戚夫人の亡霊
建武四年(西暦二十八年)六月、彭伯通征伐の後は諸将に任せ、皇帝・劉文叔は都、雒陽に還御した。建威大将軍耿伯昭ら一部の軍は北方に残留し、大司馬呉子顔らとともに、北方の平定と斉地の征伐に向かう予定である。
雒陽南宮に出迎えた皇后・郭聖通が無事の帰還と、陰貴人の男児出産への祝辞を述べると、文叔は鷹揚に頷く。
「これでそなたも満足だろう」
「それは――如何なる意味で」
思わず問い返す皇后に、文叔は目も合わさずに言った。
「陰貴人が子を産まぬ限り、後宮の秩序は保たれぬ。そうではなかったか」
「……たしかに、以前、そのように申し上げました」
自らの発言を掘り起こされ、郭聖通がしぶしぶ認めれば、文叔は微かに肩をすくめてみせた。
「後宮とは面妖なところ。他の女が子を産まねば責め立て、産めば産んだで不安に駆られる……気の休まる隙もないな」
「……陛下……」
郭聖通が無意識に、やや膨らんできた自身の腹を撫でる。文叔はほとんど興味もなさそうにちらりとその腹を見て、尋ねた。
「出産はいつごろと言ったか」
背後をすぐについて歩いていた、大長秋の孫礼がすかさず答える。
「は……この冬、十一月ごろであろうかと……」
「そうか。では陰貴人の皇子と半年も違わぬのだな」
「そう、なりますわね」
郭聖通がやや硬い声で言えば、文叔はそっとため息をついた。
「なんだか種馬になったような気分だ」
「陛下、わたくしはそのようなつもりは……」
文叔は少しばかり考えていたが、大長秋に尋ねる。
「千秋万歳殿の支度に遺漏はあるまいな」
「は、皇女様のお部屋も、新皇子様のお部屋も、お付きの宦官も、万事抜かりなく」
「……他の子たちの生育も問題はないのだな。許宮人の子も」
文叔はその場で、許宮人を美人に昇格させるよう、指示を下した。
北方の行幸から戻った陰麗華は、住み慣れた却非殿ではなく、千秋万歳殿に入った。却非殿が南宮の正殿であり、朝賀儀礼なども行う公的な場であるとすれば、その後殿で子供たちを養うのはいかにも騒がしかった。皇子女一人につき乳母は一人とは限らない。乳母子も含めれば四、五人の子供たちが生活することになる。文叔の住まいを離れて後宮に移ることに不安がないわけではないが、皇子陽の将来のためにも、特別扱いは控えるべきだと陰麗華も思う。
それに――
「こちらはお庭が広いのですねぇ!」
新しい住まいに興奮気味の小夏が、感嘆の声を上げた。
小さな池の上に亭が張り出すように作られ、橋でつながっている。奇岩を重ねた築山もあり、木登りにもってこいの大樹が茂っている。
早速、乳母・張寧の子供たちが「点検」と言う名の探検に繰り出し、危険がないか確かめている。
「……あの子たちはいつくらいまで後宮にいても?」
「さあ……冠礼(元服)くらいまでは大丈夫なんでしょうかね? 子供ってことで」
腕の中ですやすや眠る赤子を見下ろし、陰麗華が庭を見渡す。
庭にめぐらされた回廊を、乳母に抱かれた皇女が渡ってくるのが見えた。
――新しい暮らしが始まるのだと、陰麗華は大きく深呼吸した。
文叔はたった一月、雒陽にとどまっただけで、すぐに沛郡は譙県への遠征に陰麗華と皇子陽を連れ出した。――梁王劉永の残存勢力の討伐のためである。
睢陽を中心とする梁国の一帯は、前漢景帝の同母弟・梁王劉武の子孫が代々支配してきた土地で、王莽末から更始年間にかけては、劉永が梁王として割拠し、相当の勢力を張っていた。文叔は虎牙将軍蓋巨卿に命じて劉永の討伐に当たらせていた。名前の通り巨漢の将軍は、建武三年(西暦二十七年)七月には、睢陽の城を落とし、劉永は斬られた。
しかし赤眉から離脱した後、劉永によって海西王に報じられた董憲らが中心となって、劉永の息子・劉紆を奉じて抵抗を続けていた。河北の彭伯通討伐が一段落したことで、文叔は東方にも目を向けた。彭伯通は河北でずっと文叔を支えていたが、任せっきりにしたことで疑心暗鬼を抱き、背いた。もともと彭伯通の配下であった蓋巨卿には梁制圧を任せきりにしている。――ここらで様子を見に行って、信頼関係をつなぎとめておくべきだと考えた。
