彼等の名は
伝令の兵士の言葉を聞いて、ルークは激昂した。
「俺は聞いてないぞ! バルゴスの奴、なんでそんなところにいるんだ! あいつがいないと傷塗れの犬の指揮は誰がとるんだ!」
ルークの激昂を冷めた目で見つめるのはティグレだ。
「まぁ、いいじゃないか。元々、あいつらに指揮なんて無用の長物だろ」
「しかしな……くそ、一見まともそうに戻っていたかと思ったら、バルゴスの奴め。」
「あんな大人しそうな奴が、ここまで指揮系統を無視した暴走をするとはな。やはり、混合種化はリスクを伴うようだな」
「くそ、覚悟の上だったが初手を外してしまうと気分が悪いな」
「軌道修正にそこまで大きく問題もないだろう?」
「それはそうだが」
「いっそ、バルゴスが双子を倒してくれたりしてな」
「ふっ、それなら不問にしてやるよ。でも、やはり問題は傷塗れの犬の指揮だな。もう既に放たれているんだよな?」
ルークは伝令の男に視線を戻す。
「はい! 命令通り周囲に味方の兵は近付かせないようにしてはいますが、あれは一体? どう考えても……人間には見えないのですが」
伝令の兵士は明らかに怯えていた。
それをどこか愉快そうにルークが窘める。
「こらこら失礼なことを言うな。れっきとした俺たちの同胞だよ」
ルークは戦場の最後方でニヤリと笑った。
「……感情の起伏の激しい奴だな」
「長い間温めてきたものが遂に表舞台でお披露目なんだ、にやけもするさ」
ティグレは呆れた。
前線で先ほどまでいけいけだったアシロとメアリカの連合軍は勢いが鳴りを潜め始めていた。
いや、それどころが徐々に押されているようにも見えた。
「おい! ありゃなんだ! この戦争は人類の頂上決戦じゃなかったのかよ‼」「くそ、ホイホイ、華中の奴ら、助っ人を呼んでやがった!」「華中が獣族とグルになってたってのは本当だったのかよ!」「勝てるわけねーだろ‼ あんなの‼」
背中を見せた連合軍の兵士たちは一瞬で捕食されていく。そう捕食だ。人間が人間を食べているのだ。それだけではない。言語機能も怪しく、視線が完全に枠の外へ泳いでイってしまっている者、歩行が四本の者、明らかに動きが正気の人間のそれではない。
ただ、目の前の兵士たちを殺して回っている生物兵器のようだ。
「気持ち良い、気持ち良いのです」「もがもが、もがもが」「肉、肉、肉、あと女だ。女はどこだ」「あれも殺せる、そこも殺せる、これはもう殺した」
まともではない。
それは明らかだった。
ルークが連れて来た兵士たち。それは体毛が濃く、まるで獣族を思わせた。
そんな猛獣たち五百近い数が戦場を縦横無尽に暴れ始めた。
悲鳴は最後方までは届かないがルークは笑う。
子供の自慢話のようにティグレに語る。
「獣族の血を限界まで注入した可哀想な兵士。バルコスから数十、数百の傷痍軍人、退役軍人、罪人、本来ならもう使い道のなかった奴らを再利用させてもらった。会場に改造を加えた人外になったあいつらの体内の他種族の血液割合は二十から三十パーセント。これはバルコスの十五パーセントの倍近い者もいるということだ」
「まともにコントロール出来ている者が少ないように見えたが?」
「想定内だ。あいつらも所詮まだまだ実験段階にしかない。今の力のまま後は理性を保てる兵士を生み出すだけだ。そうなればバルコスやアレーニェよりも優秀な兵士をバンバン生み出せることになる」
「で、現段階での戦闘力はどの程度なんだ?」
ルークは胸元から数枚のカードを取り出し、目の前の木の机に並べる。
「これは俺の目算でしかないから、そこまで正確ではない」
ティグレの前に並べられたカードには絵が描かれていた。
(また子供っぽいものを作ったな。何故、男はこういった非効率なアイテムを作りたがるのだろうな)
「まず、人族の兵士の力を一としようか」
ルークは人型の絵のついたカードを一枚ティグレの前にずらした。
「これを基準にした時、俺は獣族を二十、亜人族が二十五といったところかな」
次に毛深い男のカードとローブを着た人型のカードを前にずらす。
「獣族より亜人族の方が戦闘能力が高いと言う計算なのか?」
「まぁ、あくまで戦争においてはな。あいつらの多種多様かつ広範囲のマジックは戦争向き過ぎる」
誰も知る由がないが、ルークのこの私見は、亜人族の最高位に位置する枢機院と若手の繋ぎ役をするライライと呼ばれる女性兵士と全く同じ戦力計算だった。
「ここからは単純な話だ。俺たちは数ではメアリカやアシロに及ばない。ならば、どうするか」
ルークは身体の半分が人型、残りの半分が獣の化け物のようなカードを懐から取り出した。
「これが俺の切り札の一つ、華中の生み出した可哀想な兵士を俺が改良を加えた兵士。名前は再利用狂戦士と名付けよう」
「いや、長いし可哀想な兵士のままでいいだろ」
「いや、こういうのは形が大事なんだ再利用狂戦士がいい」
「いや、それシンプルにダサいんだが」
「いや、ダサくない」
「いや、ダサい」
「いや、ダサくない」
ルークとティグレの二人はダサいかダサくないか、長いので短い呼び名にしろ討論を繰り返し、ついに折衷案として再利用狂戦士は認めるが長いので再狂士と呼ぶことになった。
不毛な会話に少し息を切らせたティグレはやっと本題かとばかりに聞き出す。
「で、再狂士の戦闘力は数値化するといくらだ?」
「十前後、といったところだ。入れた血の種類や元々の気性、スキルにも依存するので正確には分からないがそれぐらいだ」
「つまり、獣族の半分ぐらいの戦闘力か」
「そうなるな、二人いれば獣族一人を葬れる。これは人族の歴史からすると快挙だ」
それは一の兵力だった人族の兵士を十倍の価値まで引き上げる外法。しかし、そうでもしないと、この先にある獣族や亜人族を制圧することは出来ない。ルークはそう考える。これは人類のターニングポイントであると同時に試運転でもあった。
これからの人族の兵士の基本モデルとなるかもしれない、そんな企みをルークと華中のフゴルと共に考えている。兵を人とは思わない。それが彼らの戦争におけるスタイル。駒であると割り切るからこそどこまでも純粋な勝利だけを追求する。常識はある、タガの存在を自覚している、越えてはいけないラインを知っている。
寧ろ、それらが全て備わっているからこそホイホイも華中も内部崩壊には至らない。ルークとフゴルは実に絶妙なラインで細い道を歩いている。
理解し狂う。
それが彼等の怖いところだ。




