第二十六話 来訪者、彼女の思惑 後編
「ついこの前まで憎しんできた相手との同盟だ。それなりに祝福、歓迎する建前や縁も必要だろ? それにお前らに都合のいいところで同盟破棄なんてされても堪らないからな。ここは一つ互いの国の懸け橋になろうぜ」
言っていることは素っ頓狂だが、理屈は正しい。
現にこの同盟の話を持ち掛けられた時、ルークは使えるとこまで使ってやろうぐらいに考えていた。
だが、両国の重鎮が結婚なんてしようものならそれは難しくなる。
ルークはもう一度書面に目を落とす。
ホイホイにとって有益な内容が多い。
共闘は勿論の事、植民地の共有や関税の減額まで至れり尽くせりだ。
植民地に関して言えば、ホイホイにはほとんど残っていない。
新国家設立の気に乗じてうまい具合に他国に根こそぎ略奪されている。
あくまでホニンとイリアタの植民地であったため仕方ないと言えば仕方ない。
ルークはダメ元で提案する。
「俺のような平民あがりより、うちの国の貴族の中から見繕うわけにはいかないのか?」
「おいおい、出来たばっかの国の格式も歴史もない貴族さんを仮にも次期国王に差し出そうってか?」
「いや、一応前国家からの貴族も残っている」
「それはそれ、今は今だ。新国家になったんだ、その辺はリセットだろ」
ルークは内心歯噛みする。
思ったより、この結婚と言う部分は相手にとって重要らしい。
バレッタからは譲ろうとする気が全く見えない。
「何故、俺だ?」
「私はこれでもお前を高く買っている。良い眼だ」
「あの時も言っていたが、その良い眼とは何のことだ?」
戦場でバレッタが口癖のように言っていた言葉。
良い眼と悪い目。
バレッタは特に隠す様子もなくさらりと話し始めた。
「死にたくないのに命を賭けることが出来る奴、それが良い眼だ。そして、死ぬのなんて怖くない、だから命を賭けられる奴、それが悪い目。その他は論外だ。命すら賭けられに奴に出来る事なんて何もねぇ」
バレッタはルークを顔を覗き見てケラケラと笑う。
「この間、お前と一緒に戦ってたねーちゃんがいたろ? ああいう戦場に慣れちまって命を賭けることが当たり前になっちまったら駄目だ。死んでもいいと思ってる命での命懸けなんて何も怖くねぇや」
ルークはあの日瀕死まで追いつめられたルイを思い浮かべる。
バレッタは続ける。
「だが、お前は違う。たまにいるんだ。死にたくないんだ、何としてもこの局面を乗り切ってやるんだって、矛盾するようだが、そのために命を賭けられる、そんな奴は例え格下であっても怖い」
バレッタは、自身の頬に手を添え、恍惚とした笑みを浮かべる。
「私より強いか、そんな強い眼を持った奴か、私の伴侶に相応しいのはそのどちらかだ」
そこまで言うと、バレッタは何か思いついたようにふと我に返る。
「そう言う意味じゃ、この間の無茶苦茶つえー兄ちゃんと結婚でもいいぜ。それかいっそ二人纏めて結婚するか? なんせ、私は次期国王だ。ハーレムぐらい作っても罰は当たらないだろ?」
「なんでもありか」
「力を持つものはなんでも許されるんだぜ」
「他の候補を上げてくれないか?」
「お前かあの兄ちゃんか両方だ。それか会わせてくれるなら吸血鬼の方も検討してやろうか? って言うか男なのか?」
ルークは只々頭を抱える。
メリットは大きい。
(本来ならすぐにでも書面にサインをしたい。
しかし、この女と結婚するとなると情報の漏洩の観点から言って不味い。
親密になれば、俺のもう一つのスキル異世界転生について探られる可能性が高い。
これは本当に俺の最後の切り札、出来ればもう誰にも見せたくない。
つまり、そのスキルにどっぷり関係している神崎を差し出すのも論外だし、そもそもあいつが頷くわけがない)
結果、ルークの出した結論は、
「……もう少しだけ待ってくれないか。すぐに結論は出すし、答えは俺がそちらに出向いて伝える」
保留。相手の気が変わらないとも限らない契約に関して、決して得策ではない。
しかし、バレッタはこれを快く了承。
「あぁ、仕方ないな。未来のダーリンが言うなら少しだけ待ってやろう。そっちも心の準備がいるだろうしな」
まるで、権力を持つ貴族の男が美しい町娘と無理やり結婚するときに使いそうなセリフである。
「で、うちともし手を組んだらの話をしようか」
バレッタは嫌らしくも仮定の話をする。
これはメリットをより明確に提示することで、ルークの選択肢を絞るためだ。
「うちとホイホイが手を組めば、人間の治める領土や武力の総合値で言えば、四番目ってとこかな。残りの上三つは、未だにホイホイの建国を認めていない国アシロ、人類の中では最大の領土、武力を持つメアリカ、魔族との関わり合いが一番強い華中、この三つまで手中に収めれば、人類は統一だ。対魔族も少しは希望が見えてくるんじゃないか?」
