みんなが欲しいもの
ティグレはほくそ笑む。
見たいものがすぐそこにあるような気がした。
望めば手に入るなんて嘘だ。
手に収まる以上のものを望めば零れ、奪われ、全てを無くす。
それでも、それを分かっていても望むのだ。
強く欲する心が望む。
「随分舐められたものだ」
音が止んだ。
研究施設への入り口に大きな一閃が刻まれる。
「夢は語り終えたか? ならば後は薄汚い貴様の現実に戻る時間だ」
声がする。
静かで重い声。
「ここまでさぞや順調だったんだろうな。誰かを虐げ、犠牲にし、自己の利益以外を計算せずに生きて来たんだからな」
足音がする。
逃れることの出来ない狩人の足音。
「聞こえていたぞ。人工混合種族? 確かにそのやり方なら強い兵士を量産出来るかも知れないな」
振動がする。
ルークの唇が、骨身が、全身が、震えていた。
「ステニー‼ ドロク‼ 後のことは考えるな‼‼ ここにいる人工混合種族の実験体を全て奴に投入しろ‼‼‼」
生存本能。
ステニー、ドロクはこの場の誰よりもそれが強かった。
それは一瞬でも長く自己の探求心を満たす為にだ。
ルークが指示を出す前に彼と彼女は動き出していた。明らかに押してはいけない外装のボタンを押すと、研究施設全体から物々しい音が響き渡った。
「上だ! 地上に逃げるぞ!」
―スパッ
僅かなズレ。
盾にしていた人工混合種族実験体の死角から実験体ごと脇腹を斬られた。
ルークは一瞬顔を苦悶に歪めると、そのまま脇腹を抑えて走り出す。
「殺せ‼」
ルークの怒号で実験体たちはハレルを襲う。
どれもこの世界基準でも上位に属する戦闘能力を備えた化け物ばかりだ。
しかし、それらは確実に切り伏せられていく。
(確かに強いわね。亜人族と比べてもかなり上位の者にしか倒せない戦闘能力だわ)
ハレルの肩の上でアメは分析する。
(だけど運がないわね。ここにいるハレルはその亜人族の中でも最上位。歴代屈指の実力を誇る。国を抜けていなければいずれは亜人族の長になれた逸材中の逸材よ)
人工混合種族たちはあっという間に半数が切り伏せられた。
そこまで見てアメは違和感を覚えた。
「ねぇ、ハレル。聞いていいかしら?」
「なんだ? 今は戦闘中だ。手短に頼むぞ」
アメはなるべく言葉を選び、端的に伝わるように口を開く。
「もしかしてわざと?」
「………………」
その質問にハレルが答えることはなかった。
イチは小さな体躯を揺らし、息を切らし走った。
住み込みで働いているパン屋『ラフィジェル』の店長は衰弱したニーを背負いながら並走している。
ニーの衰弱はルークが広めたパンプキンケーキ、その中に練られていた麻薬ワントの効果によるものだ。
「おい、こっちはもう王城しかないぞ」
「はい、そこに向かってるんです」
皮肉なことに自身の妹を今の状態に貶めた張本人に救いの手を求める。
「あんた城の専属医にでも伝手があるのかい?」
「いえ、もっと凄い方です」
自分たちを地獄から救ってくれた人間。
彼女たちの英雄。
しかし、その英雄は現在絶賛絶体絶命中だということは彼女は知らない。
彼女はそれを感じていた。
「外が騒がしいですね。大戦中で殆どの者が出払っているはずですが」
その部屋には二人の女性がいた。
「今、偵察に数人向かわせてますが、どうやら侵入者みたいですね」
「そんな! こんな非常時になんて、守りの方はどうなっているの?」
「それがどうも場所がルークの秘密裏に拡張していた地下水路のようで我々では内部の詳しい様子が探れません。いつもはルークの秘蔵部隊で対処していたようですが、そちらも現在殆どが大戦に駆り出されています」
「……仕方ありませんね。なるべく有事の際以外は動かしたくなかったのですが」
「今がその有事かと」
「そうですね。召集をお願いします。侵入者が地下から地上へ上がってきたところを叩きましょう」
「はい」
女性の一人は指示を受け、部屋を出た。
もう一人の女性は窓の外を眺め、憂鬱そうに吐息を漏らす。
「礼嗣様は大丈夫かしら」
この人類の運命を決める戦争の終わりは近い。




