現魔王、否定されるアイデンティティ
現魔王が新たに襲名した。
それ自体は別に珍しい事ではない。
何百年かに一回起こり得ることだ。
だが、今回の魔王は少し事情が違った。
魔王になるだけなっておいて、この世界に殆ど不干渉なのだ。
圧倒的力で前魔王を退け、新たに魔王になったくせに、支配や混沌に全く興味を持っていない。寧ろ調和を目指している節すらあった。
前魔王は元は獣族の男だった。
獣族の中でも千年間で最高の逸材と呼ばれ、最高峰の身体能力と睨むだけで相手を屈服させる力を持っていた。
前魔王は獣族以外に圧政を引き、重税を課し、獣族以外には住みにくい世界がしばらく続いた。だが、それはどの魔王も同じようなものだった。自分の贔屓したい種族や見境なく世界全体に圧力をかけ、自分の住みやすい世界を作る。
世界の支配者なのだから当然と言えば当然かもしれない。
でも、一つだけのその中に例外があった。
それは鬼々の属する鬼族だ。
彼らは歴代のどの魔王も恐れ、例外的にどの縛りからも外されていた。
それが鬼族の誇りでもあった。
世界に興味などない。
だが、我らを力で抑えつけるのならば容赦しない。
これまでもこれからも続いていく少数部族鬼族の立ち位置。
それ故に多くの者たちが最強は魔王ではなく鬼族なのではないかと結論の出ない議論を交わす。
だが、今回はどうだろう。
現魔王は世界に関わらないのだ。
平等にこれといった関わり合いを持たない。
それは鬼族の例外が例外ではなくなってしまう事を意味する。
現魔王は強すぎて誰も相手にしていない。
鬼族すら眼中にないのか。
そんな反論が意味を成さない噂が跋扈し始めた。
これは当然鬼々の看過できることではない。
私達は最強だ。
世界で敵う者など存在しない。
鬼々は鬼族を集め、鬼族として初めて魔王の地位を奪わないかと提案をした。
反対意見も多かった。
鬼族とは恐れられる存在であっても、その存在を誇示するものではない。
昔ながらの鬼はそう言った。
世界の抑止力になっていればこれまで通りでいいじゃないか。
そんな事を言う者もいた。
そもそも鬼族は自身の種族に誇りを持っている。魔王は誕生した瞬間に、その種族の括りから外れる、それでいいのか?
疑問符が浮かぶ者もいた。
でも、鬼族の中ではまだ若い鬼々には今の現状がどうしても我慢出来なかった。
他の若い世代の鬼族を集め、魔王の討伐案を密かに練っていた。
その話し合いの中で誰かが「鬼々のお姉さまに我らの魔王討伐隊の長になってもらってはどうだろう」と言った。
他の者も「確かに本来魔王に相応しいのはこの世界の覇者、吸血鬼であられる鬼々の姉上を置いて他にいまい」と頷く。
鬼々はこの提案に目を輝かせた。
また、お姉ちゃんと一緒に暴れられる。
お姉ちゃんが最強だと言うことを証明できる。
世界などくれてやる。だけど、最強、その称号だけは自分の憧れ、敬愛する姉の元にあるべきだ。
我欲の少ない鬼に珍しく湧いた欲。
身内への正当な評価。
鬼々は魔王など見ていない。
吸血鬼の姉がいればそもそも敵だとすら思わない。
大丈夫、姉が魔王になっても鬼の長である自分が傍で使えていれば、彼女が鬼としてのアイデンティティを失うことはない。
そう信じている。
鬼々は感情をルークたちにぶつける。
「鬼々には魔王を狩る目的がある! 邪魔しないで!」
「奇遇だな、俺も同じだよ」
「笑わせないで、人が魔王になったなんて話今まで聞いたことがない」
「鬼族もないだろ」