建武四年七月、譙県に入った文叔は、捕虜将軍馬武・偏将軍王元伯を派遣して劉紆を垂恵の街に包囲させた。
この時、文叔は侍中・平狄将軍である龐萌と、于曄と再婚したばかりの鄧偉卿を特に伴っていた。――もちろん、于曄も同行した。
「……実はしばらく義兄さんにはこちらに留まってもらおうかと思っているんだ」
譙県の官府を接収した行在所、陰麗華らをも交えた席で文叔が鄧偉卿に言った。
「ホウ、それは――」
「死んだ父親に比べて、劉紆は器量に欠ける。でも、代々の梁王としてこの地を治めてきた先祖の遺産がある。――いずれ、蓋将軍が劉紆を殺すだろうが、その後を考えると、信頼のおける人物を残しておきたい」
「――それで、俺か」
「新婚の義兄さんには悪いと思うのだけど……」
かつて常山太守として、王郎支持者に囲まれた絶海の孤島のような河北で文叔支持を貫き、糧食を確保し供給し続けた鄧偉卿。亡き姉の夫であり、同郷の最も信頼も厚い。
「まあ、俺はお前さんを支持した時点で、ある程度のことは覚悟している。せいぜい、便利に使ってくれ」
「すまない、義兄さん。恩に着る」
劉紆を支持する董憲の配下の将軍、費休が蘭陵の街を上げて文叔に降伏した。ところが董憲が蘭陵を奪い返しにきて、蓋巨卿と龐萌が迎え撃ったが、結局、蘭陵は奪われてしまう。
敗戦の報告にうなだれる蓋巨卿の巨漢を、文叔は苦笑して見下ろした。
「……まあ、そういうこともあるさ」
文叔はそのまま九江郡の寿春に入り、鄧偉卿を九江に鎮せしめ、雒陽に戻る。
梁の平定は持ち越しになった。だが遠からず、文叔の支配下に下るであろう。その時に備え、鄧偉卿には皇帝の威光をこの地に及ぼしてもらう必要があった。
「お嬢様、お元気で……」
「ええ、曄も、元気で」
鄧偉卿の妻・于曄は九江に残るので、陰麗華とはここで、しばしの別れとなった。
寿春の城壁から、ずっと手を振る鄧偉卿と于曄の夫婦を、陰麗華も馬車の中からいくども振り返り、二人が見えなくなるまで手を振り続けた。
建武四年冬十月に雒陽に戻った文叔を待っていたのは、太傅卓子公の死。そして文叔は葬儀を終えると、今度は南陽の宛へ向かうと言う。
臨月を迎えた皇后・郭聖通はすでにはちきれそうな腹を抱え、目を剥いた。
「……また、わたくしを置いていかれますの?」
「朱仲先らが南陽で逆賊の秦豊を討伐中だ。私一人が雒陽でのんきにしていられると?」
そう反論されてしまえば、皇后は引き下がるしかない。
「ですが、子供たちのことを思いますと……」
「そんなに長くはなるまい」
文叔は言い捨て、そうしてまた、陰麗華と皇子陽だけは手放すことなく連れていく。
「――あまり、よろしいことと思えません」
道中の宿舎で陰次伯が控えめに言えば、文叔は口髭の翳で少しだけ笑った。
「皇后と皇太子は本拠地を守る。当たり前のことではないか?」
「それは……そうですが。戚夫人の二の舞にならねばいいのですが」
陰次伯の言葉に、横で聞いていた陰麗華が、思わず声にならない悲鳴を漏らす。
「人彘――ひとぶた――の故事か?」
かつて、前漢高祖は長安を皇太子と正妻の呂氏に守らせ、遠征には常に寵姫戚夫人とその子・如意を伴った。高祖の死後、皇太后として実権を握った呂氏は、如意を毒殺し、戚夫人の手足を断ち、目を抉り、耳を燻べ、瘖薬を飲ませて喉を潰し、厠の中において「人彘」と称した。あまりに凄惨で、おぞましい故事。
「聖通……長秋宮はそこまではすまい。それに、私はそんなに簡単には死なないよ」
文叔は笑うが、世の中に絶対などない。
「長秋宮には釘を刺してあるが、たしかに、私が先に死んでしまった場合は、どうなるかわからないな」
皇后・郭聖通は教養もあって矜持も高く、呂太后のような残忍性を剥き出しにするタイプではない。
「長秋宮様は常識的でも、周囲の者まではわかりません。……母上の郭主などはさぞかし、我が陰家を恨んでおりましょう」
「……そうだな。抑えが必要かもしれん」
ちょうど、東郡太守であった皇后の従兄、耿伯山が、配下の県長の不正に連座して免官となっていた。
