最大の壁
ただ静かなだけなら良かった。
遠目から見ている分には気が付かなかったが、街中を走り抜けているとそこかしこから「助けて」「死ぬたくない」「俺はここにいる」と生者と死者の狭間で彷徨う亡霊たちの声が聞こえてくるのだ。ある者は国を襲撃された獣族、ある者は返り討ちに会った亜人族、ある者は漁夫の利を狙い混戦に巻き込まれた人族。
その誰もが叫ぶ力すら残っておらずか細い呻き声をあげるのだ。
最初にここに付いた時、ルークたちは生き物の気配を感じない終戦した場所だと思っていた。が、それは少し違った。まだ戦いは終わっていない。兵士たちの息があるのだ。彼等は命を賭けこの舞台に上がっている。ならば、そのチップが尽きるまで戦争は終わらない。
「見慣れたもんだ」
「堕天使の僕様が言うのもなんだけど、ここは地獄だね」
「戦場はいつもこうだぜ。いや、こうでなくちゃいけない」
ルークたちもホイホイ時代に植民地を拡大する為に数多の戦場を作ってきた。今更困惑することはない。
小一時間程移動すると街の終わりが見えてきた。
「あそこを抜ければ鉱山ですです」
ここまで大きな戦闘はなく、順調に街中を駆け抜けることが出来た。だから、ほんの少しだけ緩みが生まれた。
「待っていたぞ」
その男の声には聞き覚えがあった。
先頭の方にいたヨハネは一歩下がると取り残されたドロクが地面に貼り付けにされる。
「ぐえー」
「ドロク!」
皆の足が止まる。
「相変わらず勘の良い娘だ」
険しい顔の大男がぬらりと現れた。
街を出る門の前で待っていたのはかつて人類最強と恐れられた男、オセロムだった。セブンズ総動員でやっと取り押さえることの出来た超級戦力。
そんな男がこんな街の端で何をしていたのか、ルークたちの目はそう語っている。
「そう不思議そうな顔をするな。無論、お前たちを待っていたのだよ。お前たちがこの戦場に現れ、一枚噛もうと思えばまずはトリニティだろう? 我はそれを読んだだけだ。不思議はあるまい」
「わざわざ俺たちのような者の為に待ちぼうけさせて悪かったな。まだ戦場の後片付けが残っているんだろ? 早くそっちに合流した方がいい」
オセロムはその言葉を聞いて珍しく仏頂面に笑みを作った。
「まだ終わっておらんよ」
オセロムは街の中心を指差す。
「主戦場が変わっただけだ」
その先には禍々しい存在感を放つ魔王城が見える。
「まさか、皆あそこで戦っているのか?」
「皆と言えるほどもうどの陣営にもまともな戦力は残っていないがな。少なくとも神崎殿や魔王はあそこにいるよ」
思わぬ情報、そして最も警戒していた特級戦力たちの居場所。
「何故、それを俺たちに教えた」
オセロムの表情が険しいものへと戻っていく。
「無論、ここで終わらせるからだ。ホイホイ、いや人類の最大の敵は獣族でも亜人族でも、ましてや魔王でもない。貴様だと反逆者ルークよ」
オセロムの殺気を誰よりも早くヨハネが感じ取る。
「左右に散るですです!」
周囲の人間を地面に貼り付けにして動けなくしてしまうオセロムのスキルへの一番の有効策はその範囲外へ逃げるしかない。
ルークたちが即座に左右の建物へ散っていく。
「我は別に一匹ずつ潰しても構わんのだよ」
一瞬でリュミキュリテの右足の骨を砕くように踏み抜くとその勢いのままジャンプし高所に糸で止まっていたアレーニェへと拳を向ける。
「さぁ、お前たちの力を見せてみろ‼」
トリニティ鉱山を目の前にして最大の壁が立ち塞がる。