「鬼々たちは今まで興味がなかったから敢えて取らなかっただけ。最弱の人間と同じ括りに入れないで」
「俺も今まで敢えて取らなかっただけさ」
「もう黙って!」
ルークは煽り、鬼々の攻撃を直線的にする。
当然、それでも避けきれないことの方が多く、神崎のサポートがなければ五回は死んでいる。
「ルーク! これ以上は危険だよ。このままじゃ、城にまで入られるよ」
そう、神崎たちは鬼々の攻撃を避けつつ逃げた先に自分たちの生活する国の中心である城があった。
当然、そこには多くの人間がいる。
鬼々が城内には入れば多くの被害が出るだろう。
「いや、いいんだ。このまま城内に入るぞ」
「まさか、城の中にいるセブンズや兵士と一緒に戦うってこと⁉ 無理だよ。こいつはそれで勝てる相手じゃない」
「違うな」
城門の兵士たちは鬼々とルークたちとの戦いの余波に巻き込まれる。
「やっぱりこのままじゃ」
「大丈夫だ。出来るだけ人の少ないルートを通る。いいからあそこに向かうぞ」
「あそこ?」
ルークは神崎に耳打ちをする。
そこは一度二人で訪れたことのある場所だった。
城内に入ると悲鳴が混じり始める。
すれ違う兵士は大鎌で裂かれ、使用人や役職もちの政治家たちも数人斬られた。
(くそ、やはり完全に被害なしとはいかないか)
鬼々の力が知れた今ワンコたちセブンズが鬼々に有効ではないのはわかる。
だから、これしかないのだとルークは覚悟を決めた。
あと少し、あと数メートル。
ルークと神崎は階段を駆け上がる。
鬼々も獲物を追い詰めるように彼らを追った。
そして、二人が足を止め鬼々を待ち構えた。
息を切らす二人に鬼々は一切の乱れも見せずに尋ねた。
「そんなに細々斬られるぐらいならいっそ一撃で殺された方が楽でしょ」
「生憎、世界征服するまで死ねないもんでな」
「絶対的上位が目の前に存在してて、ルークとお兄さんはただ逃げるだけ。そんな人たちに世界征服なんて無理だよ」
鬼々は理解できないというふうな顔をする。
最強生物からここまで逃げてきたのだ。
当然、無傷とはいかない。
二人の衣服は裂け、その隙間から紅が浮かぶ。
「ルーク、それ」
「あぁ、明日から食事に難儀しそうだ」
神崎が驚愕の表情でルークの右手を見た。
避けきれなかったのか、ルークの右手の指は小指から順に三本消えていた。
ルークは強く拳を握って出血を遅らせている。
神崎は自分の力が及ばずにルークに一生もののダメージを負わせてしまったことに自責で奥歯を噛んだ。
「だが、ここまで来た」
神崎はその言葉に周囲を見た。
そこはニアリスが花嫁として前国家イリアタに連れてこられていた際に幽閉されていた塔と城の本館を繋ぐ渡り廊下。
階段を登り直さなくてもよいように塔と本館の一番高い位置で繋がっていて、まるで天井と壁のある橋のようになっている。
(まさか、このままここを破壊して鬼々を落とすつもりか)
神崎はこの地形をもっとも有利に使える方法を考えたが、どれも鬼々に有効打を与えられそうになかった。
「ここが墓場でいいんだね。人の身で何をしようと鬼々の敵じゃないよ。なんなら、さっきみたいにまた変な人を呼んでもいいよ」
鬼々は頭上で大鎌をクルクルと振りまわし、今から狩る命に狙いを定める。
「礼嗣、下がれ」
ルークは小声で神崎に指示を出す。
「でも」
「いいから、俺はここで死ぬ気はない」
ルークはここにきて、鬼々と一騎打ちの姿勢を取った。
「どこまでも舐めてるね」
「お互い様だ」
ルークは指の足りない右手を更に強く握った。
「使えぬ右手はくれてやる‼‼‼」




