最後の一人、六人目
神崎は複雑な感情を飲み込んで答える。
「いえ、助かりました。もしボラムゴアさんが彼女を殺してくれなければ僕らが死ぬところでした」
『ソウカ、ダガ我ヲ使ッタ対価ハ覚悟シテオ―』
ボラムゴアの額に線が入った。
第三の目かと神崎は呑気に日本のアニメを思い出していた。
が、そこに現れたのはさよなら天さんしたはずの奴だった。
ボラムゴアの額の線はあっという間に全身に広がり、そのまま半分に引き裂かれた。
「鬼々はこれまでの人生で今までで一番苦戦した。だから、これは敬意。お姉ちゃんはこの国人間を全員殺した後にゆっくり探す」
「な、なんで」
ボラムゴアの身体を足場にし、神崎の立っている渡り廊下の残った部分に飛び移る。
ボラムゴアは身体を二分され、塔の最上階の高さから地面に力なく落ちていった。
鬼々はそれを忌々しそうに眺めながら、全身の傷を抑える。
ボラムゴアの牙のせいか深い裂傷もかなりみられる。
「怪我をしたのなんてお姉ちゃんとの訓練以来」
異世界から呼び出した生物は元はこの世界にいなかった存在。それ故に存在の定義を曖昧化する鬼々の力の知覚範囲外の物質で構成されている。
だから、どうしても鬼々が彼ら彼女らの前から存在を不確定にさせるには不確定要素となり、力の制御に時間を要するのだ。
見た目の中身のギャップ、誤差のようなものといってもいい。
だから、強華は神崎を鬼々から救えた。
ドロクは鬼々の一撃を防げた。
ボラムゴアは鬼々を喰らうことが出来た。
ルークや神崎が鬼々を手こずらせたといってもルークのスキルによって疲労を与えただけだ。つまり、彼女の身体自体は無傷だった。
そこに深い傷を与えることが出来たのだ。
これは快挙と言ってもいい。
だが、戦いは褒められるためにやっているのではない。
快挙だとか、史上初だとか、前代未聞なんて勝利できないのならナイフ一本分の価値もない。
ルークたちは絶対にボラムゴアの一撃で鬼々を殺しておくべきだった。
大鎌は神崎の足と石床を縫いつける。
「ぐっ‼」
「お兄さんとルークはじっくり殺してあげる……いや、ここまで苦戦させられたんだお兄さんの名前も覚えておいてあげる。礼嗣だっけ?」
「合ってるよ、鬼々」
鬼々は神崎の頬に己の拳をお見舞した。
挨拶代わりのジャブ。大した力は入っていないが、床に縫い付けられた神崎はこれを避けることが出来ない。
そこからの神崎は本当に無抵抗という言葉が相応しかった。
数十分にわたる殴打。
元々疲弊していたのだ。ボラムゴアが鬼々を飲み込んだところで一度全身の力も抜けてしまっている。 今は急所だけには打撃を貰わないように両手で顔面付近をガードするので手一杯だ。
体勢を立て直すのはかなり厳しい。
(ルークの力はもう期待できない。僕がやるしかないんだ)
神崎は地面で今も呻き苦しんでいるルークを視界に捉えた。
「あははは、ははは、あはははははは」
鬼々はハイになり、殴る拳の回転が徐々に上がって来る。
(一瞬、攻撃の途切れる一瞬を狙うんだ)
「はははは、ははは、ははははははは、はは」
今だ。
神崎はタイミングを計り、大鎌を無視して立ち上がった。
大鎌は神崎の腿により深く刺さり、神崎の痛覚を刺激する。
だが、深く刺さった分、神崎にリーチが出来た。
届け!
「馬鹿なの?」
高笑いが止まる。
神崎の拳は鬼々を通過する。
何故なら、鬼々はそこに隠から。
「なけなしの力を振り絞った不意打ちなら効くと思ったの? いくらなんでも鬼々を舐めすぎじゃない? まぁ、もうそれぐらいしか出来なかっただけだろうけどね」
彼女に油断はない。
どんな不意打ちも完全に対応してくる。
「そこのルークが倒れた時点もう詰んでるよ。せめてルークがさっきみたいなビックリ手品で変な奴らを召喚してきたらまだわからなかったけど、礼嗣単体じゃ話にならない」
鬼々はゆっくりと神崎に絶望を説明した。
今置かれている盤面をひっくり返すのがどれだけ絶望的かを身に沁み込ませた。
「死のうか」
鬼々の拳に力がこもる。
止めの一撃だ。
血を多く流し、全身は打撲し骨も折れている、視界は不明瞭で脳内も霞んでいる。
そんな中で神崎礼嗣はこの世界で出会った人のことを考える。
彼ら彼女らの多くはこの国にいる。神崎の死はその人たちの死でもある。
(みんな、ごめん)
神崎礼嗣、肉体と精神、完全なる敗北だった。
鬼々の拳が轟音唸らせ頭に振って来る。
彼はもう首を振る力すら残っていない。
「そこまでだ」
背にかかる声に鬼々の拳が止まった。
この戦い圧倒的実力差があるとはいえ、あまりに多くの力の介入があった。
最初は神崎一人、そこにルーク、強華が加わり、異世界から呼び出したドロク、ボラムゴア、そしてその全てを鬼々は退けた。
そして、六人目。
この戦いで介入する最後の一人だ。




