神崎礼嗣、彼は知る 後編
「……蟲大蛇、あれは人間が手に負えるレベルじゃないねぇい」
ニニがそう呟いた時、蟲大蛇の腕が伸び、兵士たちに襲い掛かる。
神崎たちにもその腕が襲い掛かるが、滋養強壮で身体能力を上げた神崎と数人の兵士たちは躱すことが出来た。
「助けてくれー!」「離せ! 離せ‼」「子供と嫁さんが俺の帰りを待ってるんだ!」「妻も女房もいるんだよ!」
一人だけ、重婚をしている奴もいたが、皆必死に抵抗する。
「みんな!」
神崎が助けようと、近付くも兵士を捉えていない他の腕が神崎を襲う。
いくら実力はあろうと、初めての魔物との戦い。
神崎も苦戦を強いられていた。
兵士が捕まっていては、双頭竜が使い辛い。
実は今まで圧倒的だった故に問題視していなかったが、神崎には弱点がある。
それは神崎の保有するスキルは人型以外の生き物との戦闘に向かないのだ。
勿論、大抵は炎と水を操る双頭竜、自身の身体能力を極限まで強化する滋養強壮。
この二つで、魔物も問題なく倒せる。
しかし、残りの三つのスキル。
偽物技巧師。
無制限に相手のスキルを百二十パーセントの出力でコピー出来る技だが、一度に複数は発動できない、基本的に相手に被せて倒すスキルだし、何より異世界に来て日の浅い神崎にパクったスキルのストックが少ない。
現実虚構。
これはもっと致命的でスキル無効化のスキル。
つまり、魔物に無意味だ。
我儘放題。
発動した瞬間世界中の異性に好かれるスキルだが、これは倫理的に神崎は使用しないと決めているし、魔物のメスに効くかは未知数だ。
本来、弱点というまでの点でもないが、強いて言うならだ。
今回のように、相手が魔物で、兵士を盾にとっているケースは苦手とするところだろう。
神崎は、兵士が掴まれている腕の一本にようやくたどり着いた。
偽物技巧師〈握力超過〉
それはバレッタとの戦いでコピーした握力を強化するスキル。
それで、兵士を掴んでいる蟲大蛇の指を握りつぶした。
が、それでは表面に神崎の手と同じ大きさの抉れを生じるだけで、指の一本一本が電柱のように太い蟲大蛇にはあまり効果はないようだ。
「くそ、もう一度」
何度も、連続で繰り返し、ようやく一本の指が剥がれた。
その隙間から兵士を逃がすが、当然、狙いが神崎に集中する。
きりがない。
神崎が今のペースで兵士を助けていても、終わりが見えない。
「神崎ちゃん! 兵士を助けるのはいいから、双頭竜で丸焼きにしちゃって! 多分、それが一番効果的だよ!」
ニニが蟲大蛇と交戦しながら、指示を飛ばす。
神崎もそれは頭では分かっている。
分かっているが、目の前の命を放っておけるほど、彼は冷酷になりきれない。
神崎の脳裡に一人の男の顔が浮かぶ。
ルーク。
君なら、どうするかな。
「神崎ちゃん、危ない!」
ニニの声が聞こえた時には、神崎は蟲大蛇の拳をモロにくらっていた。
北門の壁に打ち付けられ、その衝撃で頭から血を流す。
思えば、異世界に来て初めて喰らったまともなダメージかもしれない。
「神崎様、大丈夫ですか!」「衛生兵!」「誰か肩を貸してやってくれ」
近くの兵士たちが近付いてきて声を掛けてくる。
神崎はのろのろと立ち上がる。
手足の動作を確認し、異常がない事を確かめる。
「ありがとう、見た目ほどダメージはないよ」
覚悟は必要だ。
敵を殺す覚悟をしたのなら、味方を見殺しにする覚悟も同時に必要だったはずだ。
自分にはそれがあるのか?
