三十路のマッドサイエンティスト
ホイホイの下には広大な下水道がある。
そこは迷路のように入り組み、ルークたちの住む城の地下ともつながっている。
元々、下水の流れる音も酷く、暗く、人もあまり近付かない施設だった。
それを利用し、ルークは秘密裏な実験を行える実験場に仕立てた。
今日もその施設では悪魔たちが非人道、外道、魔道の限りを繰り返している。
もっしゃ、もっしゃ。
「………………」
もっしゃ、もっしゃ、もっしゃ。
「………………」
もっしゃ、もっしゃ、もっしゃ、もっしゃ。
「あのステニー副主任。何を口の中でもっしゃもっしゃさせているんですかい?」
流石のドロクも耐えられるステニーに尋ねた。
「うん、ワントだよ。主任も食べる?」
「ぶっっっ‼」
ドロクは吹き出し、咽あがった。
「あんた、生みの親ならその麻薬の危険性を一番よく知ってやがるでしょう。そんなものよく平気で食べられやすね」
「失礼な。生みの親だからこそ、よく知るために自分で確かめる必要があるの。身をもって体験する、それが良い科学者の条件なんだよ。それにこれはルークが思っているより危険な物じゃない」
ステニーは口からペッと干した草のようなものを吐き出した。
「ドロクは最近この研究チームに入ったから詳しくは知らないだろうけど、これが今、絶賛流行中の麻薬のワントね。これを粉末状にすれば外に出回っているのとまったく同じ」
ドロクは唾液塗れの干し草に若干の嫌悪感を覚えるが大人しく説明の続きを聞いた。
「さっきも言ったけど、これ自体はさほど危険じゃないよ。これは二種類の薬草に三種類の花粉を振り掛けただけ、あとは噛んでたら勝手に作用が出てくるの。それでね、これが真価を発揮するのは、これと同時に口に含む食べ物が大事」
「?」
「簡単に言うとワントは口に入れ唾液と混ざると、口の中に幸福感を充満させるの、そしてその原因を同時に食べた物だと錯覚させる。今回だとパンプキンケーキの原料かな。パンプキン自体は本当にこの国の名産みたいだし、そこを利用するのは良い手だったと思う。だから、ワント自体は常時摂取する必要はないよ。一定量を超えたら、あとはパンプキンへの依存の方が強くなる。それ故にこの麻薬への対処法はもうなくなる」
「……改めて悪魔の所業ですね」
「って、ルークは思っている」
「は?」
ドロクは首を傾げた。
「完全に治すことは無理だけど、この麻薬、症状を軽減させることは出来るんだよね。なんだと思う?」
ドロクは顎に手をやり、今までの情報から推測する。
情報は決して多くないが、ドロクもまた研究者、マッドサイエンティスト、理から外れた人間同士通ずるものがあった。
「……上書きですかい?」
「流石、同業者」
ステニーはにやりと邪悪な笑みを浮かべた。
得意げでいつもよりちょっぴり饒舌に彼女は話し出した。
「ワントと同時に食べた物の中毒にあるなら、出来る限り手に入りやすいものと同時に再び摂取して中毒を上書きすればいいの。今回、問題なのはホイホイ以外では手に入りにくいパンプキン中毒になっているってことだから、普通のパンでも水でも他の味に上書きしちゃえば軽くなると言うより禁断症状を抑えやすくなるのかな?」
「どうしてそのことをルークさんに黙っているんですかい」
ステニーは先ほどと打って変わって純粋な初々しい笑みを浮かべる。
そこには根っからの科学者としての欲求が詰まっているようだった。
「そっちの方が楽しいから。やっぱりルークにもそれ相応のリスクがないとね」
「はははっ、あんた、あっしよりよっぽどマッドですぜい」
そういうと、ドロクはある考えに思い至った。
「あれ? と言うことは、あんた」
ステニーは目を細めて遠くを見つめる。
「うん、私も今中毒なの。レベルを空気と同時摂取にまで落としたけど、それでもちょっとだけ辛いね」
「……マッドサイエンティスト」
「もー、ちょっと失敗しただけでしょ。それより昼から新しい被験者が連れてこられるんだから、早く実験の準備しようよ。ルークが急ピッチでやれって言ってたでしょ」
ドロクは異世界には自分よりもやばい奴がいるなと思い知った。




