エピローグ2 誰もが誰の思い通りにもならず、裏は一面とは限らない
そこは虫の息だけが静かに一定のリズムを鳴らす部屋だった。
彼女の使命はその虫の息を止める事。
静かに懐から刃物を取り出した。
戦闘に使うようなものではなく、本当にコンパクトな短めの刃物。
(この虫の息の根を止めるにはこれで十分だ)
彼女は静かに虫の喉元に当てた。
「何をしているのですか?」
彼女はその声に慌てて振り返った。
何故気配を感じなかったのか、部屋の入り口に数人の看護師がずらりと並んでいたのだ。
この部屋に出入り口はそこだけで、窓もない。
彼女は逃げ場を失っていた。
「ミックス様にとどめを刺しに来たのですね。ルーク様はそれを読んでいました。犯人の特定の為にここまでの侵入経路を敢えて手薄にしておいたのです」
ルークはミックス襲撃犯の特定の為に敢えてミックスを囮にしていた。犯人は現場に戻って来る理論だ。
中央に立ち両目の泣き黒子が特徴的な看護師が彼女の正体を告げた。
「まさか、あなただったのですね。リンさん」
リンはぎりりと歯噛みする。
リンはミックスが意識不明の重体だと知り襲撃犯の正体が自分であることを隠すために口封じに来ていた。
「いやー、看護師長、毎度お世話になった身で心苦しいんだが、見逃しちゃくれないか?」
リンとここの看護師たちは多少の面識があった。
何度も戦場で死線を潜ってきたリンは入院、大怪我もざらでその度に彼女たちにお世話されていた。
が、リンは今やホイホイに盾突く逆賊。
国側に立つ、看護師たちがこれを見逃すはずがない。
それはリンも分かっている。
(どうにか誰も殺さずにあそこを通過する方法は無いもんかね?)
リンは迂闊だった自身の行動を後悔する。
「いいですよ」
「だよなぁ。なら、悪いんだけど実力行使で……って、いいのかよ‼」
「はい、ついでにそのミックス様との戦闘で負傷したであろう傷も看てさしあげます。その包帯の巻き方の感じだとご自分で治療されたんでしょう?」
「……そこそこ長い付き合いだが、流石に気持ち悪いぜ。裏はなんだ?」
「裏?」
看護師長が一歩前に出て、それに続き後ろの看護師たちも部屋に踏み入った。
扉は閉まり、完全な個室となる。
「裏と言うなら、私ではなくもっとぴったりな人物がいるとは思いませんか?」
看護師長はリンの横を通過していき、ミックスの眠る枕元まで移動する。
そして、太もものペンホルダーに忍ばせていたメスを取り出した。
「裏とはルーク様、いやルークのような人間にこそ相応しい言葉でしょう」
看護師長はメスをミックスの首元に当て、そのまま力を込めた。
ミックスの首元からは血が噴き出し、身体を一度痙攣させるとその後絶命する。
看護師長の頬に赤い血液が付着した。
「おっ、おい。殺しちまっていいのかよ」
今まさに自分が殺そうとしていたのだが、あまりにも予想外の事態にリンは混乱してそう口走った。
「いいんです。こいつも私達だけが襲撃犯の正体を知るために生かしておいたにすぎません」
「それをルークに知らせるのがあんたらの仕事じゃないのか?」
「いえ、私達が知りたかったのです――私達の仲間になるであろう襲撃犯の正体を」
看護師長は今までも治療の際に向けてくれた温和な笑顔でリンに手を差し出す。
それに釣られるように他の看護師たちも笑みを作る。
「我々はニアリス派勢力、コードネーム聖母です。現在、我々以外にも水面下で少しずつメンバーは増え、力を蓄えています。リンさん、ルークに恨みがあるのでしょ? ならば、我々と手を取り、ルークを退け、この国をニアリス様が真の意味でお納めになる素晴らしい国へしようではありませんか」
ルークの作った国ホイホイ。
ペットが飼い主に似るように、この国にどこにも平穏などなかった。