「別に人類の統一は目標ではない。魔族を潰し傘下に加えれば、自然と人間もついてくる」
「今までそう言って、中途半端な力で魔族に挑んで散っていった歴史なんてガキの頃には習っただろ?」
「…………」
バレッタは思った以上に戦況を把握していた。
ルークとて、本当に人類を統一せずして魔族と戦えるとは思っていない。
人間が他の魔族よりアドバンテージがあるとすれば、数の多さ、その点かもしくは人間だけが持つことが出来るスキル、本当に規格外に凄いスキルを発現させた人間が現れれば或いはと言った具合だ。
数で戦うにせよ、希少価値の高いスキルを探すにせよ、他の魔族と戦うなら人類統一をしておいた方が勝率は高くなる。
「うちは武器製造に関しちゃ人類でもトップクラスだ。その力が要らないわけねーよな」
「……銃の製造は可能か?」
「勿論可能だが、あれは銃身より弾の製造の方が問題だな。銃の発砲の衝撃に耐えうる素材であるトリニティは人類の領土内じゃほとんど取れねー、なんぼ銃身製造したところで弾がなくちゃ意味がないぜ、お前個人で持つ分ぐらいの弾なら何とかするが、兵士に行き渡らせるまでの大量生産は現実的じゃねーな」
ルークが銃器を自軍に行き渡らせる計画をかねてより考えていた。
それだけでも人類統一なら大きく有利になるだろう。
しかし、この世界の銃器は神崎のいた世界の銃器とは少し違う点があった。
銃身自体はそれほど変わらないが、銃弾はトリニティという特殊な鉱石を加工した金属を使わなければかなりの確率で暴発するのだ。
トリニティは獣族の縄張りとする森や炭鉱で多くとれる鉱石で、どの種族にも起こりうる力の暴走を抑えてくれる作用があるとされている。
精密な機械である銃を使う際、人間で言うところのスキル(この部分が神崎のいた世界との違い。見えない力である)が銃事態に負荷をもたらし暴発の危険性を高めている。そのためトリニティで最後の調整をしているという結論に落ち着いている。
まだ、完全に解明されたわけではないが、スキルとは本来人間が圧倒的に強い他種族に対抗するために進化の過程で生まれたものだ。
ハズレスキルや完全に戦闘向きでないスキルもあるが、基本的に戦う為に生まれたものだ。
それ故に、どんなスキルでも発動中は使用者の戦闘能力を本当に微弱ではあるが、高めている。
脚力が上がる、頭の回転が速くなる、また使用者の武器の切れ味がよくなるなど、測定すれば誤差程度だが、千が千一になる程度には上がる。
しかし、それが細かい構造である銃にとってはマイナスに働くのだ。
色々な研究者が試行錯誤し、銃身自体にトリニティを組み込んでみたりもしたが、肝心の弾丸の照準が狂うことが多く、結局のところ銃弾、正確に言えば薬莢の部分に使用するのが一番安全性と性能を高める結果に終わった。
値段の面も大きいが、銃が人間の間で出回り辛いのは、この辺が理由である。
「まぁ、それもそうだな」
ルークもこの点を知らなかったわけではないが、ラブジル側にこちらの知らないカードがあるのではないかと淡い期待を込めて聞いてみただけだった。
「まぁ、お前の分の弾丸を調達するのにしたって、私らを通せばいくらか楽になるぜ」
「それは助かるな」
素の能力が怪物たちと渡り合うには心もとないルークにとって銃は頼みの綱の一つでもある。
これからは残弾を気にせず使用できるようになるとずいぶん楽になるのだ。
結論を急かすわけでもなく、この後しばらく二人は互いの国についての情報を交換した。
そして、いくらかの時間が過ぎ、バレッタはソファから腰を浮かせ、立ち上がった。
「じゃあ、出せるもんは全て見せたし帰るとするか、答え楽しみにしてるぜ。いくぞ、ジャッカル、リール」
その声掛けにルークとバレッタの会話の間微動だにしなかった二人の男女の部下が、バレッタの背中を守るように並んだ。
その去っていく背中にルークは最後に問うた。
「最後にいいか?」
「どうぞどうぞ」
「お前の回復スキルは他人を治せないのか?」
「あぁ、私専用だ。他人は治せねぇ」
「そうか」
「誰か大怪我でもしたかい? まぁ、残念だったな。そもそも回復系スキル自体が貴重だが、さらに他人まで治せるとなるともう国の宝だろ」
そう言い残すと、扉を豪快に開け、バレッタは嵐のように去っていった。
その間、ぶるぶると震えていたシグレがようやく声をあげる。
「……ご結婚おめでとうございます」
「……シグレさんも嫌味が言えるようになりましたか」
こうして嵐のような来客とは一段落した。




