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そこに区別はなく、あるのは  だけ 前編

「もうそろそろかな」


 バレッタは馬車から外の景色を見て呟いた。

 ルークもそれに釣られ、外を見るがラブジルの都周辺と違い随分自然が豊かなところだった。

 と言うより、豊か過ぎるぐらいだった。

 木や草は生い茂り、道はどんどん狭くなっていく。


「こんなところに本当に人が住んでいるのか?」

「言ったろ、小さな村で秘境にあるんだよ」


 バレッタがそう言った食後に馬車が止まった。


「ここから少し歩くぜ」


 ルークはうんざりしながら、山道を一キロほど歩くことになり、そこでようやく村への入り口を見つけた。

 そこはいくつもの山に囲まれ、ひっそりと存在していた。

 きっと、外から山を眺めていてもその存在に気が付くことはまずないだろう。


 人が住んでいるのか、建物が二十そこらあり、集落にしては珍しく、どれも二階建て以上の高い木造の建物だった。

 今のところ人影は見当たらない。


「お前たちはここで待っていろ」


 バレッタが引き連れて来た少数の部下にそう声を掛けた。

 ルークとバレッタは二人で村の中に足を踏み入れると、中央に建っている一際高い建物を目指した。

 それはもはや物見櫓ではないかと言わんばかりの高さだ。


「以前来た時は、村人に会わなかったのか?」

「ん? 会ったぜ。一応、村長だって言う若い女と少し話をしたな」

「その時の感触は?」

「こっちも全く準備をしてなかったからな。門前払いに近かったよ」

「よくお前がそれを我慢したな」

「あぁ、面白い目をした女だったからな、また会いたくなってな」


 そこまで話すと、中央の建物に辿り着き、入り口らしき戸にノックをする。

 すると、すぐに引き戸が開き、入り口には老婆が立っていた。


「……どうぞお入り下さい」


 ルークたちはその指示に無言で従い、老婆の後をついて行った。

 中は思ったより広く、数人の子供や若い女性、それに老婆とすれ違った。


「ラブジルの王が言っていた通り、本当に女子供ばかりだな」

「あぁ、そうだろ。男は出稼ぎにでも出てるんじゃねーか?」


 バレッタも相槌を打ち、適当な推測を立てる。

 自国の領土内とはいえ、バレッタとてこんな辺境の村の細かな事情まで把握しているわけではなかった。

 前を歩く老婆は足が悪いのか、少し足を引きずるように歩いている。


「つきました」


 長い内廊下を歩き、案内してくれた老婆が足を止めると、そこには両開きの引き戸があった。

 日本的に言えば、襖だ。


「中でアレーニェ様がお待ちです」


 老婆はその場で頭を下げると、二人の前から姿を消した。


「アレーニェってのが、この村の長の名前だ」


 バレッタが補足する。


「まぁ、取り敢えず顔合わせようや」


 バレッタが襖を開けて、ずかずかと中に入っていった。

 ルークもこの村の異様な雰囲気に若干飲まれつつあったが、バレッタのいつも通りの様子に助けられながら村長とご対面を迎えた。




 その部屋の中はあまり広いものではなかった。

 畳で言えば四畳半ほどだ。

 中には家具一つなく、村長がいるだけだ。

 村長のいる部屋なのでもっと広いものを想像していたルークは拍子抜けしながらも、小さな村だし、こんなものかと目の前の村長に目をやった。


「姫よ、こんな辺境の村によく来てくださった。それと、そちらは?」

「あぁ、私のダーリンだ」

「それはそれは自国のことなのに見聞が狭くて申し訳ない。こんな村では情報が入って来るのも遅くてな」

「何、気にするな。婚姻もまだだ」


 ルークはバレッタと話す少女に目をやった。

 歳は十半ばか?

 ルークたちよりやや幼く見える。

 薄い水色の髪に、薄い黄色の色彩を持つ垂れ目。

 髪の色もだが、全体的に色素が薄い。

 何より目立つのが、右目の下にタトゥーなのか、ペイントなのか分からないが、ひび割れの様な模様が入っている。

 服装は大きめのダボ着いた服装で、袖が法被のように広い。

 ルークの目から見ても、まだ幼さが抜けてないように思える。

 この女が村長?

