少なくとも彼女たちには
神崎の表情は苦悶そのものだった。
足元は死屍累々、少なくとも百人近くは殺されている。
目の前の鬼たちにだ。
理由は分からない。
少なくとも神崎が初めて見た時の彼女らは人間だった。しかし、拳を突き合せていると嫌でも分かってしまう。吸血鬼だ。鬼々程の練度はないけれど、一発一発に確かな圧が乗り、そんな化け物が二人もいる。
それだけでも厄介なのに、彼女らは足止めなのだ。
ルークらはこのままでは遠くのどこかへ逃げおおせてしまう。
「どけぇぇぇぇぇぇ‼‼‼」
神崎の語気は自然と強いものに変わっていく。
拳に炎の竜が宿り、それを振り下ろす。
イチはそれを片手で払いのけ、神崎の顔面に力任せに掌底を食らわせる。連打を喰らわないように神崎が足を地面からイチの顔目掛けて蹴り上げると、それが一の鼻先を掠り、警戒して距離を取る。
「なんでだよ、なんで君たちみたいな何の罪もない子を僕が倒さなくちゃけないんだ」
神崎の後方では他の兵士たちをまとめて相手にしながらも姉の戦況を窺っているニーがいる。
彼女らにもう言葉は届かない。子供の精神の彼女らに吸血鬼化の負荷は計り知れないほど大きい。
ただ、吸血鬼化する前の最後の意識、ルークの役に立つ事。それだけを忠実に果たしているに過ぎない。
「……罪?」
イチが神崎の言葉を受けてオウム返しのように繰り返す。イチが残った僅かな意識で、その言葉を反芻し、自分の言葉を口にした。
「罪、罪なんて……誰が決めているの?」
瞬間、イチが消えた。
違う。目の前の地面を物凄い力で蹴って、神崎の視界から消えただけだ。イチは直ぐに左方から現れ、神崎の頭部へフック気味に拳が襲い掛かる。
「あなたの目から見てルーク様が罪人でも私達にとって神だった‼」
二人の拳の応酬が始まる。
「私達があなたにとって罪のない市民だと言うのなら、大人しく殺されてよ‼ どこのだれが決めたのか、主観だけの都合の良い裁量決めつけの罪なのか知らないけれど、拳を握った奴が被害者面しないでよ‼」
言葉を吐けば、それだけ隙が生まれる。
だけど、押されているのは神崎だった。
吸血鬼とのスペック差か、それともその言葉へ返す言葉を持たない無力さからくる抵抗力の低さなのか。
神崎が歯を食いしばり耐えるが、足元の瓦礫に足を取られてしまう。
(しまった!)
神崎が死を覚悟し目を瞑る。
しかし、予想される次の一撃が降りかかることはなかった。
「ニー‼‼‼」
イチの叫びが広場に響き渡った。
神崎が後ろを振り返れば、イチが地面に伏し動かなくなったニーの元へ駆け寄るところだった。
吸血鬼としての寿命がイチより先にやってきたのだ。
五十二分十三秒。
それがニーの命の時間だった。
彼女らの基礎のスペックから考えれば長くもった方だ。
吸血鬼になり果てた今でも彼女らの根底姉妹愛は揺るがない。何が起きたのかわからないホイホイの兵士と神埼は呆然とする。
(急にどうしたんだ? 誰かが倒したのか? いや、流石に吸血鬼を単独で倒せる人なんているはずがない)
固まった場は少しずつ溶けていく。
そう、チャンスだ。
絶対に倒しえない吸血鬼化したイチがニーの死により無防備で取り乱している。そのがら空きの背後に最大火力の一撃を食らわせば流石のイチだって絶命する。
神崎の握った拳に汗が滲む。
みんなを救う為には仕方がない。
しかし、それは彼の理想とする正義の行いなのだろうか?
右手をイチのいる方向へ定める。
身体は狙いを定めても心が揺れたままだった。
ルークに利用されているだけかもしれない子供に向かって明確な殺意を持って放たなくてはならない。
それは異世界へ転生してこの世界に救済をもたらすはずの自分の行いではないはずだ。でも、ご都合主義の解決策はいつまで待っても出てこない。現状、何故彼女らが吸血鬼になったのかさせわからないのだ。どう救えと言うのだ。
彼女らは救えない。ならば、ここにいる民や仲間だけでも助ける為に彼女らを攻撃するしかないではないか。
耳障りの良い理論武装。
でも、選ばなくては何も残らない。
「……双頭―」




