その村、雲の様に捉えどころなく 後編
「いつまで話しておるんじゃ、そろそろ来んのか?」
アレーニェは二人の会話を見て挑発する。
普段なら、ここで迷わず突進するであろうバレッタが動かない。
「……流石にその程度の学習能力はあるか、獣並みじゃがの」
そう、バレッタは動かないのではなく、動けない。
先ほどの攻撃をまた喰らわない為には、その場に制止するのが一番の得策。
「ならば、こちらからいこうかの」
アレーニェは、長い袖に己の手を完全に隠す。
そして、次の瞬間、その袖を大きく振った。
―シュ、シュ
何かが、バレッタの方めがけて飛んでくる。
それを反射的に避けるバレッタ。
―ビリッ
「ぐっ」
しかし、避けた先で、鳴るその音は、またアレーニェの電気。
今回は攻撃の種類が事前に分かっていたため、辛うじて意識を保ち、毎日休日により回復を図るバレッタ。
ルークの目には、またしてもどうやって攻撃をされたのか、分からなかった。
ただ、バレッタが右側に逸れると、ビリッと電気の走るような音がして、次の瞬間にはバレッタの全身は焼け焦げている。
謎の攻撃に一方的にやられているバレッタに勝てると思っていたはずの勝負の結果が心配になり、声を掛け近寄ろうとする。
「おい、大丈夫なのか?」
「来るな!」
バレッタの迫力に圧され、その場に硬直するルーク。
「もう、タネは割れている」
「なら……」
「だが、どうしようもないな」
バレッタは、右手を前方に大きく闇雲に振り回した。
―ビリッ!
「ッ!」
すると、何度目かで右手の動きが止まり、またあの電気の走る音がした。
右手を中心に焼き焦げるバレッタ。
毎日休日により回復をするが、その表情には焦りが見えた。
そして、ルークの方に目をやり、握ったままの右手を差し向ける。
「……見えるか?」
「何がだ?」
「見えねーか? 私もだ」
「おい、さっきから何を言ってるんだ。タネとはなんだ!」
バレッタは、右手に握った何かを摘まむような動作で、左手に持ち替えた。
「見えねーが、確かにここに存在してるんだ、何か糸みてーなものがな。多分、この村中に張り巡らされてるな。この糸にスキルで電気を流してるんじゃねーか?」
ルークは悟り、ある程度の推測が成り立った。
アレーニェは最初からこうなることが読めていたのだろう。
だから、あんな狭い外が一切見えない部屋に、それもわざわざ村の中央の建物の一番奥の部屋だ。
今考えればあからさまに時間稼ぎをしてる。
もしかすれば、あの案内していた老婆の鈍い動きまでもが演技かもしれない。
その間に残った村人が糸を張り、この細工をしておく。
細かい事は分からないが、アレーニェのスキルは物質の透明化と電気を使う事なんじゃないか? いや、しかし確定はしていない。そもそもそんなものが存在するかは知らないが、糸自体が透明な素材で、その透明な糸を生み出すこと自体がスキルの可能性もあるのか?
攻撃手段まではまとまったが、スキルの種類までは特定に至らない。
「ふむ、流石に攻撃を喰らった本人まではいつまでも誤魔化せるタイプの方法ではないか」
アレーニェは、糸がばれたことに特に動揺は見えない。
織り込む済み、ばれたところで攻略法がないと思っているのだろう。
「……どれ、見せてやろうか」
そう言って、アレーニェが手をかざすと、バレッタの左手に白い何の変哲もなさそうな糸が出現する。
「……これが、私を焼き焦がした糸かい」
ルークが受け取って解析しようと思ったが、バレッタはその場で引きちぎってしまった。
そして、眼前のアレーニェを睨む。
「目の前で解除とはサービス旺盛だな」
「なに、他の糸は透明のままじゃ、特に意味なんぞなかろうて」
しかし、ルークはこれに意味を見出す。
透明化を解除したと言うことは、限りなくアレーニェのスキルを絞り込むことに成功したといっても過言ではない。
スキルが及ばす現象は一つにつき一つ。
こういうと分かりにくいが、つまりさっきまでルークが推測していた候補の中にあった透明の糸を生み出すスキルがこの時点で除外される。
透明の糸を生み出すスキル。
糸を生み出す、そして透明にできるオンオフ可能なスキル。
この場合、後者は二つの事象を可能にしており、これが一つのスキルではあり得ない。
