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私のクラスに異世界の王子達がいるんだけど  作者: 奏多
第一部 ガーランド転生騒動

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29

 翌日の昼休み。

 もうキースの問題も解決したわけだし、周囲に沢山人も居るところしか通らないからとエドに断って、一人で職員室にプリントを取りに行った。

 今度2学年全員で行く、オリエンテーションのためのプリントだ。


 それでも一応は警戒はしていた。

 自分も利用されかねない、ということを失念していたのが先日の問題を引き起こしたのだ。ただでさえ、油断した時にフルーツ牛乳をかっさらわれる被害に遭っているのだし。


 なので、時折周囲を見回しながら歩いていたから、彼女が近寄ってきていたのは分かっていた。

 けれど彼女は身構えるような相手ではない。

 本人も隠れているつもりのようだが、ぴょこぴょこ跳ねるように近づいてくる姿に、周囲の男子が和んだ表情で目を向けている。

 おかげで私は、気づかないふりをしながら笑いをかみ殺す方が大変だったのだが。


「さ・ぎ・りさんっ!」


 満面の笑顔で私の背中を叩いたユリア嬢に、


「わぁおどろいたー」


 棒読みで驚いてみせたら、さすがにむーっと唇をとがらせる。それでも可愛いのだから美少女というのはすごい。感心するばかりだ。

 ちょっと拗ねた様子を見せたユリア嬢だったが、すぐに目的を思い出したらしく、私を隅の方にひっぱっていく。

 何の話をする気なのかと思えば


「ねっ、ねっ! 沙桐さんはどっちが好きなんですの?」

「!?」


 どっちって何だと思いつつ、思い浮かんだのはルーヴェステイン組の二人の顔だ。そのせいで私は後ろ暗い処などないはずなのに、なぜか焦る。

 そこを狙ったかのように、ユリア嬢がきらきらと目を輝かせて言った。


「内緒にするのは無理ですわよ? 私見てしまいましたの、図書館近くで騎士エドが沙桐さんに何かを渡すところ!」

「ぐぬぅ……」


 誰も居ないと思っていたが、壁に耳あり障子に目あり、図書館の廊下にはユリア嬢のセンサーが張り巡らされていたようだ。


「いやでも、ちょっと石もらっただけだし」


 まさか恋愛的な意味じゃないでしょおほほほほと笑ってみせるが、ユリア嬢はめげない。


「では、アンドリュー殿下と手を握ってたのは?」

「ええと、身に覚えが……」

「公園で」

「うっ!」


 単語一つに私の心臓が跳ね上がる。肋骨突き破って出てくるかと思った。思わず胸を押さえた私に、ユリア嬢は満足げに微笑んだ。


「な、なぜそれを……」


 道路側からは見えにくい木立。電車からも見えにくい壁。人通りも少なくて、ということまではどんなに混乱していても私は認識していた。だからあそこで意地を張らずにいられたのだ。

 なのに、なのに。


「う、うわぁぁああああん! 忘れてぇええっ!」


 恥ずかしすぎてしゃがみこんだ私は、抱えていたプリントの束で顔を隠してしまう。ユリア嬢も向かい合わせに床に膝をついた。


「うふふふ、ようやく期待通りの反応をしてくれて嬉しいです、沙桐さん。これですわこれ! 恋に恥ずかしがる女の子の姿が見たかったのですわ」


 上機嫌のユリア嬢が、近くで笑い続けている。


「いえ、私は別に恋愛のせいで恥ずかしがってるわけじゃ……」


 今のうちに訂正しておかないと、このままユリア嬢の認識が間違ったまま固定されそうで怖くて、急いで訂正する。


「あの、私が落ち込んでて、それでアンドリューが慰めてくれただけで、別に恋愛ごとじゃないんですよ。ほら友達同士でも手繋ぐでしょう? そんな感じで」


 なんとか説得したくてユリア嬢の左手を握ってみせる。

 するとユリア嬢が目を見開き、ちょっと恥ずかしそうにする。


「沙桐さん……、なんだかこんな誰も居ない片隅で手を握られたら、私、ちょっと危険な道に入ってしまいそう」

「え!」


 思わずぱっと離せば、またしても笑われた。


「昨日読んだ本に、こんな風に相手をからかうシーンがありましたのよ。本当にびっくりするんですのね、面白いわ」


 ユリア様、漫画読みあさってるってそういえば言ってましたね。電気を使わない趣味なら、故郷にも持って帰れるからと言って。このお姫様は、オタクへの道を歩みそうになってるのではないだろうか。それにしてもこんなシーンがあるとか、一体何読んだんですか。