 ルークが疑念を抱くのももっともだった。


「……あなたがこの村の村長なんですか?」


 ルークが失礼は承知で尋ねた。


「いかにも、私がこのクラウデ村の村長、アレーニェじゃよ」

「随分若く見えますが?」

「昨日で十五になったかな。何分、女子供しかいない村でな。人材不足と言う事じゃ」


 変な言葉遣いが気にはなったが、本人は自信満々にそう告げた。

 そして、すぐにルークからバレッタに視線を移す。


「して、姫よ。今日はどんなご用向きで?」


 ピリッと、空気が張り詰めたのが分かった。

 こんな領土の端の村にわざわざ国の重役が来るのだ、大体の想像はついているだろう。

 しかし、その空気に遠慮するバレッタではない。

 ずかずかと話を始めた。


「こないだは悪かったな、何の準備もせずに不躾だったよ。今回はうちの都の近くにお前らが住めるだけの土地と家を用意した。勿論、生活も援助してやる不便はさせない。だから、ここから立ち退いちゃくれないか?」


 言葉は乱暴だったが、十分過ぎるほどの手当てを交渉の材料として用意していた。

 これ以上の待遇はないだろう。

 しかし、村長であるアレーニェと呼ばれた少女は溜息をつく。


「……トリニティか?」

「互いの腹を隠して話してもしかないな、そうだよ」

「人の口に戸は立てられぬな。大方、うちの村出身の男どもから聞き出したのじゃろう」


 バレッタは否定はせずに、にやりと笑う。


「この村の地下と周辺の山にはかなりの量のトリニティが眠ってるそうじゃねーか。ここを拠点に私らが有効活用してやるよ」

「……どうせ、戦にじゃろ? 争いの中でしか生きられぬ化け物め」


 アレーニェが忌々しそうに吐き捨てた。


 しかし、すぐに居住まいを直し、バレッタとルークの前に正座した。

 そして、そのまま深々と頭を下げた。


「すまん、この通りじゃ。うちの村にはトリニティが必要なんじゃ」


 ルークは事情を尋ねた。


「どういうことですか?」


 アレーニェは覚悟を決めたように話し始めた。


「うちの村の人間は昔から受け継がれている一つの血族で構成されている。ニュウドウ一族という。その血族は人間の割には戦に長けるスキルや身体能力を持っていた」

「そして、それはわしらの代にまで色濃く受け継がれている」

「しかし、それを完全に使いこなせるのは成人した男ばかり、奴らはその力を表舞台で振るう為に皆村を出ていった」

「残ったのは、女子供だけじゃ。わしらのようなな、すれ違う者たちを見たじゃろ?」


 ルークはこの村で目にした人たちを思い浮かべた。


「それ故に殆どの者が力を上制御できん。中には力の暴走によって惨たらしい最期を迎えるものも少なくない。そんな時力に怯え暮らしていたわしらの先祖が見つけたのが、この場所なんじゃ。ここならトリニティの加護で女子供も安心して暮らせる」


 トリニティ、魔族の力の暴走を抑える効果がある鉱石。

 大抵は獣族が魔族の中で圧倒的に暴走率が激しく、彼らが独占を計っているが、他種族の暴走も聞かない話ではない。

 ルークたちはこれを銃器の弾丸に必要な鉱石である為必要としているので、全く用途が逆に近い。


「ここを追い出されては、また子供たちに先祖と同じ苦しみを与えることになる。わしのように力をコントロール出来てるものは、この村では僅かなんじゃ、頼む! 見逃してくれ!」


 アレーニェは床に頭を付けた。

 立場の弱い者の最後の懇願。

 伏して頼む、これしか村長として彼女にやれることはないのだ。


「……どうして前回来た時に、この話をしなかった?」

「ニュウドウ一族のことは本当に人間の中でも一部にしか知られていない秘密。これが広まれば、子供たちが研究の対象にならんとも限らん、出来るだけ伏せたかった……すまん!」


 アレーニェは言っている。

 自分たちの全てをさらけ出して、頼みごとをしていると。


 そんな彼女の懇願に彼らは答える。


「「駄目だ」」


 と。


 知ったことではない。

 良い事をして酔いしれる彼等ではない。

 自分のやりたい事第一。


 偽善でも偽悪でもなく、善でも悪でもない。

 自分。

 そこに余計なカテゴライズは必要としない。


「ここは野望の為に最大限利用させてもらう」

「必要な事だ。お前が頷くまこちらの意見は変わらん」


 アレーニェは絶望する。

 状況にではない。

 目の前の悪よりも厄介な自己の塊にだ。


「……そうか、やはりそうなるか」


 バレッタの噂を知らないアレーニェではない。

 この状況もあり得ることだと思っていた。


「ならば、牙を交えようぞ!」


 アレーニェは立ち上がった。


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