救いの森
―ハクア二層目(居住区)
ドアの外、数十メートル先では激しい戦いが繰り広げられている。
獣族の母娘は静かに家の中で震えていた。
「ママ、怖いよ」
「大丈夫よ。戦争はね、ルールがあるの。戦うのは兵士さん同士だけなのよ。私達の所までは来ないわ」
「で、でも、負けたら殺されちゃうんでしょ?」
「大丈夫。その時はちゃんと降参しますって言えば殺されたりしないわよ」
母親は子供を少しでも安心させるために必死に言葉を尽くしたが、内心自身も不安を拭えなかった。獣族は比較的好戦的で戦を起こすことが多かったが、この二層目まで攻め込まれることは稀だ。少なくとも母親の生きてきた中では今回を含めても二回しかない。
聞くところによると今回は本当にまずい事態らしい。
数だけでまとまりのなかった人族が遂に内で統一され攻めてきているだけでも厄介なのに、そこに因縁の敵である亜人族まで来ている。
(やっぱりあいつが来てからおかしくなったわ)
母親は球体の怪しい男を思い浮かべた。
(ジェントル、ジェントルと胡散臭い口癖で私達の王であるドラゴ様の隣に立ち、いくつかの政策を強引に通し始めたあの男、実は敵なんじゃ?)
そこまで思考した時、ドアを蹴破る音がした。
「おい! こっちだ! へへ、やっぱり物音がしなくてもいるじゃねーか。あんな短時間で非難なんて出来るはずないよなぁ」
不穏な言葉を口にした人族の兵士らしき男たちが数人家屋に入り込んでくる。
「俺たちゃ、別にルークになんて興味ないんだよなぁ」
「そうそう、適度に一方的有利な戦場で遊びまわらせてくれればそれで満足ってもんよ」
「なんなら、ニアリス様よりルークが頭の方がやりやすかったかもなぁ」
「ガハハ、かもしれねぇ」
男たちは獣族の母娘を無視し彼女らの家で我が物顔で好き勝手に会話を繰り広げる。母親は震える喉を唾を飲み込み必死に抑え口を開く。
「あ、あの、あなたたちは一体?」
「あん? 俺たちゃ見てのとおり只の雑兵さ。気にしねぇでくれ」
「そうそう、どこにでもいる普通の一般兵士」
「まぁ、化け物だらけのこの世の中でいつ散る命とも知れねぇだ。だったら、せめて今を楽しまなきゃな」
そこまで言い切ったのち男たちは全員が下卑た表情を浮かべた。
「これも戦利品みたいなもんだ。我慢してりゃ最後は楽に殺してやるよ」
男たちは剣先を母娘に向けたまま下半身の装備を脱ぎ始めた。
この先に起こることなど誰だって分かりきったことだ。
ただ、蹂躙される。
いくら獣族とは言え訓練も受けていない民間人の女性が複数人いる人族の兵士に勝てるわけがない。
母親はせめて娘だけでもと背に隠し立ち上がった。
「……娘だけは助けてくれませんか」
「はは、俺たちも鬼じゃねぇ、ただのか弱い人だ。そこまで言われちゃ仕方ねぇ」
母親が緊張感の中でその言葉を聞いてほんの少しだけ弛緩した。
瞬間に娘は斬り殺された。
「うーん、やっぱり目の前で母親が犯されて殺されるなんて可哀想じゃないか?」
「違いねぇ」
「嘘つけ、お前絶望した女を犯したいだけだろ」
また下卑た笑いが起こる。
母親は絶望した。悲鳴さえ出てこない。ただただ全身が震える。この世界に救いはないのかと。
救いはあった。
それは神からではなく誰かの一方的思惑によるものだが。
母親と兵士のいる建物がドカンとあっけない音を立てて吹き飛んだ。
それを皮切りにするようにいくつかの建物で爆発が起こる。いや、建物だけではない。戦場でも次々に爆発が起こり獣も亜人も人も敵味方関係なく巻き込まれ死んでいく。




