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花婿、奪う

 二人は城の前に用意された馬車に向かう。

 今日の結婚式は、都を新郎新婦が馬車でゆっくりと周っていき顔見せをする形式のものだった。


 馬車の後ろに取り付けられた真っ赤な客車は通常のものよりも窓が大きく、中の様子が外からでも覗ける仕様になっていた。

 また、客車の屋根には手すりが付けられ、簡易的な屋上が出来上がっている。

 都内を一周したあと中央広場で止まり、二人はこの屋上に上がって二枚の書類にサインを交わすことになっている。

 

 客車に二人が乗り込むと、その両サイドに並んでいた演奏隊がファンファーレを奏でる。

 それを合図に二人の乗った馬車は動き出す。

 ゆっくりとしたスピードなので、前方には数人の兵士が先導の為に歩き、左右もまた寸人の兵士が護衛の為に歩いてついてくる。

 後ろには少し距離を置いて、ラブジル王の乗った馬車が追いかける。

 ラブジル王の乗った馬車ははなから屋根がなくオープンカーのような作りになっている。

 そして、斜め後ろには数台の馬車が護衛と権威の象徴を見せつけるようにぞろぞろと着いてきて、まるで強制的に祝福しろと言わんばかりだ。


「ここ数日で用意したにしちゃあ中々のもんだろ?」


 その様子をぼんやり眺めていたルークにバレッタは声を掛ける。


「あぁ、大したものだ」


 ルークはラブジル王の手腕が見えた気がして素直に感心した。

 沿道にはたくさんの国民たちが見物人となって押し寄せていた。所々で歓声が上がり、馬車を出迎えてくれる。


「結構な人気なんだな……お前の親父は」

「あぁ、あれでも一国の王だからな。人柄も良いし、人望もある。私と言う問題点を除けばお概ね大人気だよ」

「……問題点自身がそれを言うのはどうなんだ」


 そう、歓声が上がるのは、バレッタとルークの乗る客車が通り過ぎ、その後ろのラブジル王が乗った客車が通る時だ。

 結婚パレードなんてどうでもよくて、王との対面に国民は喜んでいるのだ。


「うちのパパを否定する国民なんてまずいねー、だけれども現実問題として私がいる。おかげでママは悪魔を産み落とした女ってんで国中から非難されたよ。あのままじゃ命が危ないんで、仕方なくパパはママを国外追放にした。ママは私と違って自衛できるほどのスキルなんて持ってなかったしな」


 ルークはその話を聞いて、この国に入ってからバレッタの母親の話が出なかった理由が分かった。

 自分のせいで母親と暮らせなくなったことをバレッタはどう思っているのだろう。

 バレッタは自分の為にどこまで切り捨てられるのだろう。

 ルークはその点が気になり、頭の隅をついた。


 王に対する歓声の前にルークたちの乗った客車が通ると、国民たちはひそひそと隣の人間と話し合っている。

 恐らくルークに対する値踏みだろう。

 暴走姫、バレッタを抑えつけられる者なのか、それともバレッタと手を取ってこの国を更なる絶望に叩き込むのか、まさに死活問題だ。


 その中でルークはあの少年を見つけた。

 アミと名乗ったあの日バレッタに歯向かった少年。

 兄がバレッタの部隊に所属していて、その後亡くなってしまった少年だ。

 その瞳には少年とは思えないほどの怨念のこもっていた。

 よく見れば、他にもアミと似た種類の視線を向けるものが複数。

 それはいつまでも、どこまでも群衆の中に紛れていた。

そんなある意味では代わり映えしない風景が続き、あっという間にその日のメインイベントである。


 中央広場での同盟、婚約宣言。

 二人は何も言わずに馬車を降りる。

 ルークが視線を動かせば、シグレと強華が貸し出された高価な衣装に身を包み、見守っている。ティグレの姿は見えないが、恐らく先に城の食事会場にいって食べ物でも漁っているのだろう。


 万事休す。

 ルークは客車の屋上に上がり、今度こそ覚悟を決めた。

 別に結婚しても、直接的な問題があるわけじゃない。

 なら、こんな目の前の紙切れ一枚に署名するだけでラブジルと手を組めるなら安いものではないか。


 しかし、ルークの手に持ったペンはとても重く感じた。


 目の前の楽譜代のような机に置かれた二枚のうち一枚にインクの染みたペンを置く。

 そこにゆっくりとペンをなぞるように自分の名を記していく。


 ルーク・レビヨン。


 そこに次にバレッタが自身が持っていたペンで名を走らせる。


 バレッタ・ラ・ラブジル・ド・ブルジーニ。


 長いが、これが彼女の正式な名前なのだから仕方ない。

 その長さが今のルークにとっては、目の前の現実をリアルに感じて喉に溜まった唾を飲み込んだ。

 

『同盟』


 しかし、今のは同盟。

 バレッタがラブジル王の代理で署名したに過ぎない。


 その紙をバレッタが拾い上げ、宙にさらすと、まばらな拍手が起こる。


 次だ。

 

 次の書類に名を書き込めば、俺はこの女と結婚することになる。

 ルークは数々の潜り抜けて来た戦場以上に逃げ出したい気持ちが湧いた。

 それは男としての当然の本能。

 危険を告げる鐘は鳴りっぱなしだ。

 逃げようか?

 だが、こんなところで理由もなく逃げ出しとところで今書いた同盟自体が取り消されて終わりだ。

 理由。

 理由。

 理由。

 確実性に欠けるものばかりが頭を浮かび、ルークのペンは婚姻届けの名を書く欄に到達する。


 あぁ、終わりか。


『ちょっと、待ったー‼』


 その怒号が耳に入ると、頭の中でカチッと音がした。

 しっくりときた音。

 何かがハマった音。

 引っかかっていたものが取れた音。

 どれも正解だ。


 ルークが声の方を振り向けば、慣れ親しんだ顔がそこにある。


 リオン。

と、隣にルークの苦手なお付きのメイド、アレット。


 ルークの脳内に、遠い記憶がよみがえる。

 リオン、彼女と初めて会った日のこと。

 あの日、彼女に告げた言葉。

 その言葉が脳内に電気のように走る。


「……そうだったな」



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