覚悟、多種多様に間違いはなく
勝負は肉弾戦へと方向を変えた。
濁血化したアレーニェは小柄な体躯ながら、恐ろしいほどのスピードとパワーを手に入れていて接近戦では敵なしかと思われたバレッタを押している。
いくらバレッタに毎日休日があると言っても、今日はアレーニェとの戦闘であり得ないほどの回数を消費した。
もう、あと何回出来るか分からない。
しかし、バレッタにも勝機がないわけではない。バレッタの握力超過ならば、一度掴んでしまえば名前の通りごりごりとアレーニェの骨まですり潰すだろう。
バレッタと違い、回復できないアレーニェはそれだけで致命傷となる。
そして、アレーニェは濁血化により強化された故に自分の利点を捨てた。本来、アレーニェの持つ二つのスキル、電気鼠と理想政治家は生物以外の何かに電気と不可視を付加するスキル。
これは、中距離、遠距離、または策を練ることで威力の発揮されるスキル。
近接格闘においては、ほぼほぼ使いどころがない。
さらに極め付けは、悟られないようにはしているが、村中に糸を張ったことで今日新たに糸を出すことは難しくなっていた。
勝負は誰にも分からなかった。
村人と負傷したラブジル兵、そしてルークがその様子を見守る。
―バチッ!
「ちっ、てめー自分の衣服に電気を付加しやがったな」
当然、自身の負荷も考えて威力は落としてある。
「自分自身も電気を喰らうから出来ればしたくなかったがの」
手数は、背中から生えた蜘蛛のような脚を自在に操るアレーニェにある。
しかし、一撃の怖さは、
『あっ!』
村人の少女は不安な声をあげる。
アレーニェが壊れた家屋の残骸に足を取られたのだ。
「貰った」
バレッタが、ボロボロになりながら、アレーニェの右腕を掴むことに成功した。
握力超過!
「ぐあぁ!」
アレーニェは背中の蜘蛛脚を振り回し、再び距離を取る。
しかし、アレーニェの右腕はバレッタの超人的握力に寄り潰された。
これで手数の利はなくなった。
アレーニェは自分の背後にいる村の人たちにちらりと視線を移した。
「私は負けられん。私が負ければ、村は終わりなんじゃ!」
アレーニェは、袖の中に隠していたダートを握りバレッタに直接突き立てる。
鋭い針はバレッタの左肩に刺さる。
しかし、ここは戦闘経験のさか、バレッタは全く怯まずに、アレーニェの背中から生えた蜘蛛脚を掴んだ。
握力超過!
「ぐあぁぁ‼」
堪らず距離を取ろうとするアレーニェ、しかし、バレッタが放さない。
「放さんか、この化け物め!」
電気鼠!
―ビリッ! アレーニェはバレッタの肩に刺さったダートに電気を流す。
「くっ」
これには思わずバレッタは手を放してしまう。
肩から全身に広がる電気はバレッタを黒焦げにする。
すぐさま回復にしたが、これでバレッタの回復ももう後がない。
バレッタは疲労状況から、毎日休日を後一度でも使えば、自身で歩くことすら困難になるだろう。
アレーニェも右腕と蜘蛛脚を持っていかれた。
互いに絶望的な状況。
互いの息遣いが聞こえる。
呼吸を読み合い、動き出す最後のタイミングを見計らう。
「……よう、最後に聞いていいか?」
「なんじゃ」
「お前、そこのうちの兵士もそうだけどよ。殺そうと思えば、殺すタイミングは何度もあったんじゃないか? なんで、殺さねー?」
「…………」
戦場で、命のやり取りで、殺し合いで、そんな中で生きてきたバレッタには理解できない。
殺せるのに、殺さない。
「舐めてんのか? それともガキはまだ人を殺す覚悟が出来てないのか?」
アレーニェは静かに口を動かす。
その言葉に、ルークたち外野も聞き耳を立てる。
「……それじゃよ」
「あ?」
「お主たちは何かにつけて殺す覚悟、甘い考え、戦場ではやるかやられるか、そんなさも当然のように死を語る。殺せる人間が強い人間、冷酷なものほど強い? 狂人が最強? はっ、ちゃんちゃら可笑しいわい」
アレーニェは肩で息をし始める。
「私は殺さんよ。お主らと一緒にされたくないからの。躊躇わず殺すことが強さ? 冷酷な自分がカッコいいと酔っているだけではないか? したいならどうぞご勝手にじゃ。こちらもこちらで好きにする」
そう、アレーニェのスキル電気鼠は威力300、一撃で相手の命を奪うことも可能な強力なスキル。バレッタはともかくとして、外の兵士たちがまだ息があるのは明らかに不要な手加減を加えられている。
「私は殺さぬ覚悟を持って生きておる。お主たちが何度来ようと、もう二度と来たくないと言うまで痛めつけてやるまでじゃ」
バレッタも間違っているわけではない。
戦場ではとっさの判断が命の有無を分ける。
やるかやられるか。
迷えば死ぬのは自分だ。
だが、迷わなければいい。
アレーニェは中途半端をしているのではない。
覚悟をもって不殺を貫くのだ。
常に相手が生きている、そしてその時にどんなことが起こり得るかはいつも想定する。
どんな状況でも相手が生きている限り、反撃も裏切りも手の平返しも、背後からの攻撃も援軍も自爆も特攻も全て想定する。
故に迷わない、どんな状況でも相手を殺さずに場を収め、制圧する。
欲しいものも、話し合いを第一とし、戦わなくてはいけなくても、殺さない。相手が分かる日が来るまで、殺さずに戦い続ける。
それも一つの覚悟。
バレッタやルークでは一生かかっても手にすることは出来ない覚悟。
そんな類の強さを彼女は持っていた。
「……てめーとは、最後まで話が合わなかったな」
「……分かりきったことじゃろ」
次の瞬間、二つの影は同時に動いた。
互いの伸びる腕。
バレッタの腕がアレーニェの心に先に到着した。
アレーニェの拳はまだ宙を舞う。
これは体格の差。
両の手のリーチの違い。
幼きアレーニェと成人しているバレッタ。
年にして五つも離れていないだろう。
その五年は永遠に追いつくことのない距離。
握力超過!
スキルが発動した。
アレーニェのスキルが。
電気鼠、バレッタのスキルは不発に終わる。
バレッタが心臓を掴んだ瞬間に勝負はついていた。
心臓を掴むためには、その周りの衣服も掴まなくてはならない。
「……てめー、馬鹿だろ」
バレッタは、その場に崩れ落ちる。
まさか、いくら衣服に電気を付加できるといっても、一番心臓に近い胸部付近の衣服にまで電気を付加しているとは思わなかった。
一歩間違えば、心臓は止まり、その時点で自殺と変わらない。
胸部の布が真っ黒に焦げ、自身もダメージを負ったアレーニェだが、辛うじて倒れることなくその場に君臨している。
「最後は長年このスキルと共にしてきた分の耐性じゃな」
今度こそ、回復しないバレッタを見下ろした。
アレーニェの勝利にて長い戦いの幕は閉じた。
人工は天然の怪物を降した。
「さて、約束じゃろ、この村に手は出さんでくれ」
最後にやっと笑みを溢し、ルークに視線を移した。
予想外の結末にルークは何を思う。




