非常識な来客への対応 後編
ドロクは悟った。
あぁ、これが本物のマッドサイエンティストなのだと。
ドロク自身、前いた世界で数百人の人間を実験により殺してきた。でも、それは彼なりの基準での殺してもいい人間。そして、その研究の先にそれ以上の成果があると信じての所業だった。
だが、これは違う。
単純な愉悦。
子供の抑えの効かない短絡的に得ようとする愉悦そのものだ。
ドロクも苦悩した。
(どうする? あっしは戦闘タイプじゃないけれど、ステニーを抑えつけてルークさんに麻薬ワント秘密を明かすぐらいならできるんじゃないですかね)
ドロクは自身の発明品である手袋に視線を落とした。
その手袋は『物質変換』という手に触れたものの材質、面積、性質などを自由自在に変えることの出来るアイテムだ。
(これでステニーを拘束してしまえば)
―ドッッッッ‼‼‼
ドロク、ステニー、ルーク、それぞれの考えなど嘲笑うように現在は待ってくれなかった。追っ手のハレルがすぐ後方まで迫っていることを伝える爆音が城内に木霊する。
(見捨てるしかないか。俺は何を迷っているんだ。どこにでもいる底辺。奴隷だった底辺じゃないか。別にこいつらを見捨てたところで何も変わりはしない。プラスもマイナスもないんだ。なにより俺自身の命が今は危ない。ここまで散々切り捨てて来ただろう。今更偽善者面なんて虫が良すぎるんだよ)
(あぁ、最高だ。ルークの顔が歪んでいる。こんな男にもまだ葛藤するだけの善政が残っていたのですね。そして、目の前で私の作った麻薬で苦しむ少女。出来ればもっと近くで少女を確認してみたいな。でも、後ろの私の作った可愛い人工混合種族たちを殺した青年の研究もしてみたい。あぁ、華中を出て正解だったな)
(時間がない。ステニーを拘束しやす? でも、そんなことをして後ろのやばい奴に追いつかれて全滅していては元も子もありやしやせんぜ)
「……イチ。悪いが―」
最初に声を発したのはルーク。
絞り出すようなか細い声だった。
彼は正義のヒーローではない。
今までもこれからも多くのものを切り捨てなくてはならない。
それでやっとのことで頂点たちと並べるかも知れないというか細い糸に手をかけることが出来るのだ。少なくともルーク自身はそう思っている。
頂きに生きている証を刻むのだ。
……刻むのだ。
「―ステニー、本当にその子を助ける方法は無いんだな」
「ないない」
「そうか。以前も言っていたかもしれないが、その中毒症状が続けば数週間で命を落とす可能性もあると言う認識であっているか?」
「子供だともっと短いかもねー」
理屈に合わない。
合理的ではない。
馬鹿らしい。
(元から馬鹿げた野望だ。そして、俺は欲のままに生きる。好きなように切り捨て、助けたいものだけを助ける)
ルークは腰に隠した拳銃を構えた。
「イチ、悪いがそこのドロクと言う男と城の貯蔵庫にってくれ。パンプキンケーキがまだ残っている。それを食べればニーの症状はひとまず収まる」
「そんな! ニーはあのケーキのせいで苦しんでいるんですよ‼ これ以上食べたらどうなるか‼」
「悪いが細かい説明をしている時間もないんだ。それで一次凌ぎになる。その後のことはまた考える。本当にすまない」
「……一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「ルーク様は悪い人なんですか?」
ルークはその言葉が嫌いだった。
善悪なんてものはそれぞれ触れ合う面ごとに形や表情を変えていく。
ある者にとっての善は他の者にとっての悪なんて話は腐るほど存在する。
だから、彼は善悪を否定する。
善でも悪でもなく個人。
ルークがルークの思うままに生きる。
個を望んだ。
個の欲望に、自身の欲するものに忠実に生き、誰にも邪魔されずその欲望を満たす。
それを悪だとは言わせない。
生き物の自然な生き方だと信じている。
だが、相手は子供だ。
少しの譲歩は必要だろう。
言わせない。
でも、大人が子供に言い聞かせるように自分自身に嘘をつくことになってもいい。
言わせない。
でも、自分で名乗る分には譲歩しよう。
「そうだ。俺は悪い人なんだ」
イチの瞳は強く揺らぐことはなかった。
本当に強い少女だ。
だから、ルークの言葉に返す言葉を持っていた。
「……そうですか。じゃあ、悪い人に救われた私達も悪い子かも知れませんね」
「それは違う」
イチはルークの否定の言葉を受け取らない。
「私、悪い人が大嫌いなんです。残酷で我儘で私達を人として扱わない。そんな人をたくさん見てきた。だから、これだけは守ろうと昔から決めていたことがあります」
彼女を弱いと称す者はどこにもいないだろう。
「悪い人に借りは作りません。直ぐに返しに行きますから」
イチは涙を目尻に貯め、ドロクとニー、店長と共に貯蔵庫へ走った。