「伯山を列侯の身分で奉朝請とせよ。雒陽に就第させ、長秋宮への参内も許せ。――あいつが近くにいれば、長秋宮や周囲に余計なことはさせないだろう」
耿伯山は河北での戦功によって高陽侯の爵位を得ていた。列侯はその身分だけで朝請を奉じ政権に参画する権利を有する。特に役職なく京師の邸第に住まい、月々の朝請と皇帝からの諮問に応えることを就第と称した。
「伯山どののような知恵者が身近にいて下さるなら、陛下も安心でございます」
表情を見せずに頭を下げる陰次伯を見て、文叔は少なからず複雑な気分になる。
陰次伯は富豪の嫡男らしく素直で、もっと直情的な男だった。
本来ならばこちらも義兄である。――だが、現在、正妻は郭聖通で、陰麗華は貴人、つまり寵姫でしかなく、陰次伯を義兄として扱うことはできないでいた。
「時に……おぬしも結婚が決まったようだな」
突然の言葉に、次伯がはっと顔を上げ、苦笑した。
「ええ、まあ……継母の希望で、湖陽の樊氏より迎えることにいたしました」
「では、靡卿の伯父上のところの……」
樊靡卿は文叔らの母、樊嫺都の兄である。
「鄧夫人の母親が樊氏の出であったか……」
「はい。母がやはり故郷のつながりが最も大事だと。雒陽の暮らしでも、昔馴染みとの交流だけが楽しみだと申しておりまして……」
寵姫の母親として南陽から雒陽に出てきた鄧夫人は、全土でも有数の富豪の未亡人でありながら、極めて質素な暮らしを貫いているという。
「このようなことを申すのも……とは思いますが、やはり、娘が正妻でないことを負い目に感じておりますようで……」
南陽の豪族は一夫一婦を貫くのが当たり前であった。たとえ皇帝の寵姫とはいえ、側室に過ぎない我が娘に複雑な思いがあるらしい。
文叔はしばし目を閉じて考えていたが、ため息ともに言った。
「いずれ、卿や義母上には然るべき待遇をと思っている。まずは天下の大勢を固め、私が揺るぎなき天子となった後であれば――」
「陛下……平和と安寧こそが、我ら陰氏一門の、最大の願いでございます。後宮の寵愛によって特別な恩典を賜っているだけで、十分心苦しく、我ら一門への視線の厳しさも増しております。どうかこれ以上のことはご容赦くださいますよう」
真摯に頭を下げる次伯の進賢冠を見下ろしながら、文叔は頷いた。
「今は――卿らの犠牲については、いずれ必ず、相応の報酬を約束する」
いずれ、陰麗華の子・陽が皇帝になればその時は――
文叔はその言葉を胸の内に飲み込んだ。
建武四年から五年、文叔は通算でも三か月程度しか雒陽にとどまらず、各地を転戦して過ごした。建武四年冬、黎丘の陣地で郭聖通の第三子出産の報せを聞き、年明け五年正月に雒陽に帰還した後、二月には魏郡に行幸した。
魏郡太守・行大将軍事の銚次況(銚期)の兵力も併せて、梁王劉紆の残党を討つ予定であった。
魏郡の郡治である鄴に滞在中、昨年、取り逃がした元の漁陽太守・彭伯通がその奴隷に殺害されるという知らせが入り、北方の懸案が一つ片付く。が、一方の梁王の残党討伐は、膠着状態に陥ってしまった。
虎牙将軍・蓋巨卿とともに討伐を任せた、平狄将軍龐萌が三月、敵の董憲に寝返ったのだ。
「あの野郎! やっぱり謝躬の配下の奴らは信用ならん! あんのくそ野郎、族刑に処してやる!」
報告の木簡を投げつけて怒り狂う文叔の姿に、たまたまその場にいた陰麗華が膝の上の皇子陽をギュッと抱きしめる。
「陛下、お鎮まりを。殿下がびっくりしてしまいます」
報せを持ってきたのは、高陽侯として従軍している耿伯山。落ち着いた低音で窘められ、文叔が肩で息をする。
「わかっている! だが、どいつもこいつも……」
「裏切りは想定内です。獅子身中の虫をあぶりだせたと思うことです」
耿伯山の言葉に、せかせかした足取りで歩き回っていた文叔が、ドスン、と乱暴に陰麗華の隣に腰を下ろす。陰麗華の膝に抱かれた皇子陽が、黒い瞳でまっすぐに父親を見つめる。
「……お前はまるで、すべてわかっているような老成した表情だな」
文叔がそう言って陰麗華の方に手を伸ばすので、陰麗華は躊躇いつつも息子を夫に差し出す。もうすぐ、生まれて一年になる陽は、むっちりとよく太って、抱きごたえがあった。