オンオフの違いではあるが、最初から透明なのではなく、本人の意思によって透明化を自由に出来るのは、明らかにスキルの範疇である。
よって、ルークは推測するスキルをこう絞り込んだ。
糸がやはり村人の手によるもので、電気と透明化がアレーニェのスキルだと。
ならば、ルークの取りうる手段は一つだ。
糸は増えない。
増やすにしても、村人が表に顔を出さなくてはならない。
そうなると、バレッタやルークにとっては格好の人質だ。
ならば、戦闘に加わったところで、役に立てそうもないルークはこの糸の排除に全力を注げばいい。
「……攻略法はわかってるな?」
「糸を排除しつつ、距離を詰めるんだろ?」
「理解が早くて助かる、まぁ、糸の方は俺も手を貸すから、後は何とかしろ」
どうやら、バレッタも同じ考えだったようで頷き合った。
「私達の無敵の戦法『蜘蛛隠れ』破れるものなら、破ってみよ!」
―シュ、シュ
会話に割って入ったアレーニェの袖の中から、また何かが放たれる。
それはバレッタの方向にめがけられている。
「しゃらくせー!」
バレッタは大きく右手を振った。
そして、その手の中には、その放たれたものの正体が存在した。
「随分、渋い武器を使うな。まぁ、避けさせて糸に誘導するための物なんだろうけど、私の動体視力なら、払い落とすなり、掴むなりは不可能じゃないぜ」
そして、それを地面にぱらりと落とす。
先ほどは、地面に弾かれ、四方に散ったので分からなかったが、今度はルークも確認できた。
ダート。
複数形にすれば、誰でも馴染みのある言葉に変わるだろう。
ダーツだ。投擲用の武器である。
神崎の世界では今や娯楽の道具だが、それでも起源は立派な戦闘用の武器であった。昔、戦士の中でワイン樽に矢を投げる遊びが流行り、その内矢は短くなり、弓ではなく手で投げる専用の矢、ダートが生まれたらしい。
矢先は金属で針のように鋭く、持ち運びに適していて、じわじわとダメージを与える中距離戦闘の武器だ。
そして、この世界でも乱戦の戦場地帯ではあまり使われないが、好んで武器とする者もいる。
「ふむ、やはり姫の動体視力相手だと、この二本の腕で投げられる手数では足りんか」
アレーニェは、バレッタに自身の武器が有効でなくなったのにも関わらず、ここでも焦りはない。
そして、また袖の中でもぞもぞと動くと「狙うは、こちらか」と呟き、また袖を振るう。
そのダートはバレッタでなければ、当然次はルークに向かう。
ルークは、それを腰に隠した鞭で払い落とした。
試し撃ち程度ではあったが、それをあっさり撃ち落とされアレーニェは素直に驚く。
「なんと、鞭か、私よりよっぽど渋い武器を使いよるわい。払い落とす鞭と私のダートでは相性最悪じゃな。やはり、お主は姫を仕留めてからでよいわい」
アレーニェに特に執着してルークを狙う様子はない。
ここで、鞭の有効性を見せておくことで、ターゲットから外れるルーク。
しかし、周りは見えない糸で身動きが出来ないことに変わりはないので、確かにほっておいても害はないと言う判断も頷ける。
そして、ルークの鞭に視線を動かしているうちにバレッタは行動を移していた。
ガラガラと何かが崩れる音がする。
直ぐにアレーニェが視線を戻すと、そこには見るも無残な村の住居があった。
そして、バレッタの足元には透明ではなく白い糸が転がっていた。
「やけに高い建物が多いと思ったが、これは糸を張る為のものだよなあ? 糸なんて二点の何かで繋がってんだ。直接触れば電気で痺れるが、糸の先の建物ごと壊しちまえば、問題ねーよな?」
「人様の家に酷いことするわい」
ここで初めてアレーニェの表情が曇る。
見えない糸、そして触れれば電気で黒焦げ。
一見、攻略法なんてないように思われるが、それは違う。
糸には繋がっている先がある。
それを壊してしまえば、糸は緩み地面に落ちるだけだ。
建物の破壊ぐらい、バレッタの握力超過なら造作もない事だ。
「さぁ、こそこそ離れて戦うのは終わりにしようや」
バレッタがじりじりとアレーニェの攻略法を編み出そうとしていた。
ちなみに、ルークは建物を派手に破壊できるようなスキルはないので、建物に向かって、鞭を投げつけ、電気が走るから糸の張られている場所にあたりを付け、その付近を地味に蹴りや足元の石などで木造住居を傷付けていくおよそ主人公からはかけ離れた行為にせっせと励んでいた。




