その村、雲の様に捉えどころなく 前編
肉の焼き焦げる匂いがルークの鼻先を彷徨った。
目の前には理屈も理由もわからず倒れているバレッタ。
少し離れた後方にも同じく焼き焦げている部下たち。
「最後は、お前じゃ」
アレーニェは、仁王立ちで、その小さな体を大きく見せてルークを睨みつけた。
ルークはアレーニェから目を離さず必死に何が起きたのかを考えていた。
十中八九、スキルだ。
しかし、どんなスキルだ?
触れず、見えず、バレッタをこんな風に出来るスキルがあるのか?
「……誰が最後だって」
「起きたか」
「ほう、今のを喰らっても立ち上がるか、噂通り回復系スキルの中でもかなり高位じゃな」
目の前の黒焦げが立ち上がった。
バレッタは、衣服をボロボロに焦がし、所々いけないものが見えてはいるが、焼け爛れていた皮膚や裂けた肌が元の状態にまで戻っていた。
「随分かかったな」
「意識が飛んでたからな、スキルを発動させなきゃ回復できねーだろ」
バレッタはぱんぱんと汚れを払い、太ももの付け根や肩周りが大きく露出する更に際どい衣装になりながら、もう一度拳を握る。
「何をされたか、知らねーが面白い。直ぐに殺してやるよ」
「随分と自信がおありの様じゃな」
「あぁ、今はお前を殺すことしか考えられねー」
アレーニェはその様子を見て、深く溜息をつく。
「姫よ、一つ提案をしてもいいかの?」
「なんだ? 今からって時に興ざめするぜ」
そう言葉にはするものの、バレッタは拳を解いて話を聞く姿勢を見せる。
「お主は戦いが全て、強者と戦えればそれでいいのじゃろう?」
「あぁ」
即答かよ。
ルークは隣りにいるバレッタに冷たい視線を向ける。
「私は今お主をねじ伏せたように、間違いなく強者じゃ、だから私と戦いたがってるんじゃろう?」
「あぁ、聞くまでもねーだろ。早く提案とやらを聞かせろ」
たった数回の会話に焦れだすバレッタ。
彼女のこらえ性の無さが窺える。
そして、それは交渉ごとにおいてもっとも向かない性格だ。
「ならば、私が姫と戦うための提案として、万が一姫に勝つことが出来たら、この村を見逃してはくれんか?」
「あ? それはさっき駄目だって言ったろうが」
バレッタが苛立ちを強める。
しかし、アレーニェはあくまで冷静だ。
「ならば、私はもう戦わん。この場から逃げ出させてもらう」
ルークは嫌な流れを自覚した。
先ほどまでなら、あくまでルークとバレッタの目的はこの村でこの周辺の土地だった。
それは今も変わらない。
だから、アレーニェは逃げることが出来なかった。
だが、ルークは変わらずとも、バレッタは違う。
今、目の前で指一本動かさずにアレーニェに地面に転がされた。
もう、バレッタは目の前の強者であるアレーニェと戦うことが一番にすり替わっている。
彼女は身を震わせる。
そして、
「あぁ! なんだそりゃ! 勝ち逃げか! 面白くねー! 戦えよ‼」
こうなる。
その為に敢えて一度強さを見せつけたのだろう。
もしかしたら、初撃はバレッタの回復スキルのことも知っているようだったし、手心を加えたのかもしれない。
勿論、アレーニェたち村人も逃げればこれから苦しい生活が待っているのは必至だ。
このセリフはブラフでしかない。
しかし、一方的に追い詰めていた獲物が、対等の交渉が出来るところまで来てしまった。
あとは、このまま逃がすか、条件を飲んで戦うかの二択をこちらが選ぶだけだ。
そして、当然。
「おう、いいよ、いいぜ! どうせ負けねーんだ! 好きにしろ!」
バレッタは戦う方を選ぶだろう。
馬鹿が。
ルークは内心舌打ちをする。
「後ろのお主もいいかの? 後で、俺は関係ないなどと言われても困るからの」
「……あぁ、いいよ」
と言うより、怪我明けで実力的にも劣っているルークにバレッタと意見を食い違わせることは出来ない。
どうせ、嫌だと言っても、バレッタは聞きはしないし、ルーク単体でアレーニェを止める手立てもない。
「ありがとう、これで心置きなく戦える」
アレーニェの目の色が変わる。
戦闘態勢に入ったのだろう。
本格的な戦闘に入る前にルークはバレッタに尋ねておく。
「バレッタ、お前どんな攻撃されたのか分かっているのか?」
「あ? よくわかんねーな、だが、恐らく攻撃の種類としては電気だ。攻撃を喰らった瞬間、体が痺れたからな」
「やはりそうか」
ルークもバレッタが倒れた瞬間ビリッと小さな事を聞いた。
恐らく、相手は雷、電気の類を操るスキル。
しかし、後はどうやって攻撃されたかだ。
あの時、アレーニェは指一本動かしていない。
「後は、攻撃方法だな」
「それも多分見当がついてる」
「そうなのか? なら、思ったより早く決着がつきそうだな」
実際に攻撃を喰らったのは、バレッタなのでルークより情報が多いだろうとは思っていたが、本人がそこまで言うなら間違いはないだろうと、この戦いの勝算の高さに安堵する。
「……いや、そうでもねーぜ」
バレッタは、粘りつくような重い口調で話す。




