ぷにぷに、再び
ミックスとリンの交戦と同時刻
―ホイホイ城内、参謀室
ティグレとリオンの奮闘により書類の山が平野ほどに落ち着いた時、ルークと強華が会議室から帰ってきた。
その顔を見て、ティグレは早速ジト目で文句をぶつける。
「遅いぞ、いつまで私は事務作業の代行をしてやらんといけないんだ」
「日頃働かんのだから少しくらい頑張れ。こっちはこっちで色んな後処理に追われているんだ」
「ふんっ、身から出た錆だ。働くと飯が不味くなる」
と、憤慨するティグレだが、ルークのいつも使っている机の上には沢山のクリームのついた空の食器が書類とともに散乱している。
こいつに聞いても仕方ないと、隣で書類整理していたリオンに何か特筆するべき問題はなかったかと尋ねる。
ルークはいつも通り、あくまでいつも通りリオンに呼び掛けた。
「おっ、おい、リオン。おっ、俺のいない間に何か変わったことはなかったか?」
リオンは書類をしまっている棚の方から顔を外さずに答える。
「えっ、えぇ、何も変化はなかったわ」
二人の間に妙な距離感がある。
それをティグレと強華は、白けた目で見つめる。
「お前ら、いい加減その付き合いたてのカップルみたいな初々しい微妙な距離感は何とかならないのか?」
「二人ともラブジルから帰ってきてから変」
二人はティグレと強華から視線を逸らし、反論する。
「そっ、そんなわけないだろ」
「そっ、そうよ」
だが、互いの頬は薄く朱に染まっている。
リンとミックスが死闘を繰り広げている間に馬鹿らしいのだが、ラブジルから帰って来て以降二人の距離感はとても微妙になっていた。
大体、お互いに察していたとは言え、リオンはラブジル国民が多く集まる広場で公開告白をしたのだ。
その時は『世界征服発言』という別事案があったため大して気にならなかったのだが、一区切りついてホイホイに帰る道中、今までは何となく見ないふりをしていた関係故に、どう接していいのか分からなくなってしまったのだ。
そして、はたから見ると首の辺りを掻きむしりたくなるような微妙な関係が誕生した。
ルークは場の空気を変える為に、語気を荒くして机の上の書類に目を通す。
「それより、本当に変わったことはなかったんだろうな。地下じゃネズミが嗅ぎまわっているみたいだ。これをいい機会に一掃したいんだが、ん?」
ルークは一枚の書類を発見する。
それを手に取ると、声に出して読み上げた。
「『パンプキン祭』? なんだこれは」
その表情は、最初に目にしたティグレとそっくりだった。
ティグレは〇点の答案が見つかった子供のように、まずいと言う顔をした。そして、その子供と同じように早口で誤魔化しにかかる。
「あぁ、どうやら予想以上に豊作だった作物の消化を兼ねて祭りをしたいと言ってたのでな。仕方ないので許可してやった」
「今は内外で忙しい時期なんだから催し物類は極力許可するなと言っていただろうが」
「まぁ、たまにはいいだろ」
「……お前がこんなことに協力的とは珍しいな」
「なっ! 何! 私を疑うのか!」
ティグレはらしくもなく机をばんばんと叩いて抗議する。このことにより怪しさは倍増、ルークは部屋の隅々を見渡す。
すると、ある一点の違和感に気が付いた。
「……なんだこれは?」
それはティグレが使っていた机の上に散乱する皿の一枚だった。ルークはそれを手に取る。
「オレンジ色のクリーム? モンブランじゃないのか」
「いや、それは、なんだ、あれだあれ、えっと」
明らかに動揺の増すティグレ。
ルークは皿に残ったクリームを指ですくうと、それを口に持っていきぺろりと舐める。
「美味いな、だが、どこかで食べたことのある味だ」
「きっ、気のせいだろ。どこにでもあるありふれた味だ」
ティグレはすでに視線を合わせられなくなっている。
「……パンプキン」
ぼそっと放った一言にティグレに肩はびくっと揺れる。
「これ、パンプキンで作ったケーキだな。大したもんだな」
「へっ、へー、それは知らなかった」
「……お前、これで買収されたんだろ」
一瞬、部屋に静寂が流れる。
ちなみに今リンがミックスに殴られているぐらいの時間。
「仕事するか」
ティグレは、これまでの会話が全てなかったかのように新たな書類に目を通し始めた。
それを冷めた目で見るルーク、手はわきわきと開閉している。
お仕置きの時間だ。
―ぷにぷに
ティグレの腹肉をルークが摘まむ音。
「ちょっ、やめろ」
―ぷにぷに
「悪かった、私が、あっ、私が悪か、んっ、やめ」
―ぷにぷに
ルークは感情を失ったかのように、ティグレのどんな謝罪にも一切耳を貸さず、パン職人がその日一番のパンを作る時のようなに眉一つ動かさなかった。
―ぷにぷに
「んっ、ごめんんさい、んんっ、はぁ、もう、いやっー‼」
その後、その拷問は約五分にわたって続けられ、ティグレは座っていた椅子からまるで液体にでもなったように崩れ落ちた。
「ふぅ、なんだが中毒性のある腹肉だな」
ルークは一仕事終えたかのように爽やかな笑顔に戻る。
「ルーク、変態」
「性犯罪者ね」
「当然の罰だ」
しかし、強華とリオンの反応は冷たかった。
だが、ルークは大して気にせず『パンプキン祭』の概要の書かれた紙に目を通す。
基本的には只の祭り、そこまで特筆すべき面倒な点もないが、開催する利点も少ないように思えた。
「……ん?」
ただ一文気になる点を見つけた。
ルークはひゅーひゅーと息を整えているティグレにばさばさと書類を振って見せた。
「これは使えるかもしれないな。丁度いい」
「尚更、私は、摘ままれ、損じゃないか」
ティグレは怒りを含んだ声音で糾弾したが、もうルークの頭の中で『パンプキン祭』のことでいっぱいなのか、聞いてはいなかった。
室内が一区切りついて落ち着いたところに、ばっと扉が開き来訪者が現れた。




