憎しみ、逆賊
ミックスの膝が地面についた。
まるで虫が火で炙られる様に、身を縮こまらせ、地面でのたうつ。
それを息を切らしながら近付いてきたリンが見下ろした。
「お前は自分で言っていた。たった一つしかスキルがないからこそ、二つ持っている奴より修練の時間をかけることが出来ると。だが、お前のスキルは実はその真逆なんだよ。複数の特殊な身体機能を備えた身体のパーツをいくつも同時に使いこなすには、それこそ一つ一つにかける時間も削られるし、パーツ同士の連携の時間もかかる。その上、お前の母国が植民地になって日も浅いんだろ。親父をその時殺して、蟲大蛇が襲来してまだひと月ぐらいしか経ってない。その時に手に入れた二つの身体を、普通の人間が一生をかけて身に着けるスキルや特殊な力を、短期間で使いこなせるとは思えねぇ」
歪む顔面を、それでも必死に上げ、ミックスはリンを睨む。
今まで圧倒的だったが故に露呈しなかった弱点。
リンの言う通り、ミックスのスキルには欠陥が潜んでいた。入れ替えた身体のパーツの持つ特殊な力は手に入れるまで分からない。
例えば、ミックスの左腕、轟轟と燃える左腕。
それはミックスのいたリチ国に訪れた旅の行商人の護衛から奪い取ったものだ。
腕が鈍らないように稽古をしてくれないか、とミックスの父が当主であった道場に訪れ、そこでその燃える四肢を見た。
どうしても欲しくなり、国を出たすぐ先の森で闇討ちをし、手に入れたのだ。
そして、左腕を剥ぎ取り、ミックスは燃える左腕を手に入れた。
だが、手に入れる前までに分かっていたのは、燃えると言う事だけだった。
実はその護衛の持っていたスキル「焚火焼芋」は、炎を燃やすごとにカロリーを急速に使用し、フルで使えば十分足らずで空腹になると言うものだった。あと、おまけに少し臭くなる。
それはミックスが実際に手に入れ、使用していくうちに分かったことだ。
ミックスは身体のパーツを手に入れた瞬間にそのパーツの全てが分かるわけじゃない。
使用していく中で良い点も悪い点も見つけていくのだ。
事前に分かっていることなんて、見てれば誰でも分かるような外部からの視覚的情報ぐらいだ。当然、身体の一部ではスキルの事が丁寧に書かれているスキルカードは発生しない。完全な手探りである。
相手を殺して奪うことになるので、難易度は高いが、理論上、鬼族や亜人族、獣族の幹部クラスの身体のパーツすら扱えるスキル。それら特殊な身体のパーツを完全に使いこなせれば、魔王にすら届きうる可能性を秘めたスキルだ。
だが、それには途方もない時間がかかり過ぎる。
現実は人間の中でそこそこ強い程度のリンにもこの様を晒すことになった。
ミックスは「ぐふっ」と呻くと、また地面に血反吐が飛び散る。
悶えるミックスに、リンは静かに告げる。
「充分苦しんだか? あとは地獄でやってな」
手に持つ小刀がミックスの返り血で鈍く光る。
これ以上ここにいては警備の兵士たちと鉢合わせる。
とどめを刺すつもりだ。
もぞもぞ蠢くミックスに最後の一振りをと、ゆっくりと手を上げた。
―パァン!
弾丸がリンの頬をかすめた。
それをリンは初見ではなかった。
それはラブジルの次期国王、バレッタとの戦闘でルークが見せた。
拳銃。
震える手で、照準も定まらず、しかし、確かにミックスの手には拳銃が握られていた。
「万が、一の、護身用に、貰っといて、正解、だったぜ」
ルークは先の戦いで大量のトリニティという、この世界で拳銃の製造に欠かせない鉱石を獲得していた。
そのおかげで、大量生産とまではいかなくても、身近な信用におけるものにだけは拳銃を所持させられるぐらいまでには余裕ができていたのだ。
―パァン! パァン! パァン!
乾いた音が部屋中に響く。
しかし、ミックスは死にかけ、顔を上げるのすら辛いのだ。
その弾丸はリンを自分に近づけさせない文字通りの弾幕の意味しかなさない。
リンは恨めしそうに最後の一足掻きが止むのを待つ。
だが、
ガチャガチャと鎧を鳴らす物々しい足音が近づいてくる。
『ミックス様の部屋から物凄い音がしたぞ! 俺たちは先に行くから、お前は増援を頼む!』
タイムリミットだった。
「ちっ」
これ以上の深追いは危険だと判断したリンは部屋の窓から身を乗り出した。
そして、地面の転がる意識も定かか怪しいミックスを睨む。
「私は、お前たちを許さない」
師弟であり、ライバルであった友、バルゴスを無残な目に合わせた、お前たちを。
言外に彼女は付け加えた。
窓から脱出するリンをミックスはなんとか最後まで気を保ったまま睨みつけていた。周りから見れば目すら開いていないようにも見えるが、それすらをやめれば今すぐにでも殺されるのは明白だったからだ。
ここにホイホイ開国以来初めての逆賊が誕生した。