父親に抱かれてじっとその顔を見つめていた陽は、おもむろにぷくぷくした手を伸ばして、ぎゅっと父親の髭を掴む。
「おお、痛いじゃないか、陽……髭を引っ張るのはよせ……」
きゃっきゃっと笑いながら手足をばたつかせる陽を、文叔は頭上に掲げてみせる。
「重くなったなあ……あっという間だ」
その様子を、もともと大きくはない切れ長の目を、さらに細めて見ていた耿伯山が問う。
「どう、されますか。龐萌は、以前は侍中として陛下の身近に仕え、なかなかの信頼を獲得しておったと聞いておりますのに」
「ったく。私が董憲討伐の詔を蓋巨卿だけに下したことで、疑心暗鬼を抱いたようだが、理由はともかく、裏切りは許せん。――私自ら出る。……それが他への威圧ともなる」
「そう、仰ると思っておりました」
文叔は横目でちらりと耿伯山を見る。
「伯山は止めないのだな」
「ええ、劉紆の残党ごとき、陛下の敵ではない。時には自ら出御して、お力を御示しになるのがよろしい。陛下の武器は何よりもその強さでございます。東方の梁を平定すれば、以後、斉は耿伯昭に任せ、西の蜀と甘粛に注力することが可能になります」
「――終わりがないな。いつ、片がつくのか……」
陽を膝に乗せ、そのむちむちとした腕を撫でながら、文叔が呟く。
「この子の代に、戦争のない世の中を残すためには、仕方のないことだな……」
文叔の独り言に、陰麗華が思わず目を見開き、ハッとして探るように耿伯山を見た。
耿伯山は、郭皇后の従兄。――郭氏所生の皇子の継承を支持しているはず。
だが、耿白山は顔色を変えないで、ただニコニコと赤子をあやす文叔を見守っているように見えた。
(――聞こえなかったのかしら……それなら、よいのだけど。文叔さまも、この子は跡継ぎにしないと確約してくださったはずなのに……)
軍議の時間だと兵士が呼びに来て、陰麗華は文叔から赤子を受け取ってその場を辞去した。
その後ろ姿を耿伯山が見ていることには気づかずに――
親征を決意した文叔は、魏郡から劉紆の本拠地であった梁国へと兵を進めた。
鄴から東郡を抜け、濟陰郡の定陶の城に入ったとき。
かつて、東郡太守を務めていた耿伯山は周囲に顔が効くこともあり、宿舎の手配を行っていて、陰麗華の部屋にもご機嫌伺いに訪れた。
「何か問題がありましたら」
「おかげさまで快適に過ごしております」
皇子の陽はちょうど、乳母の張寧に抱かれて眠っていた。
「……殿下にもご機嫌はよろしいようで……」
乳母が皇子を連れて下がり、侍女の小夏も到着後のあわただしさで席を外していた。
少し離れて、侍女と宦官が控えているとはいえ、耿伯山と二人だけの対面に、陰麗華は居心地の悪さを覚える。
(――なぜこの人は下がらないのかしら……何か話が……)
実を言えば、陰麗華は最近、妙な眠気と怠さに悩まされ、妊娠の兆候を感じ取っていた。あるいは鋭敏なこの男はそれに勘づいたのか……
「この定陶のまちは、美人の産地としても名高いのですよ」
とりとめのない話をし始めた耿伯山に、陰麗華が一瞬、眉を寄せる。胃がむかむかしてきたし、そろそろ下がって欲しい……だが、耿伯山は何事もないかのように、続けた。
「例えば――戚夫人のような」
その名に、陰麗華が思わずハッと顔を上げ、硬直する。
「――何を……いったい……」
耿伯山はついさっき、張寧が陽を抱いて去った方向をちらりと見てから、幾分、酷薄そうに見える白い顔を陰麗華に向けた。
「陛下はあなたをひと時もお手放しにならない。一方、皇后には雒陽宮の守りを委ねたまま。――これが続けば、遠からず、人はかつての故事を思い出すことでしょう」
「……耿将軍、陛下におかれましては、跡継ぎは彊皇子だと、確約がなされております。わたくしも過ぎた願いなど持ってはおりません」
陰麗華が言えば、耿伯山も皮肉そうに笑った。
「ええ、わかっておりますよ。あなたは、あの愚かな戚夫人とは違う。だが――陛下自身は本当にそうでしょうか?」
(――やはりこの前の言葉、聞いていたのだ!)
