祭りの合図、開幕
『日が暮れてきたな』
街の中で誰かが言った。
日が暮れてパンプキン祭の人混みも大分落ち着いてきたが、まだそれでもそれなりの量の人間が右へ左へと行き来していた。
ぽつぽつと次第に建物に明かりが灯る。
似合わないケモノ耳のついたフードを被った男は出店を冷やかすこともなく、ひたすらウロウロと歩き回った。その顔に笑顔はない。祭りには少々不釣り合いだ。
男は一層視線を伺って、息苦しそうに路地裏に入る。
光の差し込み辛い路地の中、闇に紛れて一服つこうとフードに手をかけた。
その時、
「兄さん、亜人族だろ?」
背中から気怠い声をかけられ、瞬時に振り向くフードの男。
そこには無精髭の男と武器を持った二人の衛兵がいた。
「……何を言っているのか分からないな」
フードの男は不敵にはぐらかす。
「いや、そういうのはいいから」
無精髭の男は手をぷらぷらと遊ばせると、後ろに控えていた衛兵が手に持っていた剣を腰の高さで構える。
フードの男は残念そうに軽く頭を振った。
「問答無用というわけか」
「まぁ、お前に目をつけた理由を懇切丁寧に教えてやってもいいんだが、こっちも大事な練習でな」
「練習?」
フードの男は訝しみ顔をしかめる。
「ゴロー様、合図はお願いします」
一人の衛兵が無精髭の男、セブンズが一人ゴローに攻撃のタイミングを委ねる。
しかし、ゴローはぽりぽりと顎をかくと面倒そうに口にした。
「俺がいいっていうまでお前らは手を出すな」
「な⁉ 亜人族相手に単体での戦闘は危険です‼」
衛兵はゴローの言葉に驚愕する。本来、普通の人間が亜人族を相手にする際に一対一など絶対にあり得ない。現状の三対一でも勝ち目の薄い人数差なのだ。
「……人間風情に舐められたものだ。最近、勢いのある国だとは聞いていたが、そこまで増長してしまっているのなら衰退も早そうだ」
亜人族の男もこれには静かな怒りを滲ませる。
ゴローも腰に掛けた剣に手で触れる。
二人の間で臨戦態勢が整った。
ホイホイの出入り口。
トライの破壊した修繕中の北門前。ここは一番ダメージが大きく、まだ完全に補修が終わっていないため、本日は封鎖し誰も使っていない。
いつも補修作業に追われる職人や人手不足のために駆り出される兵士も本日は祭りで無礼講。休みである。だから、この辺りにほぼ人はいない。
だが、ひっそりとそこから国を出ようとする人影が、
「ちょっと待つんだぁい」
独特の間延びした語尾を持つ人物が呼び止める。
「……何か?」
呼び止められたのはどうやら女性のようで声が高い。仮装のために被っている帽子からは魔物を模した無数の角が生えている。
「お姉さん、獣族でしょ?」
「……だったら、どうします?」
間延びした語尾の人物は後ろに連れた二人の衛兵を下がらせ、獣族の女に軽い会釈をする。
「この国の最高戦力筆頭セブンズが一人、ニニちゃんが情報漏洩を防ぐために処分させてもらうんだぁい」
「まさか、人間の貴方お一人で?」
「何か不満でも?」
「人間風情が!」
獣族の女が自身の帽子や外套を剥ぎ棄てた。
仮装かと思われた角は本物だった。
ただし、角ではなかった。
「いかしてるね」
無数の針。
獣族の女は頭から背中にかけてびっしりと太い針で覆われていた。
「逃げてもいいですよ」
「さて、ニニちゃん、獣族とさしで戦うのは初めてなんだけどなぁ」
ニニは上着のポケットに手を入れ、中に入ったガラス玉をじゃらじゃらと弄ぶ。
「これも練習か」
ニニは嘆息し、戦いの準備を整えた。
「えい!」
可愛らしい声とは対照的に首元半ばまで刃物が通った。
―ふすー
刃物が首元まで刺さった人物の声にならない空気の漏れが地面に落ちた。
それはもう誰にも伝わることはないだろう。
「あれ? 完全に切り落とすつもりだったんですですけど、難しいですです」
ホイホイを完全に出た近隣の森。
そこでヨハネは待っていた。
敵が情報を持ち去り完全に油断しきるところを。
「で、この人結局なにだったんですです?」
ヨハネは伝令として連れて来た自身が元教皇だったインチキ宗教『神の溝』の信者に尋ねる。
「恐らく特徴的な目鼻立ちから亜人族かと」
「なーんだ、亜人族も大したことないですですね」
「……何故、斧で?」
「ワンコロがうるさいので実際に武器を持って戦ってみたかったのですです」
「あまり無茶はおやめください。教皇はやめられたとしても、あなたは『神の溝』にとって大事な道しるべなのですから」
「わかってるですです」
ヨハネは実践経験に乏しい事をワンコに懸念材料として挙げられていた。
そこの払拭として、普段持たない武器を持ち亜人族の男の首をはねたのだ。
「さて、もう二、三潰してくるので首の回収だけお願いするですです」
「わかりました。くれぐれもお気をつけて」
ヨハネはまた次の敵の通るルートに待ち伏せに向かった。




