よし。決めた!
「旦那様、俺、頑張る!」
「ああ、頼んだぞ」
「うん。でも、なんだかほんとに、急な話だよね。何かあったの?」
頑張るとは決めたけど、今まで何にもしなくていいって、逆に何にもするなって感じだったのに、どうしたんだろ。
旦那様が逆らえないような相手なのかな? もしかしてめっちゃ偉いさん? う、いくら無礼講前提の子供でも、緊張するかも。
「ん? ああ、そう心配するな」
旦那様が説明してくれたところによると、どうやら爵位は旦那様より下なんだけど、年上で昔からお世話になってる人がいるらしい。
それで奥さんの俺に会いたいと前から言ってたんだけど、旦那様は断固拒否していた。だけど今回、旦那様が俺を信頼してここに連れてきたし、隣の領地なので近いから毎年軽く顔を会わせるので、俺と会わせてくれるつもりになったらしい。
だけどそれを聞いて、その人の子供が急に行きたいと駄々をこねたらしい。まだ8歳で、社交界デビューもしてないんだけど、旦那様が向こうに行く機会に何回か顔を合わせてるし、練習としてどうかって提案があったらしい。
で、旦那様としては断りにくくて、俺のことも結構話してるくらい仲のいい相手だし、じゃあこっちも練習だからって念を押してOKしたらしい。
で、いくら練習っていっても、8歳より駄目ではさすがに恥ずかしいから、ボロを出さない程度の付け焼き刃でいいから、ちょっと学んでほしいってことみたい。
うーん。いい機会だし、いいんだけど、8歳の女の子かぁ。子供の相手なんてしたことないし、不安だなぁ。これで男の子なら、まだ俺の可愛さを理解して敬うだろうけど、女の子は、逆に自分の方が可愛いって思ってそう。
実際、子供ってだけで可愛くなるしさぁ。うーん。甘やかされた女の子とか、苦手だ。
正直不安だなぁ、と旦那様にこぼすと、旦那様は優しく、ぽんと俺の頭を撫でる。
「安心しろ。お前も十分、甘やかされた女だから」
「旦那様……全然安心できないんだけど!? てか、俺のことそんな風に思ってたの!?」
ひど! これでも庶民にだっていつでもなれるよう、努力してきた大人だぞ! 甘やかされてなんか……う、うーん。でも、俺って淑女的な教育としては、全然受けてないんだよね。だからお嬢様的能力としては、甘やかされたと言っても否定はできない、かも?
「ああ、だが気にするな。俺は、今のままのお前でいい」
「旦那様……」
やだ、カッコイイ。私のこと、ありのまま受け入れてくれる。って、いい風に言ってもダメでしょ。
旦那様のくせに、誤魔化そうとしている。チョロすぎる旦那様のくせに、ちょっと甘いこといって手のひらで転がそうとするとは。生意気な。
「旦那様、あのさ」
でも私は、優しいから乗ってあげる。
「私、頑張るから……もう一回、好きって言ってくれない?」
旦那様は、私のこと好きとか可愛いとかってはっきり言ったのは、こっちに来るより前に、私が初めてはっきり好きって言った時以来だ。私はそれからも時々、っていうか、夜とか結構好き好き言ってるのに、旦那様は妙にもったいぶる。
「お前な……以前に、増長しないように、と言い含めて特別に言ってやったと言うのに、肝心な俺の言葉は何一つ覚えていないようだな」
「肝心な、旦那様が私のこと可愛いとか好きとか愛らしいって言ってくれた内容は、ばっちり覚えてるって」
「……俺を辱めようとは、生意気なやつめ」
「あ、ちょ」
結局、言わずに誤魔化された。えー。言ってほしかったなぁ。
実際のところ、旦那様が凄い恥ずかしがりなのはわかってるし、だから言いたくないのはわかってるけど、やっぱりたまには言ってほしいなぁ。
まぁ、とりあえず明日から頑張るか。