「それで? お友達だから手を繋いだっておっしゃるのね?」

「ですよ。むしろ、意識してたら手なんて握ってられませんよ」


 触れたとたんに不審行動全開になって、大人しく泣いていられるわけがない。

 しかしユリア嬢も引き下がらない。


「本当にほんとーに、これっぽっちもその気にはなりませんでしたの?」

「その気って……だってユリア様、私は王子様の横に並べるような人間じゃないですよ」


 世界を越えての恋愛だ。ただ好きになっても、期間限定のおつきあいしかできない相手である。でもそうなれば、自然と相手にはその後も望むものだろう。

 けれど、私にはその後を望まれるほどの能力はない。優しいアンドリューであっても、そこは冷静に判定するのではないかと思うのだ。王族だからこそ。

 それをかなぐり捨ててでも恋に走るのであれば、彼だってあんなに冷静なわけがない……と思うのだが。


「あと、騎士エドには何をもらったんですの?」


 どうやら何か、まではよく分からなかったらしい。それならばと私は首もとのリボンを緩めてネックレスをつまみ出して見せた。


「これですよ。子供にあげるお守りだって言ってました」


 青い小さな石を見せると、なんでかユリア嬢が真剣に見つめてくる。

 眉間にしわを寄せてるのはどうしてなんだろう。子供向けだと分かって、予想と違って艶っぽい要素がないからがっかりしているのだろうか。


「……そうですか」


 ひとつうなずき、立ち上がり直したユリア嬢に釣られて、私も立ち上がる。

 よし話も終わったなと思ったのだが、ユリア嬢はぱっと表情を笑顔に変えて言った。


「でも、そろそろ遠出をいたしますでしょう? どうもそういうのに行くと、恋人同士になる人が増えるという話を聞きましたの! いつもと違う場所で一緒にいれば、何か生まれるかもしれませんわ!」

「ああ、オリエンテーションのことですか……」


 どうあっても恋愛話から離れる気はないらしい。ため息が出そうだ。

 それにユリア嬢は一学年下である。二年生の予定は、おそらくお茶会に来ている他のご令嬢に聞いたのだろうが。


「ソフィー様からうかがいましたわ。一緒にネットで行き先のことを調べましたの」


 自分が行くわけでもないのに、ユリア嬢は嬉しそうに話し続けた。


「山道をハイキングなさるんですってね! きっと登り始めた途中で足を滑らせて崖に落ちそうになり、そこを颯爽と助ける騎士とか。一緒に道を間違えて迷った王子と一晩を山で明かすとか。そういった胸が高鳴るようなシチュエーションがあるはずですわ!」

「それは嫌……」


 崖から落ちるとか痛そうだし。一晩を山でとか、熊や狐に噛まれたくない。


 そもそも119番されそうな事態に陥るなど御免こうむりたい。確か山で遭難した場合は、捜索にかかったお金を請求されるんだぞ。ヘリを一時間飛ばしたらうん万円とか考えたら、恐ろしくて絶対に「近道してみんなをおどろかせようぜ!」とか「きゃあ足が滑った!」なんてできるわけがない。


 うちはそこまで裕福じゃないんだ。どんな厳しい登山でも、絶対にクラスメイトや引率の先生を見失うものか。

 とにかく今は、この異世界のお姫様に現実を教えることが重要だ。


「ユリア様。それは多分、それは漫画の中だけのことだと思……」

「もちろん山登りだけではございませんのよ! 同じ宿に泊まるのですもの、夜そっと星を見るために出たところで、偶然にアンドリュー殿下に合うとか!」

「それは就寝時間違反で、先生たちに怒られた後、並んで廊下に正座というさらし者になる覚悟が必要ですが」

「こっそり騎士が夜中にしのんでくるとか!」

「ただの不審者なので、同室の子が、たぶん椅子とか投げ飛ばすかもしれないですよ。そもそも、どれもこれもリスクが大きすぎますよ」

「そんなリスクなんて! 恋の前では障害にならないわ!」

「いや先生に怒られるとか、救助隊に発見されるとか、普通恥ずかしくてしばらく表を歩けなくなるっていう障害ですから。恋の障害とは違うと思います」


 冷静に否定すると、ユリア嬢がむーっと不満そうな表情になる。その顔、今度写真をとらせてもらおうと私は心ひそかに思う。

 そうだ、オリエンテーションへ行ったらヴィラマインやリーケ皇女達ともいっぱい写真をとっておこう。

 写真なら故郷に帰っても、アルバムの中に入れてずっととっておいてもらえるだろう。


 それにしてもユリア嬢はなぜこんなにも他人の恋愛にご執心なのだろうか。どうせなら自分の恋に夢中になってほしいものだ。


「え……っと、ユリア様は誰か、そうなりたいお相手はいないんですか?」


 質問返しをしたら、少しは意識がそれるかと思いきや、ユリア嬢は指おり数え始めた。


「えっと。同じクラスの益田さんとか、お隣のクラスの三橋さんとか……二年一組のライエン公爵様なんかも素敵ですわよね、あと……」

「え、そんなに!?」


 ずらずらと5人も名前が出てきたよ。意外に恋多き女になりそうだなユリア嬢。

 しかも自分の恋愛で忙しくても、まだ他人の恋愛について一喜一憂ができる余裕をお持ちのようだ。


「なんにしても、野外で同じ釜のご飯を食べたところで、そこまで発展しませんよ」


 それは私の今までの人生で実証されている。

 たった一泊二日程度でそうあっさり恋なんてものが生まれるなら、正直高校生になった頃には、恋愛経験が一切無い人間など絶滅しているはずだ。

 そんな私に「甘いですわ」とユリア嬢が言う。


「うふふふ。でも楽しみは後にとっておくべきですものね。あまり手を出しても面白くないですし」


 そのまま独り言をつぶやきはじめたユリア嬢は「ではがんばってくださいませ」と言って去っていく。

 最後に「……に頼まなくては」とぶつぶつ言っているのが聞こえたんですが、一体何を目論んでるんでしょう。


 とりあえず質問攻めから逃れた私は、プリントを取りに行っただけなのに、やたらと疲労感でいっぱいになっていることに、深いため息をついたのだった。

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