神崎は目の前の魔物を睨みつける。
蟲大蛇の手に握りしめられた兵士たちは順に口の中に運ばれ、捕食されている。
その光景は悪夢としか言いようがない。
「……僕は」
神崎は冴えない高校生だった。
クラス内のカーストは真ん中より少し下。
いつも周りの顔色を窺って、印象の薄い男の子。
お約束の展開とはいえ、この異世界に転生し、主人公に選ばれたのだと、どこかで心を躍らせていた。
自分の見てきたテンプレ主人公たちも凄い力を貰って、簡単に世界を救っていた。
自分の番が来たのだ。
そう思っていた。
しかし、誰も、どれも、それも皆行動の末に辿り着いたエンドで、与えられた力とか、ご都合主義なんてものは読者としての第三者の視点でしかなかった。
皆、自分で決め、自分で動いた結果がハッピーエンドだったのだ。
それは、こんなにも大変で、こんなにも困難なのかと思い知らされた。
でも、出来るはずだ。
自分が主人公なら、自分さえ望めば、そこにハッピーエンドは待っているはずだ。
「僕は救いたい!」
矛盾してもいい、理論武装なんて知ったことか、情緒不安定? 何それ。
目の前の人間を救いたい。
今、神崎の中にあるのは、それだけだ。
それは、誰もが持っている普通の感情だ。
ヒーローになってみたい。
「うおおおおおぉぉぉ!」
神崎は走り出した。
目の前の化け物に向かって。
一人ひとり助けている暇はない。
この化け物が、次に兵士を口に運ぶ前に倒してしまえ。
先ほどまではその自信がなかった。
そんな事をしている間に誰かが死ぬのではないか?
でももう大丈夫だ、自分が主人公であることに気が付いたから。
神崎は飛んだ!
スキルにより強化された跳躍力で蟲大蛇の眼前にせまる。
―ドォン!
轟音に相応しい重い衝撃音が響いた。
神崎の踵落としが、蟲大蛇の鼻先に直撃したのだ。
蟲大蛇がダメージによって動きを鈍らせる。
「丸焼きになってもらうよ」
双頭竜!
神崎は炎を放った。
先ほどまでは兵士への被害が怖くて躊躇した攻撃方法だ。
「やっちゃって神崎ちゃん!」
ニニが檄を飛ばす。
炎は広がる。
蟲大蛇の全身へと。
しかし、その炎は兵士を焼き尽くすことはない。
神崎は蟲大蛇の鼻の穴に炎を放ったのだ。
神崎の頭ほどの大きさの鼻の穴に自身の手をかざし放った炎は、体内をめぐり全身に広がる。
蟲大蛇はぐねぐねとのたうち回ると、掴んでいた兵士たちのことなど気が回らずに次々と解放されていった。
「のたうってる蟲大蛇に踏み潰されるぞ! 早く逃げろ!」
解放された兵士たちは最後の力を振り絞り門の中に逃げていく。
多少の火傷や打撲は見られるものの奇跡的に全員無事に解放された。
神崎はその様子を見てニヤリと笑う。
これが主人公の力と言うものかもしれない。
「もう、遠慮しなくていいね」
神崎はのたうち回る蟲大蛇に最後の慈悲と言わんばかりに、兵士から一本の剣を借り、それを蟲大蛇の喉元に突き刺した。
その一撃に動きを鈍くする蟲大蛇。
一本で足りぬなら、二本、三本と神崎は喉元に何本も繰り返し突き立てた。
最後に動かなくなった蟲大蛇の全身に双頭竜で水をかけ、街に飛び火しないようにした。
「いやー、神崎ちゃん流石だね。こんな化け物あっさり倒しちゃうなんて普通じゃないじゃなぁい」
蟲大蛇の息の根が止まったのを確認すると、ニニが近付いてきて賞賛の声をあげる。
神崎はその声に屈託のない笑みで答えた。
彼はこの日、初めて本当の意味で自覚をした。
選ばれし者。
「うん、なんたって、僕は主人公だからね」
「なんか、よくわかんんなぁいけど、良い笑顔だねぇい、惚れちゃいそうだぁい」
ニニは首を傾げ、いまいち意味を測りかねていると、遠くの方で物凄い音がこだました。
「あれは、南門の方じゃない?」
「えー、南門は確かアシュバルちゃんが迎撃に向かったはずだけどなぁ」
「とにかく、ここは終わったんだ、行ってみよう」
神崎とニニは後処理を残った兵士に任せ、南門に向かった。