陰麗華の背筋を冷たい汗が流れていく。
「某も、長秋宮に人彘の過ちを犯させたくはない。――あなたには今後も一層の自制を求めることになる」
「……そのようなこと、わかっております!」
半ば自棄になって零れ落ちた言葉に、耿伯山が聊か同情めいた視線を寄越し、ため息をついた。
「……こうなることは半ば予想がついておりましたのに、あの時、陛下に即位を了承させるために某が無理を押してしまった……」
「わたくしは至尊の地位など望んでおりませんし、子にもそれは望みません。ですから――」
ですから、長秋宮にもおとりなしを……と続けようとしたが、真剣な目をした耿伯山の視線に気圧されて、言葉を発することができなくなる。
「某も恐れております。……戚夫人の亡霊を」
ゴクリ、と唾を飲み込み、陰麗華は半ば無意識に自らに両手で腹を守るようにした。そのことで、耿伯山は何かを悟ったように切長の目を細める。
「全ては、危うい均衡の上にございます。……どうか、戚夫人の亡霊を呼び覚まされませぬよう」
その後、一行が梁国の治である睢陽に近い蒙に滞在している六月中、龐萌らが桃城の街を囲んだとの報を受け、文叔は輜重と陰麗華らを蒙に留め、自ら軽装の騎兵三千と歩兵数万を率いて、桃城から六十里隔てた任城の城で兵を整える。東郡に留まっていた大司馬呉子顔の軍をも呼び寄せ、二十日後、文叔自ら先陣に立って大いに撃破した。龐萌らは逃亡し、董憲は劉紆とともに東海郡の昌慮に後退する。
七月、文叔は呉子顔らを先行させ、自身は沛県で陰麗華らと合流する。沛は高祖劉邦の故郷であり、高祖の廟があるため、陰麗華らと廟に拝謁した。
(戚夫人の、亡霊――)
廟の威容を見上げながら、陰麗華は思う。
どれほどの強盛を誇ろうとも、高祖ほどの英雄であっても、死後、愛する者を守り切ることはできず、寵姫戚夫人は凄惨な死を遂げた。
正妻であった呂后の苛烈さを知るが故に、戚夫人は高祖の愛に縋り、我が子を皇帝にしようとしたのだろうか。
(わたしは、どうするべきなのか。――我が子、陽と新たに身籠ったこの子を守るために――)
確実な安全などどこにもない。帝王の愛に縋って生きるしかない我が身は、その愛が潰えてしまえばなすすべはないのだ。
東海郡と魯国を経由して、文叔の一行が雒陽に帰りついたのは、建武五年の十月も末。
雒陽に戻った陰麗華の臨月近い大きなお腹を見て、郭聖通は無意識に唇をかみしめた。
翌月、陰麗華は二番目の息子・蒼を出産した。
蓋巨卿:蓋延。虎牙将軍。
耿伯昭:耿弇。建威大将軍。
呉子顔:呉漢。大司馬。
馬子張:馬武。捕虜将軍。
王元伯:王覇。偏将軍。
卓子公:卓茂。太傅。建武四年薨。
朱仲先:朱祜。建義大将軍。
耿伯山:耿純。元の東郡太守。高陽侯をもって奉朝請。郭皇后の従兄。
樊靡卿:樊宏。光武帝の伯父。南陽郡湖陽の大富豪。
銚次況:銚期。魏郡太守・行大将軍事。
大長秋:皇后付きの宦官の長官。後宮宦官のトップ。
彭伯通:彭寵。元の漁陽太守。
劉永:前漢以来続く、梁王の子孫。天子を名乗るものの討伐される。
劉紆:劉永の息子。
董憲:もともと赤眉の乱に参加。劉永の傘下に入り、海西王に封ぜられる。劉永の死後は劉紆を奉じて光武帝に敵対。
龐萌:字不詳。侍中、平狄将軍として劉紆討伐を命じられたが、後に裏切る。
謝躬:更始帝の尚書令。河北に派遣されて劉文叔と対立し、だまし討ちにした。馬武、龐萌はもとは謝躬の配下。




