邂逅する闇と光
逃げている二人を明らかに人族を超えた動きで追う追跡者。
すぐに二人の逃亡者は逃げ場を無くし、背後に壁だけを残した。
「あんた、自分が殺されないからって随分無茶ばかりしてる見てーじゃねーか。俺も他の隊の人間も仕事の邪魔されて迷惑してんだよ」
追跡者は苛立つ声を逃亡者の女にぶつけた。
女はその言葉にわなわなと震え、背後のもう一人の逃亡者である男を庇った。
「仕事、仕事と仰いましたか? これが、罪なき彼等を殺すこの所業が仕事だと仰るのですか!」
「はぁ、ニアリス様よぉ、ここはあんたの国でもあるんだぜ。その国の端々にそこのゴミみたいな中毒患者が転がってたら嫌だろ? 俺たちが景観の為に掃除してやるって言ってるんだよ」
「その中毒者を大量のパンプキンケーキで生み出したのは誰ですか‼」
「うるせえぁ。俺はアレーニェ隊長に命令されてるだけなんだから細けぇこはと知らねぇよ。大体、楽しい楽しい戦争の真っ最中になんで俺だけ居残り掃除なんだか。あぁ、もっと骨のある奴殺したかったなぁ」
「……あなたの顔見たことがあります。元兵士ですね」
「これはこれはかの高貴なニアリス様に顔を覚えて頂けていたとは光栄だ。だが、暮れの戦闘中右足を切り落とされて退役したのまでしてたかい?」
男の名はモール。
元ホイホイの兵士だった男だ。
あまり良い噂を聞かないごろつき崩れの兵士だったが、腕が経ち、なにより血と女と酒を好んだ。本能に忠実な男。
しかし、度重なるホイホイの他国植民地化の戦闘の一つで彼は右足を失った。
そうなればもう兵士としては使い物にならない。兵士としての地位を失い、残ったのは酒だけだった。
「で、この両の足は多少変質してるが元気に二本付いてる。不思議だろ?」
モールは靴を履いていなかった。
そこには高速移動を可能にする力強い蹄が剥き出して見えているのだ。
「……ルーク様ですね」
「いや、俺は上の方は知らねーよ。だが、ある日アレーニェ隊長が今の俺みたいな半獣族化した連中引き連れてきてよ。また、戦場に戻してくれるって言うんだ。そしたら、こんな見事な足や爪がついちまった。知ってるかい? これで殺す時の快感はただの人族だった頃とは比べ物にならねー」
そう言うとモールの両手の爪が十数センチ伸びる。
「あんたは絶対に殺すなってアレーニェ隊長に言われてんだ。頼むから仕事の邪魔しないでくれよ」
「やるのなら私ごとやりなさい‼」
ニアリスはホイホイの実質支配権をルークに渡して以降、思い悩んでいた。自分は何と無力で愚かなのだろうと。そして、そんな自分に何が出来るのだろうと。
そして、始めたのが知る事。
今、この国で、外の世界で何が起きているのか。
もう箱の中で大切に育てられ姫様のままではいられない。
彼女はそう思い、本当に信用できる兵士たちを密かに集め初め、自分にも出来る事を探している最中なのだった。
「けっ、他の連中に聞いてはいたが、本当に面倒なことを始めやがったな。姫様よ」
「……一つ訂正があります」
「あ?」
ニアリスの目はもう曇らない。
真っ直ぐに前を見据えるだけだ。
「私はこのホイホイ初代国王、ニアリスです! 姫などと言う称号はとっくに捨てました‼」
モールは一瞬、目の前の女の子に圧倒された。
力の差は歴然。モールに敗北する要素は何一つない。
それでも足は一歩後ろに下がっていた。
「ちっ、もうどうでもいい。ちょっとぐらい痛めつけてもアレーニェ隊長の説教程度ですむだろ」
後ろで庇われていた中毒患者が嫌な雰囲気を感じ取る。
「お逃げください、ニアリス様!」
「逃げません‼」
モールの鋭敏な爪が彼等を襲う。
「思った以上の腐り具合だ」
彼が腰の刀を抜いた動作は誰にも見えなかった。
だが、結果だけはしっかりとそこに残った。
「は?」
それがモール人生最後の声だった。
モールの動体は縦に二つ、見事に割られ、数秒のち切り口たちは思い出したように血を噴き出す。
「ハレル、すっきりしたわ」
「あぁ、アメ、俺もだ」
明らかに亜人族の二人組。
聞きたいことは山ほどあるが、振り絞った覚悟と現状の情報量の多さにニアリスは腰が抜け、その場にへたり込んでしまった。
「話が聞きたい」
次の言葉を発したのは流浪の亜人族の男、ハレルだった。




