貴方と私の違い
チェスマンは膝をつく。
「何故です? 何故です? 何故なんです? ジェントルな私の人選は、作戦は、手段は全て完璧なはずなのに」
ジャリっと足音がして神崎がチェスマンの前まで歩いてくる。
「貴方は、貴方は一体何者です⁉ 人族如きがジェントルな私のキングに勝てる筈なんてないはずないでしょう‼」
動揺を隠せないチェスマン。逆に神崎はこれまでの彼からは考えられないぐらい落ち着いていた。人を一人殺したと言うのにだ。
「別になにも。僕は特別なことは何もしていないよ。強いて言えば僕が特別だったんだ。なのに、これまでの僕は常に手加減をし続けていた。殺さないように、やり過ぎないようにとね。でもこれからの僕は本当の意味で手加減なんてしていられないんだ。この世界を救わないといけないからね」
神崎は初めて本当に一切の迷いもない『本気』を出したのだ。
「ありえない。特別はジェントルな私だけで充分です‼」
チェスマンは地面から槍を出現させそれを神崎に発射する。
が、それは神崎の目の前で脆い硝子のように砕けて散った。
「なっ‼」
「同じ技をコピーして相殺することも出来るけど、こうやって異能自体を消し去ることも出来てしまう。どう? まだ君に勝ち目はありそう?」
神崎はこれ以上ない力の差を見せつけた。
チェスマンはあまりもの未知の力に、格の違いにすっかりと傷心してしまう。
「……終わり? このジェントルな私が? まだ魔王になってもいないのに? あの男に本当の天才はどちらなのかを見せつけていないのに?」
神崎は地面に膝をついているチェスマンに語り掛ける。
「君はどうして人を殺せる? 君のそうまでしても達成したい目標は何だったんだ?」
「……今から殺す相手にそんな事を聞いてどうなるのです?」
「ただ知りたいだけだよ。僕は誰かを殺す覚悟を決めるまでの多くのものを失ってしまった」
今でも考えないわけではない。
ルークと共に歩むことが出来たかもしれない未来。
「ふふふ、貴方と同じですよ」
「……?」
チェスマンは答えのわからない子供を微笑ましく見守る教師のような笑みで「さっきまで散々言ってたじゃないですか」と続けた。
「特別なんです。ジェントルな私は特別なんですよ。結局、誰かを自分の利益の為に殺せる奴なんてのは自分を特別と疑わない者。他人の命を自分の命と等価と思わず、軽い綿毛のように扱える人物。ジェントルな私は何が何でも成り上がりたがった。全ての民に認められたかった。貴方のよく知っている男もそうではなかったですか?」
神崎の額に嫌な汗が伝った。
それはチェスマンの話にいくらかの納得を覚えたこと、そして彼の中にルークの面影を見てしまったためだ。
「貴方もようやくそのステージに立ったと言う事でしょう。まぁ、それだけの力があって今まで自分を特別視しなかったことの方が驚きですけどね」
「……僕はただこの世界が平和であって欲しいだけだ。だから、君やルークのような傲慢な悪は殺さなきゃいけないと決めたんだ。その特別が……同じであるはずがない」
確信を持った言葉なら、信念を貫く言葉なら最後は間髪入れずに言い切るべきだった。神崎は言葉を吐いた後に後悔した。
「別になんでもいいですよ。ルークやジェントルな私を悪と決めつけるのもよい強い者の言葉なら従うしかないんですからね」
「強いとか弱いとか関係ないだろ」
「あるでしょ。それしかないまである。だから、強い貴方はルークを国から追放できたんでしょうに」
チェスマンは立ち上がり膝に付いた埃を払った。
「もういい加減気が付いているのでしょう。悪も正義もこの世にはないんです。ただ個人がいて、それらが思い思いに自分が良いと思うことを行う。それだけです。ただジェントルな私やルークの行いが多くの者の妨げになり、理解されにくいだけなのです」
「……それを悪と言うんじゃないのか」
「もういいです。どうせ死ぬのです。そこまで討論する気はありませんよ」
チェスマンの円らな瞳はどこまでも無機質で最後まで神崎のことなんて移してはいなかった。
「最後に一つ。ルークは勝ちますよ、貴方に」
「どうして言い切れる?」
「目指す到達点はジェントルな私と同じでしょう。だけど、彼は私以上に純粋だ。私のような偽物のカリスマではなく、本物を持っている。不純物がない。ふふふ、不純物しかないと言ってもいいですけどね。こればかりは単純な強さ以外の要素で、私が唯一ルークを評価する点です……後は歪んだ親心です」
チェスマンは「育てのですけどね」と付け加えた。
そして、丸い身体に小さくついた両手を大きく左右に広げる。
「それでは死出の旅路に出発します!」
次の瞬間、辺り一面が光った。
次に爆発。
どうやらチェスマンは会話で時間を稼いでいる間にポーン兵を自分と神崎の周辺に大量に配置し、最後の悪あがきで道連れ自爆を試みたのだ。
無論、これは失敗する。
チェスマンやポーン兵の四肢は爆散したが、神崎には傷一つついていない。大量にコピーした異能の一つで空を飛び、安全圏へ避難したのだ。
神崎はこの国の王を滅ぼし、王のいない無秩序な国を生み出した。最早ここは国ではない。本来争う敵だった獣族の大半が命を落とし、目的のない血だけが流れ始めた。
神崎の目的であるルークを空の上から探した。しかし、視認できる範囲には見当たらない。彼ならきっとそれでもこの混沌の中心に居るはずだ。神崎はそう確信し、ハクアの中心に突如現れ鎮座している魔王城へと向かった。




