人間たち
―メアリカ
国が大きければ、それを支配する人間の負担も大きくなる。
勿論、全てに目を行き届かせようとした場合のみだが。
ウーノは妙齢の女性で、とても人族最大国家の最大主(メアリカでのトップの名称、他国の王に当たる)とは思えない。
だが、彼女は清も濁も併せ呑み、国の内部からメアリカを掌握したやり手の女性だ。
因みにメアリカ初の女性最大主である。
「ふむふむふむふむ、オセロムはいるか?」
ウーノはクッションに身を沈め、脇に置いた大量の書類に目を通し、気になる点が湧いたので腹心であるオセロムを呼びつけた。
しかし、呼んだオセロムの返事はない。代わりに給仕の者が恐る恐る返事をする。
「あの、オセロム様は北の進行具合を確かめにタナモン地方の方へ」
「いやいやいやいや、そう言えばそうだった。あいつめ、出来るだけこの首都ニュシントンを空けるなと言っているのにいかん奴だな」
「ハクアから来る亜人族の進行を食い止めるのも大事なお役目ですから」
「うんうんうんうん、分かって入るんだ。だけど、亜人の奴ら獣族の方へばかり目を向けてこちらには大して力を入れていないだろう。別にオセロムが行く必要もないかと思ってね」
「そうですか」
「いないのでは仕方ない。ではではではでは、今日のお茶とお茶菓子を貰おうか」
ウーノは給仕の本来の役目を果たすよう頼んだ。
「はい、今日は他国の珍しいお菓子が手に入ったんですよ?」
「ふむふむふむふむ?」
ウーノは眉のない額の肉をこめかみに寄せた。
―アシロ
「「フライト、お目覚めになってください」」
フライトの寝室にキースとノーボス、彼女の右腕左腕と目されている双子が起こしに来た。彼女たちに声を掛けられ、フライトと呼ばれる女性は布団を深く被る。
「まだ、五分しか寝てない」
「大胆な嘘はやめなさい、フライト」
「私達は少なくとも十分前にはこの寝室にいたわよ、フライト」
二人にせっつかれ「だるい」と口にしながら、ぼさぼさの髪をかき、フライトはベットから降りた。
「おじいちゃんは?」
「今日も具合はあまりよくなさそうです、フライト」
「ここ最近は食事の量も減って心配です、フライト」
「うん、まぁ、都合よく回復するなんて思ってないけどね」
フライトはアシロの帝王ロットケの孫にあたる。
帝王は世襲制で、フライトの先祖たちがアシロを治めてきた。
フライトはぶるっと身を震わせると、窓の外を見た。
「うぅ、寒い。どうせならこんな寒い国じゃなくてラブジルみたいなポカポカしたところで生まれたかった」
「帝王代理の地位まで上り詰めて贅沢千万ね、フライト」
「亡き先代の帝王も草葉の陰からお泣きになっているわよ、フライト」
「いや、私、昇りたくて帝王代理になったわけじゃないし、それにお父さんも温かい方が好きって昔はよくラブジル領を取ろうとちょっかいかけてたみたいだし」
そう、フライトの父、先代の帝王ルステスは不治の病にかかりフライトが十二の歳に亡くなった。
子供はフライト一人で、国を任せるにはまだ早いと、緊急措置として一度王位を退いた先々代の帝王ロットケが現帝王となり再び統治することになった。
しかし、そのロットケも二年前から父ルステスと同じ不治の病に侵され体調が思わしくない。それ故にフライトは帝王代理の地位を預かり、実質的アシロの王となった。
勿論、女であることや、まだ若輩者であること、様々な難癖をつけられ、帝王代理の地位に立つことを何度も阻まれ、命まで狙われたことも少なくない。
だが、彼女は負けなかった。
幼い頃よりお側付きの双子キースとノーボスを従え、というより彼女たち主導も多々あり、今の地位に登りつめた。
キースとノーボスはかなり世話を焼き、フライトを帝王代理までのし上げたが、それもこれも幼い頃からの主であるフライトの最も危険がない身分だと考えてのことだ。
「それよりキース、朝ご飯は?」
「フライトの朝ご飯は朝ご飯というより朝ケーキよね」
「だって、甘い物補給しないと仕事できないんだもん」
「いいわ、今巷で流行っているケーキを仕入れたわ」
「へぇ、どんなのだろう」
フライトは公の場では絶対に見せない緩めた笑みを見せた。
―華中
彼は仕事をしない。
そもそも自分は飾りであることをしっかりと自覚している。
なので、フゴルは今日も今日とて好き勝手にお付きのケスバと呼ばれる青年と中年の間辺りの年齢の紳士っぽい褐色の男と遊ぶ。
「ケスバ、院のじじいたちは何か言ってきた?」
「別に、いつも通りアホ面下げて獣族がどうだとか、メアリカがどうだとか話し合ってるだけだな」
「まぁ、まだ仕事らしい仕事してる分、前よりは良くなったのかな」
「前は酷かったな。税金なんて自分たちの財布だと思ってた連中だからな」
「うん、だから皆死んでもらったんだけどね」
華中もアシロ同様世襲制度だ。
しかし、それはもはや形だけのものとなり果てている。
暗殺に次ぐ、暗殺。
天王と呼ばれる華中最高位は、まだ年端もゆかぬ子供に襲名させ、権力者たちは院と呼ばれる指南役のような体のいい役職を作り、傀儡政権を作り上げた。
フゴルの父は十三の時に結婚させられ、十五でフゴルを授かった。
そして、十七の歳に謎の死を遂げた。
フゴルは今十一歳。
もう結婚相手も見繕われている。
このまま父と同じ運命を辿れば、あと十年も生きられまい。
「別に長生きしたいとは思わないけど、僕珍の人生を好き勝手にされるのは、少し納得がいかないよね」
「俺は孤児だし昔から好き勝手に生きてたからわかんねーな。ですね」
「ケスバ、建前の方が圧倒的に短いってどういうこと?」
「さぁ、知るかよ。知りません」
「それ、もう言い直す必要なくない?」
フゴルは賢い子供だった。
九つの時には自分の置かれている立場と国の現状を概ね理解した。
これは今までの天王たちには出来なかったことだ。
そして、ケスバを拾った。
彼にはフゴルが監視され動けない分、随分汚れ仕事をやってもらっている。
そして、周りの大人たちと違って、本音を隠さない性格に随分助けられた。
「人生なるようになるか。ケスバ、僕珍のおやつ持ってきてよ」
「めんどうだな。そうか、俺が人妻に貰ったあれでいいか。はい、今ご用意させます」
「おい、今なんか聞き逃しちゃ駄目そうな単語が聞こえたけど」
「え、坊ちゃん、人妻好きなの?」
「そうじゃないよ! まさか、お前、爛れた関係を持っているんじゃないだろうな」
「………………」
「おい! いつものぺらぺら喋る口はどうした!」
この後、人妻にお土産として貰った珍しいケーキを二人で仲良く食べた。




